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WOMENバツイチわらしべ長者

2022.02.16

ふたりの娘を育てるシングルマザーがアラ還で高校時代の元彼と再婚!〜直子さんの場合Vol.2

「バツイチ」という離婚経験者たちは、ある意味、喪失を乗り越えてなお強く生きるサバイバー。3高のハイスペ夫が借金まみれで浮気三昧。娘たちのために我慢して来た私が離婚を決意した瞬間とは。直子さんの物語、第2回。

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離婚なんて気軽にできる時代ではなかった

前回のお話▶︎50歳で離婚、55歳で再婚。「結婚相手に求めるものは年齢で変わる!」

いわゆる3高のハイスペ夫と結婚したけれど、蓋を開けてみれば浮気性でお金にだらしなく、甲斐性もないダメンズだと判明。起業後は従業員のお給料にも事欠き、娘のお年玉を借りる始末。令和の現代なら、そんな夫は即離婚!となりそうですが、現在61歳の直子さんが若かった頃には、「妻は離婚せず耐え忍ぶもの。結婚は我慢」という概念があったそう。

直子さん:浮気されるたび頭にはくるけれど、当時、私の周りには離婚した人はひとりもいなかったんですよね。離婚のイメージって相当悪かった気がします。娘がふたりいるので、「夫と籍を入れておかないと、娘の結婚式のときにかわいそう」という思いもあったんです。ほかにも、夫が私の父に1千万円借金していたり、娘の留学費用を途中から父が出していたりしたので、親に離婚とは言い出しにくい空気がありました。

そんなわけで50歳になるまで離婚を我慢していた直子さんですが、離婚後に大学時代の友人に会ったら、半数くらいの同級生は結構早い年齢で離婚していたことがわかって、「な〜んだ、私ももっと早くしてもよかったんだ」と拍子抜け。

ただ、離婚するまでの間、ひたすら耐えて辛い思いをしたわけではなく、あるときから気持ちが吹っ切れて、娘たちと「今日はどんな女性とデートしてるんだろうね」と、夫の浮気メールを見て笑いのネタにする余裕も生まれていました。

それは、結婚後銀行を退職して専業主婦になっていた直子さんが再び働き始め、自分の趣味を楽しむ時間とお金を持てていたことも大きいようです。

直子さん:好きなアーティストのファンクラブに入ってファン仲間ができて、みんなでライブに行ったり地方ライブに遠征したりと、私は私で好きにやらせてもらっていました。

気持ちの割り切りができれば、夫は単なる同居人と捉えて案外ストレスも感じないものなのかもしれませんね。そんな直子さんでしたが、あるとき、知り合いのひとことで目が覚めます。

直子さん:夫とよく通っていた地元のバーがあるんですが、そこに私ひとりでもたまに行っていて。ひとりで訪れたときにバーのマスターから、夫がひとりで来たときは女性客に1杯奢って電話番号を聞いてナンパしてると教えられたんです。そこの常連さんたちにも「そんな夫やめた方がいい」と助言されました。最後のひと押しになったのが、ある知人の「そんな男はダメだ」という言葉。ああ、もう離婚しなきゃな、って突然思ったんです。

きっとどこかで見て見ぬ振りしてきた事実を他人から指摘されて、もう次のステージに進むときが来たと気づいたんでしょうね。こうやって他人のひとことに背中を押してもらえる瞬間って、人生には結構ある気がします。

ようやく離婚を決意した直子さんが母親に離婚の意思を伝えたところ、「Aさんには義理の息子としての愛情を感じたことがなかったわ」との衝撃発言が。実はお母様も最初からAさんに違和感を覚えていたけれど、娘が選んだ人だからと何も言わずに今まで家族として過ごして来ていたのですね。

直子さん:母はこう言ったんです。「あなたの高校時代の彼氏のBくんのことは可愛いなって思ってたけど、Aさんにそんな風に思ったことは一度もなかったのよね」。

実はこの高校時代の元彼Bくんが、直子さんの再婚相手となるお方。しかし離婚を決めたときにはもう連絡先さえ知らない疎遠の仲だったので、直子さんもまさか自分がBさんと再婚することになるとは思っていなかったそうで。恐るべし、母親の直感!! 

さて、50歳で離婚した直子さんが、どうやってその元彼Bさんと再会し、アラ還で再婚を果たしたのかというお話は、次回に続きます!

インタビュー・文

さかい もゆる

出版社勤務を経て独立。と思った矢先、離婚してアラフォーでバツイチに。女性誌を中心に、海外セレブ情報からファッションまで幅広いジャンルを手掛けるフリーランスエディター。著書に「やせたければお尻を鍛えなさい」(講談社刊)。講談社mi-mollet「セレブ胸キュン通信」で連載中。withオンラインの恋愛コラム「教えて!バツイチ先生」ではアラサーの婚活女子たちからの共感を得ている。

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