超エリートだった元カレと、女同士として再会した
お話を伺ったのは…
柳井千明さん(仮名・39歳・年収800万円)、東京都出身・医療系大学を卒業後、製薬会社に勤務。3歳年上の夫(外資系製薬会社勤務・1500万円)と10年前に結婚。東京都江東区内の分譲マンション在住。子どもは小学4年生の女子と、1年生の男子。身長169cm、長身でスタイリッシュ。トライアスロンが趣味で、どこか男性的な雰囲気。
女子高育ちで成績優秀
千明さんは東京の山の手で生まれ育つ。幼いころから成績優秀だった。
「幼稚園で男の子にいじめられ、女子大付属の小学校に入りました。それから中・高と女子高育ち。最初にハマったアニメが『聖闘士星矢』で、私はキレイな男性が好き。タレントさんだと、美輪明宏さん、及川光博さん、アルフィーの高見沢俊彦さんとかが大好きでした」
美しい男性が好きな少女は、成績優秀だった。高校卒業後は、私大の医学部に進学。
「医師国家試験にも合格しました。内科の研修医になったのですが、医師の世界のものすごいパワハラ体質と、セクハラで辞めました。なんとかなると思っていましたが、一般社会において、医者って潰しが効かない職業なんですよ。それでいろんな縁があり、今の製薬会社に入れてもらって、営業と研究現場をつなぐような仕事をしています」
男性は苦手だけれど、性欲はある
男性は苦手だが、結婚する前に彼は4人いた。
「大学時代の初彼は、超有名私立大学に通っている男性でした。私はお酒が大好きで、飲み会で知り合ったんですよね。そこから5年くらい付き合ったかな。卒業まで恋人同士だったのですが、彼は欧州の投資銀行に就職して自然消滅してしまった。その後、夫と結婚するまでに、3人くらい交際しました」
千明さんの夫の写真を見せていただくと、美しい中年男性だ。
「私にはもったいないくらいの夫だと思っていますが、彼は自分が大好きなんです。スキンケアも怠らず、決まった店でスーツはもちろんハンカチやタイピンまでそろえています。自宅では『華麗なるギャッツビー』とか『裏切りのサーカス』とかスーツの着こなしが美しい映画を観ながら子どもたちと遊んでいます」
新宿の深夜のラウンジで、元カレと再会
家族の時間は穏やかに流れており、夫との性交渉も月に1回程度ある。そんな日々に異変があったのは、ノリで行ったゲイバー。
「研修医時代の同期に、おもしろいお店があると連れていかれたあるラウンジに、美しい所作と知的なたたずまいが印象的な女性がお客さんとして来ていて。周囲が光り輝いているような感じでしたね」
薄暗い店内で、その女性の姿を追う。彼女は立ち上がると身長が180cm近くあり、男性のようだった。
「よく見ると男性なのですが、胸もふっくらしている。そしてどこか懐かしい感じがする。彼女の顔を、よく見ると元カレだったんです」
有名私大の哲学科に通っていた、千秋さんの最初の彼だった。
女性になった元カレに再会した
千明さんは「彼…というか、今は”彼女”なのですが、ややこしいので”彼”と言いますね」と続ける。千秋さんは、彼がトイレに立ったときに、一緒について行く。女性トイレで手を洗いながら、彼に自分の名前を言うと、「千明! こんなところで会うなんて!」と、千秋さん手を握り、瞳をうるませて再会を喜んでくれた。
「その姿にじ~んと来てしまって。比較的明るいトイレのライトの下で見ると、やっぱり男なのですが、女性になるための手術も受けており、体も戸籍も女性なのです。肌も美しく、エレガントな香水の香りがする。家には『今日は遅くなる』と連絡して、彼ととことん飲むことにしました」
明け方まで、彼の家で飲む
彼の現在の仕事は、個人投資家。中野区の高級マンションに住んでいた。千秋さんは彼の家に行く。
「ドアを開けたら、ベルサイユ宮殿みたいなんです(笑)。金色の唐草模様の額がついた鏡があり、ゴブラン織りのソファがあって、テーブルの花瓶にはクジャクの羽が生けてあるんですよ。彼が女性である自分を受け入れたのは比較的遅く、27歳のときだったそうです。その苦しみや、一言で”LGBT”とくくられることの違和感などを、朝まで話しました」
心を許せるのは千明だけ
それから、2週間に1回、朝まで彼の家に行く生活が始まる。
「夫には、悩む女友達の相談に乗っていると伝えています。私は夫にウソをついてはいません。彼…彼女と会っていると、私が女性として抱えてきた苦しみを理解し合えて、話しても話し足りない」
彼の世界にもいろいろあるようで、体は男性で男性を愛する人にも受ける側とそうではない側があることも分かった。
「〇〇専、という言葉で趣味趣向がセグメントされている多様な世界と、異性愛者からのマウンティングの話を聞きました。そのときに、女子高時代の同級生との淡い恋愛を思い出したんです。もうすでに、手を握りながら話をしていたのですが、気が付くと、彼がキスをしてきたんです」
そのキスは、とても気持ちがよく、自由を感じた。
「私も、妻や母として、与えられた役割に違和感を覚えてきました。その違和感の根本は、男社会の研修医時代です。そこから抱えてきた思いが彼のキスで氷解していくような感じがしたんです。その後はある種の肉体的接触がありました」
千明さんは、医師となるべく勉強をしてきた。だから、複数ある手術の中から、彼が選んだ性転換(適合)手術が、壊死や感染症のリスクを含む命がけのことだと知っている。
「そういうことを乗り越え、今ここに彼が生きていることがうれしくて、彼が私の体を触るのが心地よくて、私の望んでいたことは、こういうことなのかな…と。それにつけても、これは不倫なのかどうか。少なくとも彼も私も戸籍上は女性で、性対象は男性。恋愛ではなく、傷を修復し合っているような関係です」
抱えてきた苦しみを分かり合う心の快楽は、肉体的快楽をしのぐ喜びだという。それを不倫ととるか、どうとるか…。罪悪感のようなものは日々、大きくなっているという。
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Writer&Editor
沢木 文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。お金、恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。