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WOMENバツイチわらしべ長者

2018.11.25

シングルマザーがブラック企業を辞めて「職業・インスタグラマー」になるまで〜理恵さんの場合Vol.1

職業・インスタグラマーのシングルマザーが離婚して起業するまでの話、vol.1。人生とは喪失と再生の繰り返しのドラマ。「バツイチ」という離婚経験者たちは、ある意味、喪失を乗り越えてなお強く生き、幸せになることをあきらめない人生のサバイバーでもある。

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アスペ夫と別れるためにシングルマザーが起業するまで

(取材データ)理恵さん(仮名)36歳。職業はインスタグラマー(!)と、SNS運用のディレクションをする会社の経営。14歳年上のアスペ気味の夫と離婚し、現在は発達障害の娘を育てるシングルマザー。

職業・インスタグラマーってどんな仕事なの!?

「知り合いにバツイチのインスタグラマーが居るんですけど、紹介しましょうか?」そんなありがたいお声がけに、私が乗っからないはずがない!職業がインスタグラマーの人って海外にしか居ないと思ってたけど、日本で、しかもアラフォーでインスタグラマーってどういうこと!? なんかわからないけど、面白そう!!

―そんなワケで、この連載の「バツイチわらしべ長者」のタイトル通り、以前取材した今まで唯一の男性バツイチさん、真一さんからわらしべ長者的に繋がったのが、今回の理恵さん。

お会いする前に彼女のインスタアカウントを拝見したら、ビキニの写真やら美容クリニックでの体験プチ整形レポートなどなど、かなり濃ゆ〜〜い内容で、お子さんとのツーショットもいっぱい。果たして、職業・インスタグラマーとは、どうやって生計を立てて居るものなのか? バツイチになった経歴以上に理恵さんの職業に興味津々だった私。

さかい(以下、さ)「早速ですが、インスタグラマーって、どんなお仕事なんですか?」

理恵さん(以下、り)「本職は、IT会社や企業にWebサイトのディレクションやSNSの運用方法を教える会社の経営なんです。インスタグラムは、自分のアカウントを使ってフォロワーの増やし方を検証するためにやっている、というのが実情です」

なるほど〜〜〜! 新商品をUPして企業からお金をもらうインスタグラマーなのかと思いきや、意外と(失礼!)ちゃんとしたお仕事なのですね。

ロングの巻き髪にノースリーブニットに隙のないメイクにエルメスのバッグという出で立ちの理恵さんは、銀座のママにも見えるし会社社長と言われればなるほどと思える〝女の戦闘体制〟を感じさせる容姿。「夫と離婚したくて家出したときは、六本木のキャバクラでナンバーワンになったこともあります」という言葉にも頷けるゴージャス系美女で、9歳の娘を育てるシングルマザーです。

40歳バツなし独身男性と出会って1年でスピード婚

26歳のときに合コンで知り合った14歳年上の音楽業界の男性と結婚。当時40歳だったお相手Gさんは、あとから考えればアスペルガー気味だったと言います。

り「身長169cmで、顔は、友達に『え〜〜!? ホントにこの人でいいの?』と聞かれる感じのルックス。だけど私、見た目にこだわらないタイプなんで。いい人だなと思ったし、年齢的に早く結婚して子供が欲しいと思っていたときで、彼も結婚願望が強かったんです」

交際してすぐに同棲したときには、几帳面で掃除はすべて彼。お風呂から出るときは水滴のあとがつかないよう全て拭き取っていたGさんですが、1年後にスピード婚し、理恵さんが里帰り出産して帰宅してみると、部屋はびっくりするほど荒れ放題に。あんなに几帳面だった夫なはずが、部屋もテーブルもホコリまみれで新聞が山のように積み重なって居る状態で放置しっぱなし。

り「彼は40歳でバツなし独身だったんですけど、高齢で独身の男性って自分に自信がない人が多いんですよね。だから今思えば、私に好かれるために精一杯無理してたんだと思います」

結婚して子供も生まれて、「やっと自分のものになった」という安心感から素が出て来たということなんですね…!

出産して発覚した、夫のアスペ&モラハラ気質

育児が始まったことで、Gさんの本性はさらに露呈することに。まず、育児は一切手伝ったことナシ。それだけなら我慢できたけれど、夜泣きする娘に対し、起きてあやそうともせずに「うるさい!」とキレる始末。段々とモラハラの気も出て来て、理恵さんは「この人、だから今まで結婚できなかったんだ」と思ったそう。抱っこしていてヒザから下ろすと泣く娘のためにソファから動けず、「夕飯が作れない」と夫にメールしても、気遣う素ぶりは一切なく、「(泣)」のひと言が返事。そして気に入らないことがあると黙って理恵さんを睨みつける彼に、愛情は急速に冷めて行きました。

対する理恵さんも、ちょっと変わったタイプ。野心が強い理恵さんは仕事に役立ちそうなおじさまたちを転がすのが得意技。結婚後、妊娠中も合コンに数合わせのために呼ばれて夫公認で顔を出したりして人脈を繋いでいたとか。

ここで理恵さんがインスタグラマーになるまでの経歴に触れておきたいと思います。元々はデパコスブランドの美容部員で、出産前には料理学校の講師として勤務。

り「この料理学校が、マタハラ(マタニティ・ハラスメント)がすごくて。妊婦でも御構い無しに激務を強いられたうえに、『妊婦は邪魔だから帰れ!』と暴言を吐かれたりして。妊娠10ヶ月目でドクターストップがかかったんですが、それすらも『今休まれたら困る』と言われました。それで強行突破的に退職したんです」

家を飛び出してキャバクラナンバーワンに

そんな根性ある理恵さんですが、使えない夫によるワンオペ育児に耐えきれなくなり、ある日娘を連れて家を飛び出して一人暮らしをスタート。一旦九州の実家に帰ったあと、前述の六本木のキャバクラで働く生活が始まります。

そこで生来のオヤジ転がしのテクが生かされてナンバーワンの座を獲るのですが、当時0歳だった娘を夜託児所に預けてのアルバイト生活に限界を感じ、不動産屋のIT部門で昼の仕事をするように。これが今のインスタグラマーの仕事に繋がっていくのです。

り「これも私の母が上京して、娘が1歳になるまで育児を全面協力してくれたおかげ。だから娘はおばあちゃんっ子。初めて娘が立つ瞬間を見たのも母ですし、私はそういう初めての瞬間には、一度も立ち会えませんでした」

別居中、何度も離婚の申し入れをしても世間体を気にして受け入れてくれない夫でしたが、1年半の離婚調停ののちにようやく折れて、離婚が成立。このとき、理恵さんは28歳でした。

〜離婚後に理恵さんがインスタグラマーとして起業するまでのお話は、次回に続きます。

インタビュー・文

さかいもゆる

出版社勤務を経て、フリーランスライターに転身。——と思ったらアラフォーでバツイチになり、意図せず、ある意味全方位フリーダムなステイタスになる。女性誌を中心に、海外セレブ情報からファッションまで幅広いジャンルを手掛ける。著書に「やせたければお尻を鍛えなさい」(講談社刊)。講談社mi-mollet「セレブ胸キュン通信」で連載中。withオンラインの恋愛コラム「教えて!バツイチ先生」ではアラサーの婚活女子たちからの共感を得ている。

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