【目次】
私に会いに自転車で千葉から来てくれた
お話を伺ったのは…
木村優華さん(仮名・39歳)。東京都出身・名門私立大学卒業、広告関連会社勤務(年収600万円)。2歳年上の夫(外資系保険会社勤務・年収1200万円)と結婚10年。東京の西エリアにあるリノベマンションに在住。子どもは9歳の娘。身長160cm、黒ジャケットなど辛口服が好きなハンサムウーマン。バッグの中身はイニシャルハンカチやパステルカラー甘系小物を愛用。
転職してきたばかりのセンスがいいアラサー男子
広告関連会社で営業として働く優華さんに、新しい出会いがあったのは4か月前。
「年末に、ウチの会社に転職してきたのが、ヨシノ君。彼は30歳で、有名な美大卒、オシャレ、容姿が有名ミュージシャンに似ている爬虫類系男子。仕事もめちゃくちゃできて、デザイン関連の賞を受けたり、SDGsの活動をしたりしているんです。人を寄せ付けないような雰囲気なのに、飲み会などにはサックリ参加してくれる。そのすべてが好きすぎて、久しぶりにズッキューンと来てしまいました」
もちろん、他の独身女性たちも色めき立つ。
「収入も才能もあるんだからモテて当然。それに、一緒にいると不思議と安心する。それは彼が『人からどう思われるか』を意識していないからだと思う。他人にも期待しないから、居心地がいいんですよ」
独身の美人社員が彼にフラれて
ひょうひょうとしているのに、スキがない。
「女性社員が、彼を狙ってアプローチ合戦をしていた。私も参加したいけれど、9歳も年上だし、子どももいるし、恋愛の土俵に上がったら、0.5秒で『イタいオバさん』認定されるのは、目に見えている。私が20代の時には、アラフォーのお局が、同期の男子に言い寄って、プレゼントやメール攻撃をしているのをみんなで共有して陰でクスクス笑っていましたからね。あの立場になるのは御免です」
それでも彼を好きな気持ちは日に日に募っていく
とはいえ、制御不能なのが恋心だ。彼の姿を目で追い、街で彼の名字の看板を見ただけでも、キュンとしてしまう。
「夫からも『最近きれいになったね』と言われました。彼が好きなブランドの服を買ったり、お揃いのモノをこっそり身に着けたりして、少女のような片思いをしていたせいかな。1月の新年会の時に、隣同士になったので話したら、好きな画家が同じで意気投合。彼から駒場にあるアートスポットのイベントに誘われたんです」
まさかふたりきりだとは思わなかったのに
待ち合わせは朝11時に現地。優華さんは自分が中年女だということを自覚している。だから、ラフな服で行った。
「デート服を着て出かけようとしたんですが、鏡に映る自分を見てイタいと思った。だから直前に着替えたんです。現地に行くと、他の人もいると思いきや彼とふたりだけ。プライベートの彼は年齢より幼く、自分のことをよくしゃべる。あまりにも楽しくて、駒場から表参道まで歩いてしまった。別れがたく私が大好きなレストランに誘うと、『いいんですか?』とついてきたんです」
毎週デートはしても距離は縮まらず
それからグッと距離を縮めたふたりのつかず離れずの関係は続く。
「土曜日は娘はバレエと英会話、夫がゴルフ。ほとんど毎週、彼とデートするようになりました。アート系の展示を見て、感想を話しながら3~4駅分歩き、美味しい食事を食べて19時に帰るというパターン。彼は祖母の介護があるそうで千葉県にある実家に住んでいて、千代田線で帰る。彼のアクセスがよく、私が知り合いに目撃されにくい谷根千とか上野とかでデートすることが多かった。それまで行ったことがない街が新鮮で、彼と歩くのは楽しかったな」
ラブホテルに入りそうになるも……
優華さんと彼は、手をつないだことすらない。
「一度、ラブホテルに入りそうになったけど、入らなかった。彼は自分から誘うタイプではない。私もしたくてたまらなくなったけれど、自分で最後の一押しはできないし、それは男の人に決めてほしい。あのビリっとくる雰囲気と緊張感って人生のスパイス。それまでおとなしく母業と妻業をやっていたのに、再び女性として見られている実感があって、すっごくよかった」
コロナでリモートワークに
優華さんの会社では、3月末からリモートワークになった。
「リアルに会わなくなると、恋心も不思議と薄れてくる。夫や娘といる時間が長くなり、家事や子供の面倒に追われて、彼どころじゃなくなったというのが本音。でも、オンライン会議のときに、彼の顔を見るとドキッとする。すると、会いたいと思う気持ちがつのってくる。ある日の夕方、彼から『外を見て』とLINEが来た。見たら彼が手を振っていたんです。ウチは2階にあって、マンションの隣が小さな公園なのですが、そこにロードバイクに乗った彼がいて」
自宅には夫も娘もいる。「ゴミを出してくる」と言い、エントランスに向かった。
「でも彼は『扉を開けないで』って。『顔を見るとホッとする』と笑うんです。そして『また会社で!』と去っていきました。ものの20秒くらい。私が何かアクションを起こすスキさえなかった。思えば彼は実家からウチまで、40km近い道を、自転車に乗って会いに来てくれたってことですよね。これ以上の女の幸せはないと思って、このことは胸にしまっておこうと思っています」
「秘すれば花」ではないが、関係を深めないからこそ、燃え上がる恋心もまたある。泥沼に踏み込まないからこそ、キレイなまま保存される思いもある。普通の生活に戻り、男女の関係になってしまったら、陳腐な物語になることを、彼はよくわかっているのかもしれない。
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Writer&Editor
沢木 文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。お金、恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。