強い芯があるのにピュア。マタ・ハリと、彼女をめぐる人々の〝愛〟
マタ・ハリとは、第一次世界大戦中にヨーロッパで活躍した美人ダンサーで、スパイとして暗躍したと言われている実在の人物。最後は二重スパイの容疑をかけられて処刑されてしまうのですが、そのドラマチックな生涯をもとにさまざまな作品が創られています。
ミュージカル『マタ・ハリ』は2016年に韓国で世界初演され、2018年に日本初演、今回は2度目の公演になります。音楽は、ミュージカルファンにはなじみの深いフランク・ワイルドホーン氏、演出は石丸さち子氏。石丸さんは蜷川幸雄作品で演出助手をされていたそうで、だからミュージカルなのに演劇的な演出場面が多いのか、と納得。
開演前にオケボックスから聞こえてくる音合わせに、生音楽で観劇できることに胸が高まります(こんなご時世ゆえ、舞台の公演が再開されてもオーケストラではなくて録音による音楽が続いていたので)。第一次世界大戦中のフランスが舞台で、不穏な音楽や戦場のシーンなどで暗澹とした息苦しい空気が劇場全体を包むよう。
私たちが観劇した日のマタ・ハリ役は愛希れいかさん(柚希礼音さんとダブルキャスト)。マタの色気と情熱が込められていて、さらには厳かさをも感じとれる、しなやかで力強いダンス。踊りのシーンのたびに目を奪われました。誇り高く芯の強いマタが、受け取る愛ではなく欲する愛を知った時の燃えるような一途さが強く胸に響きます。
マタをスパイとして利用し、最後は引導を渡すフランス人のラドゥー大佐は加藤和樹さん(田代万里生さんとダブルキャスト)。フランス軍の上官として国を守らなければならないという使命を第一にしながらも、胸の奥ではマタを愛している。威圧的な軍人の姿の奥に歪んだ愛情を抱えるひとりの男が見え、憎々しいのだけど哀しくて、なんだか心の中が複雑になる存在。
マタと惹かれ合うフランス軍パイロットのアルマン役は三浦涼介さん(東 啓介さんとダブルキャスト)。マタを深く愛し、死と隣り合わせの状況でも誠実に彼女を包み込む。ラドゥーとは対照的で、愛することに対してとても純粋だからマタも心を開いたのでしょう。周りにいる強い男とは違う、夜明けの空を見ながら夢を語る青年。アルマンは軍人としての立場と愛の狭間で抱える苦悩や葛藤、そのもどかしい気持ちが伝わってきます。
マタのパトロンのドイツ軍のヴォン・ビッジング将軍を演じるのは宮尾俊太郎さん。パトロンという立場だったけれど、彼もおそらくマタを愛した男のひとり。マタへの好意や援助を利用された行為に激昂し、マタを陥れる策略に。プライドの高さや冷酷さが滲み出ていて、出番は多くないもののがっつりと爪痕を残す印象深さ。あと、バレエダンサーである宮尾さんの魅力が存分に感じられる2幕最初のダンスシーンは必見です。
マタの衣裳係のアンナを演じた春風ひとみさんは、マタを温かく見守る母のような存在で、濃すぎる登場人物たちの中で唯一ホッとできる役。マタから心ない言葉を投げかけられても、それを受け止める大きな心にホロリとさせられました。
フランス軍パイロットのひとり、ピエール役の工藤広夢さんも目に止まりました。アクロバティックな動きがアクセントになって、舞台に緩急がつくようです。
わたし的いちばんの見どころは、ラスト前の裁判所のシーン。マタとアルマン、ラドゥーの関係性がよくわかる構図で、3人の表現に胸が締め付けられて涙なしでは観られませんでした。最後、救いがないのになぜか後残りする重さを感じないのは、カタルシスがあるからかも…。空を飛んでいるように思わせる演出も昇華されるようで、とても印象的でした。
セリフや心情を歌でつなぐミュージカルだけど、捉え方の自由さや舞台の見せ方はどことなく演劇的で、見応えたっぷりの作品。劇場での観劇がかなわなくてもライブ配信が決定しているので、ぜひこのドラマチックな舞台を体感してみてください!
撮影/岡 千里 文/淡路裕子 イラスト/春原弥生
ミュージカル『マタ・ハリ』
【Story】
1917年、第一次世界大戦の暗雲たれこめるヨーロッパ。
オリエンタルな魅力と力強く美しいダンスで、パリ市民の心をとらえて放さないダンサーがいた。名は、マタ・ハリ。
彼女の人気はヨーロッパ中におよび、戦時下であっても国境を越えて活動する自由を、手にしていた。
その稀有な存在に目をつけたフランス諜報局のラドゥ大佐は、彼女にフランスのスパイになることを要求する。もし断れば、人生をかけて隠してきた秘密を暴くことになる、そう、ほのめかしながら…。自らの過去に戻ることを恐れ、怯えるマタ。
同じ頃、彼女は、偶然の出来事から運命の恋人に出会う。戦闘パイロットのアルマンは、彼女の孤独な心を揺らし、二人は、ともに、美しい夜明けのパリを眺め、人生を語り合う。
一方ラドゥーの執拗な要求は続き、一度だけスパイをつとめる決心をしたマタ。彼女の世話を続けてきた衣裳係のアンナの祈りの中、公演旅行でベルリンへ向かい、ドイツ将校ヴォン・ビッシング宅で、任務を無事遂行する。しかし、謀略はすでにマタ・ハリの想像を超えて進み、アルマンへの愛に目覚めた彼女の運命を、大きく歪めようとしていた…。
【Information】
<東京公演>
公演期間:2021年6月15日(火)〜6月27日(日)
場所:東京建物Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
<愛知公演>
公演期間:2021年7月10日(土)〜7月11日(日)
場所:刈谷市総合文化センター アイリス大ホール
<大阪公演>
公演期間:2021年7月16日(金)〜7月20日(火)
場所:梅田芸術劇場 メインホール
▶︎公式サイト
ライブ配信実施決定! ドラマチックな『マタ・ハリ』の感動をご自宅でも!
<配信日程>
[1]2021年6月26日(土) 17:00公演
マタ・ハリ:柚希礼音/ラドゥー:加藤和樹/アルマン:三浦涼介
[2]2021年6月27日(日) 12:00公演
マタ・ハリ:愛希れいか/ラドゥー:田代万里生/アルマン:東 啓介
※アーカイブ配信はございません。
<配信チケット料金>
●ライブ配信視聴券:¥4,000(税込)→「Go To イベント」適用で¥3,200に!
●ライブ配信視聴券(公演パンフレットの郵送サービス付き):¥6,000(税込)→「Go To イベント」適用で¥4,800に!
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イラストレーター
春原弥生
すのはらやよい/1980年生まれ、長野県出身。 薄毛の夫タカ氏と共に姉弟2人の子育て中。『かわいく、わかりやすく、庶民的』をモットーにコミックエッセイ、レポ、マンガなどを手掛ける。楽しくわかりやすい表現法に定評があり、活躍の場はエンタメから語学、ビジネス、実用までと幅広い。著書に『宝塚語辞典』『ふたりの薄毛物語』等、共著に『マンガでわかる! 1時間でハングルが読めるようになる本』などがある。Twitterアカウント▶︎@suno_yayoi