第10回:レナちゃん(10歳)
今回登場するレナちゃんのお母さん、アヤとわたしは高校時代の同級生。アヤは大学生で北アイルランドへ留学、そこでフランス人の青年デビィと知り合います。卒業後ふたりでフランスへ移り住み、25歳で結婚。その2年後にレナちゃんを授かるのですが、ちょうどアヤの妊娠がわかった直後、わたしは仕事で訪れたパリでアヤとデビィに会っています。
2007年、フランス大統領選の真っただ中でした。パリのカフェに集まったデビィの友人たちは選挙の話で持ち切り。イデオロギーの相違もお互い理解した上で意見をぶつけ合っていてその意識の高さを目の当たりにしたわたしはカルチャーショックを受けました。そんな中、デビィがアヤの妊娠を皆に伝えると、論戦を一時中断して新しい命に乾杯で祝福。とても幸せそうだったふたりを今も思い出します。
あれから10年。レナちゃんは弟と妹がいるお姉さん。家族でデビィの実家があるブルターニュに住んでいます。
母:レナ、何食べる?
レナ:(メニューを見ながら)これ、ナニ?
母:わらび餅。
レナ:ウエにのってるのは……?
母:きな粉。
まほ:きな粉わかる?
レナ:(首を横に振る)
母:わらび餅、この前パパが食べてたよ。
レナ:ああ、WARABI-MOCHI……。
まほ:日本語は読めるの?
母:読めるけど、カタカナが難しいみたい。漢字は日本の小1くらいのものまでを習ってる。
レナ:(お母さんを見て)Quarante-six……。
母:漢字は46文字くらい書けるらしい。
日本に来るときに思うのは、まず「何食べよう?」。
幼少期からお母さんとは日本語、お父さんとはフランス語でコミュニケーションしてきたレナちゃん。日本語も理解できるし、話すこともできます。でも、とっさに出てくるのはやはりフランス語。月に1回、近所で開かれている日仏ハーフの子どもたちの為の日本語教室に通っているそう。教えるのは、それぞれの親。持ち回りで担当するんだそうです。大人は大変ですね~。
店員:わらび餅、お待たせしました。
レナ:いただきます!
まほ:おー「いただきます」、言うんだ!
レナ:家でも言ってる。
まほ:フランス語にはないよね? 「いただきます」。
レナ:「Bon appétit!」かな?
まほ:ボナペティ、か!
母:ただ「Bon appétit!」だと「さあ、みんなで美味しく食べましょう」っていう意味に近いかもしれない。食べる合図みたいな。
まほ:ナルホド。
母:だから、感謝の意味も含まれている「いただきます」を使ってる。
まほ:う~む。教育って文化を教えることでもあるんだなあ。レナちゃん、わらび餅、美味しい?
レナ:モグモグ……うん。
まほ:日本、好き?
レナ:大好き。
まほ:じゃあ、来るの楽しみだね。
母:今回5年ぶりだしね。
まほ:日本に来たら、まず何をしたいって思う?
レナ:モグモグ……ふふふ。タベルこと。
まほ:食べ物か!
母:フランスで「日本に行ったら、一番最初に何食べる~?」ってワクワクしてたもんね(笑)。
レナ:ウン。ふふふ(照)。
まほ:で、何が食べたいの?
レナ:うどん。
母:東京に来て、まずデニーズのうどん食べたのよね。
まほ:でも、うどんならフランスでも食べられそうな気がするけど……?
レナ:うーん、ダケド本物じゃない。
母:ブルターニュは田舎だしね。日本では何時どこでも食べるのに困らない。それが素晴らしく便利。
レナ:ソウメン、ラーメンも好き。
まほ:麺類好きなんだね。
母:フランスだと、サッポロ一番がごちそう。
レナ:メロンパンも好き!
まほ:菓子パン(笑)。フランスにも美味しいパンたくさんありそうだけどね(笑)。
母:日本に来て何個食べたっけ?
レナ:Deux……2コ。
母:コンビニのはイマイチだったって、納得いかなそうにしてました(笑)。
まほ:ブルターニュで美味しい物は?
