美しい人は、美しい物語を持っている。それは、甘くきらびやかという意味ではなくて、バラにトゲがあるように、さなぎが蝶になるように、美しさとは真逆の痛みや忍耐をも含んだ、真に美しい物語。
形成外科医であり抗加齢学会専門医として、アンチエイジング医療の最前線を走り続ける医師・松宮敏恵さん。連載第3回は、「奈落の底に落ちた」という、人生でいちばん大きくハードだった転機について。(全6回)
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第2回 『医者になんてなりたくなかった』
会う人ごとに、「老けたねー」と言われる
形成外科の世界に魅せられ、ようやく医者であることに意味を見いだせる、と思ったのもつかの間。やりたいやりたくないに関わらず、医者を続けざるをえないような強烈な試練がやってくる。
「ちょうど研修医が終わるころに、結婚し、出産しました。恥ずかしながら医者の道がしんどくて、逃げるような気持ちもあったんだと思います。早く家庭に収まって解放されたかった。でも、すぐに夫の事業が傾き、必然的に私が稼がなくてはいけなくなって。お金も自由も、全部なくなりました。
それまでふわふわと奔放に生きてきたけれど、突然、奈落の底に突き落とされたような気持ちでした。借金がかさんで親にも迷惑をかけて、自分が稼げるだけ稼がないと、というプレッシャーに苛まれました。朝から晩まで働いて、当直は週に3回。産まれたばかりの娘にもろくに会えない日が続く。産休明けというのもあって、体力も気力も限界でした。形成外科に進むなんて夢のまた夢でしたね」
さらに追い打ちをかけるようなことが、続いた。
「女性が多い職場だったんですが、『子供がいるからって甘えないで』とロッカーに張り紙をされたり、『結婚していない他の女医に負担をかけないで! その人たちにも婚期ってものがあるんだから!』と言われたり。
女性だったら気持ちをわかってくれるかな、と思って選んだ職場だったんですが、実際はその真逆でした。耐えきれなくて、トイレの中から母親に『もうここにはいられない!』と泣きながら電話したこともあります。心もカラダも疲れ果てて、この時期は会う人ごとに『老けたねー』と言われていました。本当に、ボロボロだったと思います」
タクシーの運転手さんにも、離婚を相談した
限界を感じ先輩に相談した結果、時間も仕事量も拘束の少ない、リハビリ科での仕事に移ることにした。自分自身のリハビリも兼ねていたのかもしれない。やがて、仕事が落ち着いてくると、今度は家庭が心休まらない場所であることからも目を背けられなくなる。本格的に離婚を考えるようになった。
「『仕事にいる時間だけが安心できるんです』と同僚に話したら、『家で安心できないっておかしくない?』と言われて。その通りだな、今の状況はおかしいなと。
それでも、ずっと離婚は迷っていました。一回結婚したら離婚なんてしちゃいけないって思っていましたし、親不孝をしたくない気持ちもあった。どこかで世間体を気にしている部分が大きかったとも思います。ミーハーな気持ちで結婚した結果、こうなった自分が、すごく恥ずかしくて、痛々しくて。シングルマザーになることも不安だった。
どうしていいかわからなくて、占いにも随分駆け込んだし、タクシーの運転手さんにまで『離婚、どう思いますか?』なんて、手当たり次第に相談していました。なかなか決心がつかなかったです。
でも、ある日争っている私たちを前に娘が怯えているのを見て、あ、もう家を出ようと」
離婚して、シングルマザーになる。その決断を支えたのは、あれほど興味がないと思っていた医者の世界だった。
「初めて、医者であることに感謝しました。ひとりでも経済的に子供を育てていけるのは、この仕事のおかげ。それまではなりたくないと言いながらも、自由気ままにやってきて、甘やかされた環境だったと思います。でも、離婚したら自分でやっていくしかない。
結婚するまでは、世間体や勝ち組とか負け組、なんだかんだ医者は稼いでいてカッコいいイメージ、など、誰からどう見られるかをすごく気にしていたんです。だから結婚も急いでしまった。けれど、形にとらわれなくてよくなったら、世間からの評価は気にならなくなりました。
自分を大切にしなかったら、周りの人を大切にすることもできない。親にももう心配をかけたくないし、ちゃんと自分の力で社会的に成功して、子供に『うちのママでよかったな』と思ってもらえるようになりたいなって」
あのころがいちばんどん底だから、それに比べればたいていのことは怖くなくなったと笑う。乗り越えられない試練はないというけれど、もしそうなのであれば、この強さを得るための出来事だったのかもしれない。
しなやかな強さを手に入れた松宮さん。ここから、自分のためのチャレンジが始まった。
写真/いちばん自分らしい写真を撮ろう、という話から生まれた今日の一枚。歩くだけでインスピレーションをもらえるような表参道の街角で、自由に踊る。迷いなく、しなやかに、軽やかに。
天現寺ソラリアクリニック院長
松宮詩依(敏恵)
1979年生まれ。天現寺ソラリアクリニック院長。形成美容外科医、日本形成外科学会専門医、抗加齢学会専門医、リハビリテーション科学会専門医、分子栄養医学認定医。形成美容外科・リハビリテーション科・分子栄養学の3つの観点から、見た目・身体機能・栄養からのアンチエイジング医療を提唱している。美しくなるためには外面と内面(主に食事)両方からのアプローチが大事!がモットー。
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天現寺ソラリアクリニック
撮影/萩庭桂太