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2022.03.25

【小説Domani:第10話】永い片想い

 

【随時更新中!】本作でデビューする作家・松村まつが描く40代ワーキングマザーの生きる道。夫婦とは、家庭とは、仕事とは、愛とはーー。守るものと手離すものの境界線がリアルに描かれたミステリー恋愛小説。週2回更新中。

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【目次】

〈10〉

▶︎各話一覧

【登場人物】
川口圭一 (24) 大手広告代理店・東通勤務。コピーライター。
小林かおり(24) 大手出版社・祥明社のティーンズ誌『プチファスト』編集者。長野出身。
小林きみ子 かおりの母。長野で小学校教師をしていてひどく厳しい。シングルマザーでかおりを育てた。

遠藤敦士(26) 橋の建築家。かおりに気がありそう。
大宮ちか(24) 祥明社の文芸誌『トロイカ』編集者。かおりの同期。
妹尾サキ(24) 高文館のスクープ誌『週刊女性ファイブ』編集者。あだ名はすっぽんサキ。

<これまでのあらすじ>
2022年2月14日、東京・佃。銀座にほど近い高級マンションから一人の男が転落した。男の身元は大手広告代理店勤務42才の川口圭一。転落したマンションは、川口が家族4人で住んでいた。他殺か、自殺か、事故か。話は18年前の2004年1月。圭一と妻のかおりの出会いへさかのぼる。

 

「行ってきます」
母が父の写真を破き捨ててから、一言も話さないでいた。母は破いてすぐ、寝てしまった。かおりも布団に入ったが、眠れなかった。そのまま朝になった。仕事だと言って家を出た。これで母と顔を合わせなくてすむと思うとほっとした。

家の扉を出た時、空気があまりにも澄んでいて、胸いっぱい息を吸った。一段ずつ階段を降りる。4階、3階、2階、1階。ゆるやかならせん階段をくるくる回っていると、昨日のことがすべてうそのように思えてくる。遠藤に名刺をもらったことも、圭一に出会ったことも、母になじられたことも。
天気がいい。会社まで歩いて20分。家からちょうど一汗かく距離なのが、今日は嬉しい。途中のベーカリーで昼食のサンドイッチを買い、朝ごはんにコーヒーとトーストを食べた。窓ガラス越しに道行く人をながめる。土日だからか歩く速度は遅く、だれもかれもが楽しそうに見えた。
まわりから見ると、かおりも似たようなものかもしれない。

会社に近づくと社員証をバッグから出した。灰色の無骨なビルだが、中にはたくさんの夢が詰まっている。少年まんが、少女まんが、ファッション雑誌、週刊誌、書籍……。日本中で祥明社の本が読まれている。祥明社は日本の3大出版社と言われている。それだけに、取り扱う本のジャンルもさまざまだ。

入口から入り、エレベーターに乗り込む。土日でも、人がたくさんいる。早朝の撮影が終わったファッションチーム、朝まで原稿を待っていたまんが編集、これからイベント取材に行く週刊誌記者とカメラマン。まんがやスクープ誌など、いくつかの週刊誌を抱える祥明社では、土日は関係ない。

かおりの所属する『プチファスト』は月2回刊だから、多少は土日も仕事をするが、それほど頻繁なわけでもない。案の定、編集部へ行くと、今日は誰もいなかった。
自分のデスクには資料室から借りっぱなしの資料雑誌があった。PCを立ち上げると、書きかけのWordファイルが残っていた。
「そうだ、企画考えてる途中だったんだ」
同期の大宮ちかが誘ってくれた飲み会に行ってしまい、中途半端なところで企画書は終わっていた。

メールボックスをクリックすると、昨日、飲み会で出会った建築家の遠藤からメールが来ていた。かおりが教えてほしいと頼んだ、撮影によさそうな橋をリストアップしてくれている。
メールの最後には『意見を聞きたい橋があるのでつきあってくれませんか』と締めくくってあった。

これはデートの誘いなのだろうか。「意見を聞きたい橋」という誘い方が不器用で、遠藤の人のよさを感じた。それと同時に、昨日はじめて会った川口圭一が頭をよぎった。連絡先を聞きそびれてしまった。彼女……いるのかな。
ほかにも何件か、撮影時間の確認や、原稿が遅れることなど、仕事のメールが来ていた。遠藤への返信は後回しにし、先に仕事のメールへ返信を書いた。

気がつけば昼過ぎていた。大きく伸びをひとつして、後ろが見えるほど体をストレッチすると、歩いてきた同期の大宮ちかと目が合った。相変わらずのきのこ頭だ。ちかが右手をあげて声をかけてくる。
「よっ!」
「ちかも仕事?」
「うん、原稿待ち。もう少ししたら上がりそうだから、取りに行く」
「どこだっけ」
「茗荷谷」
「近っ。あがったら家から取りに行けばいいのに」
「そうなんだけど、『この土日も編集部でお原稿を待っております』という姿勢を見せないと、大先生の原稿は永遠にあがらないのだよ、小林かおりくん」
「そうでありましたか、大宮ちかくん」
「そうなのだよ。で、原稿もらってから、護国寺の高文館近いから、サキが遊ぼうって言ってたの。かおりも行く?」
「ああ、サキさんってスクープいっぱい取ってた人」
「そうそう、すっぽんサキ」
かおりは家に母が来ていることを思い出して、帰りたくないと思った。
「行こうかな…何時くらい」
「原稿が15時くらいにあがるから、入稿指定してバイク便で写植屋さんに送って…16時か17時くらいかな」
「連絡して」
「オッケい」
「あのさ」
かおりが自分のフロアに戻ろうとするちかを引き留めた。昨日からずっと知りたくて、聞きたかったことをやっと聞いた。
「昨日、遅れてきた人……川口圭一さんって、彼女いるのかな」
「気になるの?」
「好きな顔だったりする」
「ほほう」
推理小説の主人公のような顔をして、腕を組む。そして、訳知り顔でウインクをすると、ちかはなにも答えずに行こうとした。
「なにそのウインク。ちかってば」
かおりが焦れて問いかけると、
去り際にちかが言った。
「そういえば、圭一からメールが来ててさ。めっちゃ長いメールだったんだけど、つまり『小林かおりさんは気になる人です』ということが言いたそうなメールだったよ。実はこれを言いに来たのでした。ではまた後で!」
結局、彼女がいるのかいないのかはよくわからなかったが、どうやら圭一が自分に興味を持っているということは分かって嬉しくなった。それと同時に、「男に媚びている」「みっともない」と昨日かおりをなじった母を思い出した。

かおりは『仕事で遅くなります。ごめんなさい。先に寝ててください』と母にメールを打った。母からはなにも返事はなかった。

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作家 松村まつ

東京都内に勤務する会社員。本作がはじめての執筆。趣味は読書と旅行と料理。得意料理はキャロットラペ。感動した建物はメキシコのトゥラルパンの礼拝堂とイランのナスィーロル・モルク・モスク。好きな町はウィーン。50か国を訪問。

 

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