今回カバーした曲は、私が歩いてきた東京の空気そのものも表現している
――収録曲を見ると『あなた』(作詞:小坂明子 作曲:小坂明子)、『異邦人』(作詞:久保田 早紀 作曲:久保田 早紀)、『恋人がサンタクロース』(作詞:松任谷由実 作曲:松任谷由実)など、30〜40代の女性にもなじみがある名曲ばかりです。〝男の歌〟を歌ってきた宮本さんが、女性シンガーの曲を選んだのはなぜでしょうか。
宮本浩次さん(以下敬称略):緊急事態宣言で、全てのツアーが中止になり、自分が親しんでいた音楽を、1日1曲ずつ録音していたんです。このデモ音源を持って、プロデューサーの小林武史さんのところに行ってから、制作が本格的に始まりました。それ以前からカバーアルバムの制作準備を進めており、150曲くらいをリストアップしていたんですよ。当初は男性の曲も歌っていたんですが、女性の歌の力……そこにあふれる、ピュアさやダンディズムとでもいうのでしょうか……その圧倒的な力に感動したのです。
▲宮本さんといえば、白シャツのイメージを持つ人も多い。
――男のダンディズムを追求した宮本さんが感じる、女性のダンディズム……気になります。
宮本:30年以上、男の歌を歌ってきましたからね。ずっと〝男らしさ〟とか〝男のカッコよさ〟ばかり見てきたと思います。好きな作家も、男の生きざまを体現しているような森 鷗外や永井荷風だし、映画も『ゴッドファザー』とかね。俳優も『カッコーの巣の上で』のジャック・ニコルソンや『燃えよドラゴン』のブルース・リーなど男らしさの象徴である大スターが、ずっと大好きですしね。
女性のダンディズムを感じたのは、今回のアルバムにも収録されている、『ジョニィへの伝言』という曲。これは、恋人をバス停で2時間待っても来ず、バスで次の町に行く女性の歌です。舞台もアメリカなのか、日本なのかよくわからないけれど、トランク持っていて、砂ぼこりが立っていて……恋人に2時間待ちぼうけされた挙句、町から出ていく。最後のほうで、彼女は踊り子だとわかる。この踊り子が、女性のダンディズムを表現しているんですよ。
彼女は町から出るときに、「割と元気よく出て行ったよと伝えて」と、強がって言う。それなのに「気がつけば、さびしげな町ね」と重ねる……これはホントにすごいセリフです。女性のダンディズムと、阿久悠さん(作詞家)のダンディズムの両方が貫かれており、人生そのものが浄化されるフレーズだと思ったんです。それでいて、かわいらしさもある。孤独も、人生もすべて肯定しています。そう思う理由はわからないのですが、圧倒的な力がある。私が女性だったら、このセリフを言いたいと思いました。
――その一方で、〝愛する人と家を建てて、坊やと幸せに暮らす〟という夢を描いたロマンティックな名曲『あなた』も歌っています。これは、2019年のNHK BSプレミアム『The Covers’ Fes 2019』で宮本さんが歌いました。これを、作詞・作曲の小坂明子さんが「史上最高の『あなた』」と絶賛しています。
宮本:少女時代の乙女な気持ちを持つ女の子が、将来の自分について、夢に描いています。暖炉があり、あなたと坊やと子犬がいて、青いじゅうたんがあって……ロマンの極地です。でもそれは、はかないものであると女の子はわかっている。本当にはかないのです。『あなた』には、女性のロマンティシズムとダンディズムが共存しています。決して乙女の憧れだけを描いた歌ではありません。
私は女性ではなく男ですから……男である私が歌うことで、そのことを表現できたのかもしれません。女性はあの曲を聞いて、何を思うのかな……よくわからないですけれど、優しさや夢やロマンを感じるのかもしれません。もちろんその要素も含むのですが、それとはまた異なる。ほかにも、収録曲を聞くと、曲の新しい表情が見えるかもしれません。
▲緊急事態宣言の渦中に、仕事場でひとり、歌を歌い続けていたという。
――自分が知っている曲が、宮本さんの歌や表現の力で、違う曲に感じ、新鮮でした。
宮本:エレファントカシマシは中学校・高校の仲間で作っているバンドで、詰襟の制服を着て登校し、カッコよく、男らしくありたいという「大人の第一歩」をともに過ごしているんです。
けれど、それまでの、0歳から少年時代の私というのは、母親、父親、兄の影響を受けて育ってきています。特に、少年時代に母から受けた影響というのは、生まれたときから……記憶もなく言葉も覚えていないところから一緒にいるのですから、生き様から何から何まで影響を受けます。