レナ:Crêpes(クレープ)。ブルターニュでは、Crêpes、美味しいよ!
フランスの小学校事情って?
まほ:レナちゃんは今、何年生なのかな?
レナ:5年生。
母:フランスでは、5年生が小学校の最高学年。
まほ:その後は?
母:中学が4年、高校が3年。その間、受験もないから、いわゆる受験勉強みたいなものは基本しないかな。
まほ:いいな~!
母:バカロレアっていうセンター試験みたいなものが大学に入る前にあって。それを受けて大学生になるっていう感じ。
まほ:あー高校時代思い出すなー。
母:ねー。
レナ:マホとママは……。
まほ:高校が一緒。
母:ママたちは勉強、あんまり好きじゃなかった。マホちゃんは授業中、寝てたよね。目を開けながら。
まほ:そう(笑)。目が閉じないの。授業中の居眠りなんて自慢できる話じゃないけど……。レナちゃんは勉強好き?
レナ:好き。
まほ:おお! それは良いねえ。好きな科目は?
レナ:?
まほ:科目……国語とか、算数とか。
レナ:アア、レキシ。
まほ:歴史ね。日本でも小学校のうちに勉強するっけ?
母:したよ。
まほ:まっったく覚えてないなあ。フランスの歴史って、どんなことするんだろう。
レナ:フランス、ヨーロッパの歴史……。アト……(フランス語でお母さんに話す)……。
母:アフリカの奴隷制度とか、産業革命を習ってるって。
まほ:苦手なのは?
レナ:Géographie.
母:地理。
レナ:チズの読み方が、むずかしい。
母:向こうでは「日本の人口って何人?」とか、「面積はどれくらい?」とか普通の会話で聞かれたりする。
まほ:日本に来ている間は、宿題やったりしてるの?
レナ:ウン。フランス語(国語)、サンスウ、そろそろ終わる。
まほ:エラいね~。
母:割り算の計算の仕方が全然違うから、教えるの難しい。
レナ:ダイジョウブ。簡単だから。
まほ:頼もしい! 学校で何が流行ってるのかな。人気があるオモチャとか。
レナ:ハンドスピナー。
まほ:一緒(笑)!
母:でも、最近すたれてきてるって言ってなかった?
レナ:ウン、ちょっと前に流行ってた。
まほ:それも一緒(笑)。
レナ:コマも流行ってる。
まほ:回る物好きなのかな(笑)。レナちゃんは、何をするのが一番好き?
レナ:サッカー、ピアノ、あと、走る、もスキ。
まほ:サッカー習ってるの?
レナ:習ってない。
母:わたしたち夫婦はサッカー苦手で。
まほ:え! そうなの?
母:観るのも苦手。相当なことがない限り、観ない。
まほ:えー、レナちゃん寂しくない?
母:でも、サッカー習い始めると週2〜3日は練習に行かなきゃいけないし、週末も潰れたりするし。
まほ:ああ、それはきっと日本でもそうだね。
母:「ウチはそういうの、しません」って言ってある。
まほ:じゃあ、レナちゃんはどこでサッカーしてるの?
レナ:学校で、友だちと。
母:男の子の友だちばっかりよね。
レナ:イマは、オンナノコの友だちもいるよ。
まほ:なんで男の子の友だち多いの?
レナ:アー。(少し考えて、フランス語でお母さんに話す)
母:男の子と遊ぶ方が楽なんだって。
まほ:女の子って面倒くさいってことかな?
レナ:(フランス語でお母さんに話す)
母:女の子は喧嘩が多いらしい。
まほ:へー。でも、男の子だって喧嘩するでしょ?
レナ:(フランス語でお母さんに話す)
母:男の子は喧嘩してもすぐ忘れるって。
まほ:なるほどね。
母:女の子はすぐアノ子好き、コノ子嫌いって話を始めるって。
まほ:たしかに、人間関係で悩むより外でサッカーしているほうが楽しいね。
母:レナのそういうところ、良いよ。
レナ:(ニッコリ)
まほ:じゃあ、サッカーの試合とかテレビで観たい時はどうするの?
