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WOMAN美しい女性には美しい物語がある。

2017.10.29

『メーク直しのふりをして、パフで涙をぬぐっていました』【美人経済キャスター・江連裕子さん】短期集中連載インタビューvol.2

40歳にして華麗なるキャリアを築く美女・江連裕子さんの短期集中連載インタビュー。

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美しい人は、美しい物語を持っている。それは、甘くきらびやかという意味ではなくて、バラにトゲがあるように、さなぎが蝶になるように、美しさとは真逆の痛みや忍耐をも含んだ、真に美しい物語。

1,000人以上の経営者をインタビューしてきた敏腕経済キャスター。そして東証一部上場企業の社外取締役。40歳にして華麗なるキャリアを築く美女・江連裕子さん。ロングインタビュー第2話は、銀行員への憧れから経済キャスターの夢をつかむその道のりにあった、タフな20代の時のお話。

©KEITA HAGINIWA 2017

「メークを直すふりをして、パフで涙をぬぐっていました」

「お天気お姉さん的アイドルタイプでもない。英語が得意な人はいっぱいいる。だったら自分がいちばん好きで得意な経済の分野を伸ばしていこうと思って、最初から経済キャスターになることを目標としていました。当時はBSやCS放送など多チャンネル化が一気に進んだときでしたし、専門番組の需要が増えるだろうという予測も自分で立てていましたね。30歳までには経済キャスターになる。そこから逆算して今何をすべきかを考えるようにして、30歳までは、たとえなれなくても挫折ではないと思うようにしようと」

20歳でフリーキャスターとして生きていく決意をした江連裕子さん。銀行員への憧れは未だにあったけれど、その夢は〝経済キャスター〟という具体的な形へと昇華された。目標が決まれば、プランはおのずと決まってくる。

「まず、ニュースが読めるようになること。そして現場を経験すること。その先に経済キャスターがあると思っていたので、何よりもニュースを読む機会が欲しかった。地上波に出たい!というようなこだわりはなかったです。それよりも同時に大学院に進学して、学術的にも経済分野を深めようと思っていました」

やがて22歳でTBSのニュース専門番組『ニュースバード』を担当することになり、アナウンサー1年目にして、1日8時間ニュースを読む大役をこなす。自費で大学院に通いながら、夜勤や泊まりも担当し、無我夢中で働いた。

「デビュー初日に、(当時の)小渕首相が倒れたニュースが飛び込んできたんです。予定していた進行はすべて変更。何もわからないし、何もできないまま、とにかく進めなくてはいけない。強烈なスタートでした。そもそも、ニュースを読むことからして大変。漢字が読めない、ものを知らない、ニュースの時代背景がわからない。原稿をただ読むだけではなく、内容を理解していないとニュースは伝えられないんですよね。圧倒的な知識と経験不足に、打ちのめされるような思いでした。

ものを知らないことが、こんなに恥ずかしいことだとは思わなかった。しかも一旦放送が始まれば8時間の生放送。逃げられないんです。インカムからは怒号が飛び、自分が情けなくて、CM中にメークを直すふりをして、パフで涙をぬぐっていました。読み間違えるのが怖くて、夜も眠れなかったです。休みの日にはずっと新聞を読んで文字を追う練習をし、ニュースを調べ、大学院の勉強もして。…このころは、1年で7キロ痩せましたね」

 いつか、ホームランが打てるように

仕事と大学院と両輪でフルに働き続け、1年ニュースを読んだ後に、当初のプラン通り現場を経験できる経済レポーターに。東証の株価中継を担当していたが、体調をくずして休みを余儀なくされてしまう。

「実は、ずっと調子が悪いのを薬で抑え込んでいたんです。体に随分負担をかけていたんでしょうね。入院して、仕事を一度リセットして。それからテレビ東京の経済番組のお天気キャスターで復帰しました。伝えていたのはお天気だけれど、今度は大学院にしっかり通う余裕もあったし、現場も楽しかった。まずは院を卒業するのを目標に、でもいつオーディションがあってもいいように、毎日家でニュースを読む練習は続けて。いつかまたチャンスがあるだろうと準備だけは万全にしておきたかった」

ところが、望んでいた経済キャスターのオーディションは一度もなかった。院も卒業して経済学修士号をとっていたけれども、お天気担当が終わっても経済番組のオファーはなく、行く先を見失った。

「経済キャスター以外の仕事は考えられなかったから、一度放送の現場を離れようと税理士法人に就職をしました。税理士の実務も積みたかったし、もしまた経済番組に関わった時に、絶対に無駄にはならないとも思いましたから。会社には正直に『税理士の経験を積みながら、経済キャスターになるためのチャンスを待ちたい』と話して、理解をいただきました。

そうしたら入社して半年で、CSの経済専門チャンネル・日経CNBCの夜のメインキャスターのオーディションが来たんです。ただし、条件は30歳以上。当時、27歳だったので条件を満たしていなかったけれど、『どうしても受けたいです』と事務所にお願いして、そして受かったんです」

条件外の年齢ながら受かったのは「圧倒的に経済の知識があるから、取らざるを得なかった」という理由だった。メインキャスターとしては、歴代最年少の抜擢。これまでのすべてが報われた瞬間だと思った。

「20代のころはみんな思うことかもしれませんが、いつ報われるんだろうって思っていましたね。経済キャスターになるまでは死んでも死にきれないって、ずっと焦っていたし苦しかった。でも嘆いていても仕方がない。とにかく毎日毎日素振りをして、いつかストレートが来た時にホームランを打てるように自分を磨いておこう。チャンスは1回きりでもいい。その時に全力を出せるような準備をしておいてよかったなと、思います」

22歳でアナウンサーデビューしてから、ここまで5年かかった。でも目標からは3年も早い。ついにつかんだ夢の現場。さてそこで、彼女を待っていたものは…。

写真/ラジオの仕事はテレビよりトークの自由度が高く、キャラクターが出やすい。昔から声を褒められることが多かったのもあり、性に合っていると感じている。キャスターを務めるラジオNIKKEI「ザ・マネー」は、取引終了後のマーケット分析や経済情報を伝える番組。リスナーは個人投資家など経済通がメイン。

江連裕子/1977年生まれ。経済キャスター、株式会社グルメ杵屋社外取締役。TBSニュースバードキャスター、KPMG税理士法人を経て、日経CNBCのメインキャスターを9年務める。過去の出演番組はテレビ東京『Mプラス11』など多数。経済セミナーの司会やコーディネーターとしても活躍。現在はラジオNIKKEI『ザ・マネー』(毎週月〜金曜日15:10〜16:00)の木曜日に出演中。オフィシャルブログhttps://ameblo.jp/ezure-yuko/
https://www.centforce.com/profile/t_profile/ezure.html

撮影/萩庭桂太  撮影協力/ラジオNIKKEI

 


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