私は、小学校2年生の時にNHK東京児童合唱団に入ったのですが、これをすすめたのも母でした。私の母親も歌が好きで、小柳ルミ子さんの『私の城下町』や梓みちよさんの『こんにちは赤ちゃん』などいろんな歌謡曲を常に歌っていました。少年時代の私は、それらから強い影響を受けました。だから、自分の歌としてスッと歌えたのかもしれません。
――昭和、平成、令和と宮本さんは3つの時代を駆け抜けてきました。カバーアルバムには昭和や平成の時代を代表する曲が多く、新しさを感じるとともに、当時の時代の〝匂い〟のようなものまで、表現されているような気がするのですが。
宮本:私の好きな〝昭和の匂い〟というのがありまして、私は東京の北区赤羽というところで育ったんですけれど、当時(1960年代後半~80年代)の赤羽の町は、朝起きると黄色い霧が立っていて。これは自然の霧ではなく、光化学スモッグという公害なんです。あたりには工場の機械の臭いがして、どこからかカーンカーンという重機で作業する音が聞こえていました。
NHK東京児童合唱団には、国鉄赤羽線(現・JR埼京線)と山手線を乗り継いで、渋谷まで通っていました。渋谷も今のようにおしゃれではなく、商店やパチンコ屋さんがあってね。そういう風景は、今ではもうなくなりました。
今回カバーした曲は、私が歩いてきた東京の空気そのものも表現しています。すでに歴史の1ページになってしまっている、時代の匂い、郷愁……全てを含む、私が愛している曲を選んでいます。
後編では、宮本さんが考えるレディ像について、そして個人的に〝付き合いたい〟と思う曲の主人公についてお話を伺います。
エレファントカシマシ
宮本浩次
ロックバンド・エレファントカシマシのボーカル&ギター。1966年生まれ、1986年エレファントカシマシ結成。1988年『THE ELEPHANT KASHIMASHI』でデビュー。以降、22枚のアルバム、1枚のミニアルバム、50枚のシングルをリリース。2017年紅白出場。2018年ソロシンガーとして椎名林檎、東京スカパラダイスオーケストラの作品に参加。2019年ソロ活動開始。2020年ファーストソロ・アルバム 『宮本、独歩。』発売。
宮本浩次が30年超のキャリアの中で初めてリリースするカバーアルバム。プロデューサーには、小林武史氏を迎えている。カバーアルバムに収録される楽曲は、全12曲。
初回限定盤(CD+CD):UMCK-7089/90 3,500円 +税
通常盤(CD): UMCK-1676 3,000円+税
【収録楽曲】
あなた (作詞:小坂明子 作曲:小坂明子)
異邦人 (作詞:久保田 早紀 作曲:久保田 早紀)
二人でお酒を (作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃)
化粧 (作詞:中島 みゆき 作曲:中島 みゆき)
ロマンス (作詞:阿久悠・作曲:筒美京平)
赤いスイートピー (作詞:松本隆 作曲:呉田軽穂)
木綿のハンカチーフ-ROMANCE mix- (作詞: 松本隆 作曲: 筒美京平)
喝采 (作詞:吉田 旺 作曲:中村泰士)
ジョニィへの伝言 (作詞:阿久 悠 作曲:都倉俊一)
白いパラソル (作詞:松本隆 作曲:財津和夫)
恋人がサンタクロース (作詞:松任谷由実 作曲:松任谷由実)
First Love (作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル)
【初回限定盤ボーナスCD】「宮本浩次弾き語りデモ at 作業場」
September (作詞:松本隆 作曲:林哲司)
思秋期(作詞: 阿久悠 作曲: 三木たかし)
私は泣いています(作詞:りりィ 作曲:りりィ)
あばよ(作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき)
二人でお酒を(作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃)
翼をください(作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦)
撮影/黒石あみ(小学館) 構成/前川亜紀