N.Y.在住セレブ妻の実態は、「ヒマ過ぎて辛いだけ」!?
ニューヨークで働くエリート金融マンとの新婚生活をスタートさせた香代さん。夫Jさんが結婚前に「手が荒れるから、君に家事は一切させないよ」と言っていた通り、家では同居している、広東語を話す中国系アメリカ人のお姑さんがすべてやってくれる毎日。もともと家事が嫌いだった香代さんには天国のような生活だったかと思いきや、現実はと言うと…。
前回のお話>愛情よりも条件を重視!N.Y.でハイスペ婚のはずが、今はシングルマザーになった私
香代さん(以下、か)「高校で一年留学経験はあるものの、最初の頃は毎日英語漬けの毎日に神経が疲れ果てて、夕方4時にはベッドに入る生活。仕事があるワケでもなく、現地の友達も居ないし、ひたすらヒマ。やることがなさすぎて、ネットの質問コーナーに『セントラル・パークのリスと仲良くなるにはどうしたらいいか』と投稿したりしてました(笑)」
だけどせっかく「ルールズ」でがんばって手に入れた結婚生活、「これが幸せなんだ」と自分に言い聞かせていたとか。
夫のモラハラにすぐ気づかなかったのは、会って3回目で決めたスピード結婚だった以外に、彼の激しい怒りや愛情表現を「外人だからこういうものか」と思っていたことも原因のひとつ。
か「私のことをホメて上げたと思ったら大声でケナして下げたり。それを受け入れていたのは、どこかでアメリカ人に対して劣等感のようなものもあったんでしょうね」
その後Jさんが日本で働くことになり、結婚5年目の29歳で長女を出産。
「実は子供が苦手で、生まれたときは泣きました。だけど女に生まれたからには結婚して、子供を産まなければならないという固定観念があったんです」
その後31歳で長男を、34歳のときに次男を産み「これでお国のための義務は果たしたんだから、誰にも文句は言われないだろう」という変な安堵感があったそう。真面目な香代さんは、24歳で結婚しないと負け犬になるという呪縛から逃れたあとも、ここでもまた「女」という性(さが)に縛られていたのですね…。
さて、次男を産んだ矢先に大事件がふたつ発生します。
リーマンショックで年収2千万円の夫が収入ゼロに
か「リーマンショックの影響で、金融系に勤めていた夫がリストラされてクビになったんです。さらに次男を産んだときに彼の風俗通いが発覚して…。だけどね、『8割はいい人なんだから、残りの2割は我慢しなきゃ』って思ってました」
よくよく聞くと、「残りの2割」が
・キーボードをまっぷたつに破壊したり、コップを割ったりする精神的DV
で、
・妻には男性と接触することすら禁じるのに、自らは風俗通いする身勝手さと絶倫ぶり
で、全然2割じゃなかったです(涙)。
ときは東日本大震災の起きた2011年。1年分の年収の退職金が出たことで、無職になったのに「これでしばらく仕事せずにゆっくり暮らせるね」という呑気な夫を横目に、「夫の年収分の2,000万円は私が稼ぐ!」と一念発起した香代さん。おっとこ前!!
友人が卵巣ガンになったこともあり、自分に何かできることはないかとアートメイクの学校に通ったことをきっかけに、脱毛サロン経営で起業することに。
愛がない結婚が子供たちに強いていたこと
嫉妬深い夫Jさんはその間何をしていたかというと、サロンで働く香代さんを防犯カメラでずっと監視してるだけ。嫉妬深いので「それまでも美容師も税理士も、私に関わる職業の人は全員女性を選ぶように要求されました。LINEの内容もチェックされてましたね」って、そんな生活、私なら息が詰まりそう!
