バリ島でのインターンシップを機に、「人の役に立ちたい」
●PROFILE
マリさん・37歳・バリ島在住
リゾートホテルのセールスマネージャー
娘(6歳)の母
●キャリア遍歴
・22歳/兵庫県庁に就職。
・24歳/大阪のホテルに転職。営業担当となる。
・27歳/勤務するホテルの海外派遣制度を利用し、インドネシア・バリ島へ
1年間インターン。日本人コンシェルジェとして勤務。
・28歳/帰国。
・30歳/結婚。夫の転勤にともなってホテルを辞める。専業主婦に。
・31歳/娘を出産。
・32歳/離婚、父の経営する会社で社長秘書、広報、営業を手伝う。
・34歳/娘とバリ旅行に行った際、バリの勤務先ホテルで現職募集を知り、応募。
・35歳/バリ島のホテルで採用が決まり、3歳の娘と移住。
・37歳/バリに住むインドネシア人男性と再婚予定。
私がひとりめの海外インターンになります!
行かせてください!
私がひとりめになります!
ホテルに転職して3年目、できたばかりの海外インターン制度を知った私は、すかさず立候補しました。応募の条件は、「勤務5年以上」だったけれど、どうしても行きたいと主張して。
念願かなって決まった場所が、世界でも有数のリゾート地・バリ島でした。初めてのバリ、憧れていた長期留学、勤務するホテルに住み込んで、バリの生活をたっぷり味わって、1年間と限られた勤務期間は、かつて味わったことのない充実感でした。日本から出れば「日本の常識が当たり前ではない」世界。初めての習慣にあたふたすることも多くありましたが、とにかく全てが新鮮で。日本からホテルにいらしたお客様をサポートするのに、英語だけでなく現地のインドネシア語を学んだり、環境保護のボランティアを始めたりもしました。
お客さまにホテルでの滞在中に喜んでもらえて、それぞれにバリを楽しんでいい笑顔で日本に帰るお手伝いをするのが、コンシェルジュの仕事。まさに天職に巡りあえた! と思いました。
ずっとここに住みたい、働いていたい、もっと深くインドネシアを知りたいという思いは、どんどん強くなっていきました。
望んだ専業主婦だけど…
1年のインターンが終了したあとは、元の職場に戻ったものの、バリへの思いを引きずったまま。外務省の公館派遣員の制度でバリに行く道があるとわかり、応募してみましたが、結果は不採用。これを最後にバリ行きはあきらめて、そのときプロポーズを受けていた彼のもとにすぐ向かい、私は伝えました。
バリ行きはあきらめました。プロポーズ、お受けします。
結婚相手は、転勤が多いことはわかっていたので、私は希望して専業主婦になりました。そのころは、バリに行けないんだったら、そのほうが幸せだと思い込んでいたのです。それが自分に合っているのかも、わからなかったけれど。バリのことは過去の思い出として自分の心の中にしまうよう努めていました。独身時代は仕事や趣味を全うして、家庭に入ったらしっかりと主婦業をこなす。それも女性の幸せなのだと。
幸いにもすぐに娘を授かりましたが、いろんな不調が積み重なり主人と別居。このままじゃ壊れてしまうかも。そんな思いが飽和状態になったとき、離婚を決意。娘を産んで7か月たったときでした。
娘との海外ふたり旅が再就職のきっかけに
離婚したばかりのころは、仕事もどう探したらいいかわからず、ただ悲しくて自分に失望する日々。休日スーパーに行って家族連れを見るたびに、父親と過ごせなかった娘に申し訳なくて涙したり。とにかく何か仕事をして自分で生活を立て直さなければいけない。両親からの助言もあり、父が経営する会社で秘書や広報、営業活動をやることになりました。始めてみれば、やっぱり仕事は楽しいしやりがいがあることも実感していました。ホテルとはまったく違う業種でしたが、自分の些細な力でも、また誰かのお役に立つことがうれしかったのです。そのころから、こつこつお金を貯めて、娘を連れて海外旅行に行くようになりました。最初はハワイ、次に台湾、そしてバリ…。ベビーカーとスーツケースを引きずっての母娘ふたり旅は、むちゃくちゃ大変ですが、娘が予想以上に楽しそう。小さなチャレンジも、積み重ねてみればその都度なんとかなる。自分自身の達成感にもつながりました。
ふたりでの海外旅行は、いつも大荷物。娘の定位置はスーツケースの上!
ふたりでバリを訪れたのは、娘の3歳の誕生日でした。「ママはね、このホテルで働いていたんだよ」と話したけれど、どれくらいわかっていたのかな。現地のスタッフとも久しぶりに再会できて、楽しい時間を過ごしました。チェックアウトするとき、たまたま通りがかった総支配人に、「私、6年前にここで働いていたんです。今でもバリが大好きで、いつか住みたくて、夢みたいなお話なんですけどね」と、何気なく話したら…。
「日本人マネージャーを探しているんだけど、興味ある?」と、思いもよらない提案が。でもまだ子どもが3歳だし、シングルマザーだし。実家の仕事から抜けるなんて。そんな私に彼は「気軽に来ればいいよ。子どもは連れてきてもいいし」と言ってくれたのです。
バリから帰国した日、ホテルに提出する経歴書を書いてる自分がいました。すぐに採用の返事をもらいましたが、手続きがなかなか進まず、10か月待ったところで、いてもたってもいられなくなり、バリに向かいました。すると、「じゃあ来月から来てください」。後から聞いた話では、ホテルのマネジメントチームもまさかシングルマザーで本当に来るとは思っていなかったようです。
一度日本に戻って、慌てて日本のアパートを引き払い、家電・ベビーグッズ・バギーなどを売って娘の航空券代にしました。そして翌月に、スーツケース2つとダンボール3つで娘とバリへ出発。両親は、私が半年前に「母子でバリに行きたい」と言い出したときから大反対でした。気持ちよく送り出してもらうことは叶わなかったけれど、悲しむ余裕なんてありません。娘のために前を向いて進まなくては。この気持ちだけを強くもって、自分を奮い立たせていました。(後半に続く)
南 ゆかり
フリーエディター・ライター。半年にわたって取材・執筆した書籍『真夏も雪の日もかき氷おかわり!』発売中! ほかに書籍『今の私は』(後藤真希・著)、Oggi誌面インタビュー連載「この人に今、これが聞きたい!」「お金に困らない女になる!」などなど。