母:そもそもウチにテレビが、ない。
まほ:そうなんだ! それって、珍しいんじゃない?
母:そうでもないよ。
レナ:いや……メズラシイ、よ?(チラッとお母さんに視線を送る)
まほ:目でアピール(笑)。
母:サッカーはよっぽどのことがないと……、決勝の時とかはインターネットで観てもいいよって言うかな。あとは友だちの家に観に行ったり。
まほ:本当に苦手なんだねえ(笑)。
母:親がわがままなの(笑)。
アヤたちのサッカー嫌いはたしかに頑固ですが、レナちゃんは特に気にしていない様子。彼らを見ていて、親が自分たちの主張を通すことも悪くないな、と思いました。そういうクセのあるお父さんお母さんの方が、子どものサバイバル能力が高まるかもしれない。自分も、あまり子どもに合わせすぎなくていいんだな、と考えたりしました。
フランス人だけど、学校にいるときは日本人。
まほ:将来の夢は?
レナ:Archéologue.
母:考古学者。
まほ:かっこいいな~。歴史好きだしね。
母:歴史の先生にもなりたいのよね。
まほ:日本に住むっていうことは? 考える?
レナ:ウン。住みたい……。
まほ:じゃあ、日本で先生に……。
レナ:日本の人たちに、フランスのレキシ、教えたい。
まほ:レナちゃんは自分がフランス人だと思う? 日本人だと思う?
レナ:フランス……デモ、学校にいるトキは……日本人。
まほ:それは……?
母:周りと全然見た目が違うもんね。
まほ:そうなんだ!
母:クラスの写真見ると、一目でわかる。イヤな思いをすることもあるみたい。
レナ:(フランス語でお母さんに話す)
母:同学年のクラスではそんな気持ちにはならないって。
レナ:ウエの……クラス……。
まほ:ああ、上級生から、からかわれたりしたんだ。
母:「あなたのお母さん、なんであんなに顔がのっぺりしてるの?」って聞かれたりしたこともあるんだって。
まほ:ストレートだなあ。
レナ:デモ、もうダイジョウブ。
母:レナが一番上の学年だもんね。
まほ:なるほどね。日本の文化に興味は?
レナ:JUDO。習ってた。
まほ:教えるのは?
母:フランス人。
レナ:「はじめ!」が「アジメ!」だった。ふふふ(笑)。
まほ:フランス語訛りなんだね(笑)。
レナ:ヤミィ、マティ、イッポスウォイナギィ(笑)。
まほ:止め、待て……、最後のは?
母:イッポスウォイナギィ(笑)。
まほ:「一本背負い投げ」か(笑)! 他には? アニメとか、マンガとか……。
レナ:マンガは、読まない。アニメは……『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』が面白かった。
母:ほら、あとアレ。なんだっけ。レナが好きな2人組……。
レナ:Rahmens!
まほ:ラーメンズ!?
レナ:ダイスキー!
まほ:へえー!
母:YouTubeに日本語学校のネタがあって、それをよく観てる。
レナ:シンバシ!
まほ:そういう台詞があるのね(笑)。
母:日本語の勉強になってる。
レナ:ダイスキ~(うっとり)。
まほ:わたし、片桐さんとは面識あるよ。メンシキ……えーっと、知ってる……お友達……かな。
レナ:ドッチ?
まほ:モジャモジャの方。
レナ:えー! ホント! スゴイ! Elle a de la chance !
まほ:何?
母:まほちゃん、ラッキーだねって。
まほ:うん、レナちゃんに喜んでもらえてさらにラッキー(笑)。
レナちゃん、最後に「モジャモジャに、会いたいー!」と叫んでいました(笑)。でも、片桐さんとは会ったら挨拶はするけど、携帯番号は知らないの。「お友達」はちょっと言い過ぎだったかも。レナちゃん、Je suis désolée(ごめんなさい)!
つづく
文・絵:しまおまほ 編集:小川知子 デザイン:根本真路
エッセイスト、イラストレーター
しまおまほ
1978 年生まれ。主な著書に『ガールフレンド』『マイ・リトル・世田谷』(共にスペースシャワーブックス)などがある。