異常を「異常なことだ」と気づかないのが、モラハラ夫に馴らされてしまった妻の怖さです。
元々仕事の能力が高くて自分でサロンのHPも作れてしまう香代さんのサロン経営はすぐに軌道に乗り、芸能人やアスリートも通ってくる人気店になります―余談ですが、私も女優たちが顔の脱毛で通っているサロンだと知人に紹介されてサロンに行ったのが香代さんとの出会いでした−。
その後、東京都知事の小池百合子議員が、世帯収入によって私立高校授業料の実質無料化を発表したのをきっかけに、2014年、香代さんは手続き上の離婚を選択。このとき、Jさんはすでに年収1000万円以上の職に復帰していました。
40歳を過ぎて、キスが嫌だった夫とのセックスが苦痛になってきていた香代さんは、離婚手続きのときに「形式上は離婚したんだし、風俗に行ってもいいよ」と告げたのですが、その後、当時47歳の彼は社内恋愛している28歳の彼女を作ったことが発覚。
か「週末は彼女と、平日は私と子供たちと過ごし、月に35万円生活費を入れてくれる。子供たちの面倒はみてくれるけどセックスはしなくていい。それって結果的には私にとっても都合のいい生活なのかなと一瞬思ったのですが、弁護士に『そんな契約は法律上あり得ません!』と言われて目が覚めました」
しかしそんなある日、いつものように物に当たるDVでついに警察を呼ぶ事態に。14歳の娘がおまわりさんに「パパは『この家には愛がない!』って叫んで家を出て行ったけど、パパは愛がなんだかわかってない人なんですよ」と言うのを聞いて、初めて自分の結婚観が間違っていたことに気づいたそう。
か「ハリボテの夫婦でいいって思っていたし、100%完璧な夫なんて居ないんだから8割よければ我慢しようと思っていた。だけど今まで、我慢させていたのは子供たちだったんだなって。すごく反省しました」
「幸せな結婚」の形は世間じゃなくて自分が決める
形式上だけではなく、今度こそきっちりとJさんとの決別を決めた香代さんに、子供たちは「ママよかったね。離婚してなければ、今みたいに好きなお仕事できてなかったね」と言ってくれるとか。
か「子供って、親が幸せそうにしていることがいちばん幸せなんですよね。それまでは幸せな家族を演じる義務感で、彼との愛が壊れているのに必死で一緒に暮らしてた。そのせいなのか、離婚する2年前くらいの方が今より全然疲れて老けた顔をしているんです」
ちなみに今回香代さんが実名で登場してくださったのには理由があります。
それはずばり、「養育費をきちんともらえず泣き寝入りするシングルマザーが多いので、そういう女性たちを代表して戦いたい」との意思表明。
元夫は、若い彼女が養育費を払っていることにいい顔をせず、年収1,500万円以上あっても養育費が滞りがちなのだとか。「養育費を払わない場合、お給料を差し押さえすることもできるのですが、法的な合意が成立しない以上、このあとは裁判になります。それでも子供にとって養育費は当然の権利なので、これから必要な手続きを取って、彼が支払うべき義務がある養育費を請求したいと思ってます」
さ「『ルールズ』通りに条件だけみて結婚してみて、どうでしたか?」
か「婚活してたときは、失恋したあとでもう傷つきたくないから恋なんて一生したくないって気持ちで。だからこそ愛がない結婚で良かった。自分に自信がないから、世間がいう『普通の幸せ』イコール結婚だとも思ってた。だけど本当の幸せは、親のためとか他人のためじゃなくて、自分でそう感じるかどうか。自分が本当に欲しいと思う生き方は、マニュアルじゃなくて自分でみつけるしかない。そのことにこの年齢になって初めて気づきました。そしてやっぱり結婚に愛は、必要です(苦笑)!!」
インタビュー
千田香代さん
1973年生まれ。恵比寿の脱毛サロン「REINE」オーナー。子供のための渋谷区体操サークル「なないろ」を運営するほか、30代女性のためのパーソナル・ブランディング・プロデューサーとしても活躍している。スタジオジブリ・プロデューサー鈴木敏夫さんのラジオ番組にも出演し、バツイチであることを番組内で初めて公表した。心身ともに「すっぴんの本音人生」がモットー。REINE(美肌&顔脱毛サロン) DUCE(パーソナルブランディング)
インタビュー・文
さかいもゆる
出版社勤務を経て、フリーランスライターに転身。——と思ったらアラフォーでバツイチになり、意図せず、ある意味全方位フリーダムなステイタスになる。女性誌を中心に、海外セレブ情報からファッションまで幅広いジャンルを手掛ける。著書に「やせたければお尻を鍛えなさい」(講談社刊)。講談社mi-mollet「セレブ胸キュン通信」で連載中。withオンラインの恋愛コラム「教えて!バツイチ先生」ではアラサーの婚活女子たちからの共感を得ている。