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2022.04.18

【小説Domani:第16話】永い片想い

【随時更新中!】本作でデビューする作家・松村まつの本格ミステリー恋愛小説。夫婦とは、家庭とは、仕事とは、愛とはーー。交錯する過去と現在さまざまな思い、守るものと手離すものの境界線がリアルに描かれる!週2回更新中。

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【目次】

〈16〉

▶︎各話一覧

【登場人物】
川口圭一 (24) 大手広告代理店・東通勤務。コピーライター。
小林かおり(24) 大手出版社・祥明社のティーンズ誌『プチファスト』編集者。長野出身。

<これまでのあらすじ>
2022年2月14日、東京・佃。銀座にほど近い高級マンションから一人の男が転落した。男の身元は大手広告代理店勤務42才の川口圭一。転落したマンションは、川口が家族4人で住んでいた。他殺か、自殺か、事故か。話は18年前の2004年2月。圭一と妻のかおりの関係へさかのぼる。

 

小林かおりはつわりと言うものが、激しい二日酔いのような気持ち悪さで驚いた。それと同時に、自分の体を支配する生き物が、目には見えないのに強烈な主張をしてきて不思議な気持ちになった。眠たい。熱っぽい。吐き気がする。疲れる。毎日、毎日、二日酔いで登山をしているようだ。結局、結婚指輪を買いにいくのは後日にした。川口圭一は、ほっとした顔をしていた。

父親である川口圭一は、子供ができたところで何も失わないし変わらない。他人の体が自分の子供を産む。男と女と言うのは、子供というものの存在を考えたとき、おそろしく不平等にできている。だから、圭一は、たった一度のセックスでできてしまったらしい子供へ、興味も愛情もなかった。強いて言うなら、中絶をほのめかしたときの小林かおりの毅然とした態度から目が離せなかった。結婚はかおりに気圧されたからだ。逃げられるのならば逃げたかった。

だけど。かおりは悲壮な気持ちで宿った命を育てると決めた。子供を言い訳に、自分の夢もあきらめないと決めた。そこから先は、図太さと、己の能力を頼みに結果を残していくことだけが道を切り開く。

出社した昼下がり、編集長に妊娠を報告すると、苦い顔をした。

「仕事はいつ辞める?」

当然だと言う様子で聞いた。かおりは言葉に詰まり、沈黙した。

「続けるつもりなんだな?」

黙り込んだかおりに、今度は編集長が腕組みをし、黙った。

「親は近所に住んでいて、助けてくれる?」
「母は、長野で仕事をしていて無理です。彼の方は、遠方なので難しいと思います」
「つまり、ふたりだけで子育てと仕事をまわそうとしているのか」

かおりは力なくうなずいた。編集長は矢継ぎ早にことばを重ねる。

「小林、子育てしながら仕事ができると思う?」
「子供の熱が出た時に、原稿があがったらだれが取りに行く?」
「子供の運動会が、動かせない芸能人の撮影日だったらどうする?」
「一回や二回ならいいけど、継続して何度もまわりに迷惑をかけると、人間関係も難しくなる。部署の中に小林の居場所はなくなるよ」
「小林の先輩の編集部員は、仕事を選んで、子供をあきらめてきた。そういう人は、小林に厳しく当たると思う。嫉妬も含めて、足を引っ張られるかもしれない。それを跳ね返すほどの実力が、いまの小林にある?」

編集長の言葉は、かおりの立場をはっきり表していた。
かおりの仕事は、男女関係ない。給料も同等、責任も同等。
助けてくれる親はいない。大手広告代理店・東通の圭一が専業主夫になってくれるはずもない。それなのに、現実問題として、独身や専業主婦の妻がいる男と仕事で張り合わなければならない。

いままで100%の力でこなしてきた仕事を、これからは子供の世話をしながらこなす。

かおりの同期は10人。祥明社は、新卒採用で4000人中10人の採用だった。400倍を勝ち抜いて手にした仕事。フリーの編集者も含め、かおりの代わりはいくらでもいる。

そして見回しても、同じ編集部に、仕事をしながら子供を育てている編集者はいなかった。たった二年しか仕事をせずに出産をすることもずいぶんと非常識なことだった。だけど、「いままでできなかったから」と言って納得するにはかおりは若すぎた。

「仕事は辞めません。子供も産みます。結婚もします。いまの話だと、仕事を続ける限り、わたしにはいくつになっても結婚して子供を育てるタイミングがありません。だから、やれるだけやってみます。だめなら退職します」

そう言ったかおりを、編集長は桜の木にまぎれ込んだ毛虫を見るような目で見た。

次の話はこちら

作家 松村まつ

東京都内に勤務する会社員。本作がはじめての執筆。趣味は読書と旅行と料理。得意料理はパテ・ド・カンパーニュ。感動した建物はメキシコのトゥラルパンの礼拝堂とイランのナスィーロル・モルク・モスク。好きな町はウィーン。50か国を訪問。

 

 

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