父が遺した言葉の意味が、ドラマを通してやっとわかりました
仕事と実家と行き来しやすい京都に住まいを移しました
投稿プラットフォーム「note(ノート)」を中心に活動する作家・岸田奈美さん。そこに登場するのは、車いすユーザーの母、ダウン症で知的障害のある弟、急逝したベンチャー起業家の父… など。家族とのエピソードはどこまでも明るく、読む人の心を軽くしてくれます。こんな不思議な力をもつエッセイ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が発売されたのは、2020年のこと。
【人気作家・岸田奈美さん】家族の一大事も10年後には笑い話。「今」を乗り切る思考法
そしてこの度、文庫化されて発売。さらに5月14日からはドラマとして放送開始! 放送を目前にして、自身の仕事と家族を振り返っていただきました。
「エッセイを書き始めてからの3年で、家族の形は完全に変わりました。神戸に住む母は病気で再び入院、祖母は認知症が始まって介護施設へ。それにともなって、ダウン症をもつ弟はグループホームへ入居。私はといえば、東京と大阪で仕事があるので、仕事と実家と行き来しやすい京都に住まいを移しました。ふだんはばらばらに暮らしていても、週末は神戸の実家に集まって食事をするのが我が家の習慣です。母や祖母の病気がわかったときは、もちろん大変だったけれど、家族が生き延びるために、この先も安全に過ごすために、私自身はこの方法を悩まず決断しました。そして始まってみれば、これがとっても心地いいんです」
写真をすべて見る(ドラマ写真含む)計画しても、その通りにならないのが岸田家です
京都に住む岸田さんには、将来結婚を考えるパートナーもいて、もうひとつの家族が始まりつつあります。となると、その先の家族像はどのように思い描いているのでしょうか。
「どんなに考えて計画したとしても、その通りにならないのが、これまでの岸田家です。祖母の介護施設入りも弟のグループホーム入りも、“いつか”くらいに考えていたけれど、母の入院で急に決めることになりました。私自身も、将来子どもをもつのか、仕事がどうなるのか、考えてみても、どうせなるようにしかなりません。この3年でやってきたように、何か決断を迫られたときに、悩まずパッと動ければ、それがいい。完全に“窮鼠猫を噛む”タイプです(笑)。
ある先輩作家さんに言われたんです。『いざというときにパッと動けるのは、大事なものが見えているということ』だと。これからの仕事や収入などを考えれば、もちろん不安はあります。けれど、私の大事なものはそこじゃない。大事なのは、家族と、サポートしてくれる読者のみなさん。文章を書き始めてからの3年間、ずっと家族と向き合って、考えて、書き続けてきて見えた、自分の“重心”みたいなもの。それがある限り迷わないし、どんな決断でも自信が持てる気がしています」
いろんな才能が集まったほうが、家族はうまくいく
岸田さんにとって「激変だった3年間」の締めくくりであり、「まったく計画になかった」トドメは、初エッセイのドラマ化です。
「ドラマの中の私(主人公・岸本七実)は、かつて私がやり残したこと、言えなかったことを、見事に表現してくれました。それは、エッセイに書けなかった、書く以前に気がついてもいなかった、そして私が歩んでみたかった『もうひとつの人生』です。
ドラマの中では、何度か『大丈夫』という言葉が使われます。それは、父が亡くなる前に救急車の中で言った遺言のような言葉でもありました。遺されたほうとしては、無責任だなと思ったり、ずっとモヤモヤしたりしていた言葉だったけれど…。ドラマでは、おばあちゃんが弟に、私が母に、父が弟に、『大丈夫』って声をかけます。自分の道を信じて進めという、強い肯定の言葉として。ああ、父が言いたかったのは、そういうことだったんだ。ドラマを通して、大事なことに気づくことができました」
写真をすべて見る(ドラマ写真含む)祖母、母、弟、友人…、さまざまな登場人物が、それぞれの立場でトラブルを乗り越えるこのドラマ。見る側も、どの立場に立って見るかで、感じ方も発見も少しずつ異なります。では、それらを俯瞰したとき、岸田さんなりの発見はどんなものだったのでしょう。
「父を亡くした当時の母の年齢に近づいて、ようやくわかることがあります。母は弱いところを見せなかったけれど、決して完璧な存在じゃない。本当は、弱いところもある。その代わりに、私にはない周りの人を惹きつける力がある。宅配便の人やコンビニのおじちゃんとか、めっちゃ好かれるんです。一方私は、人見知りだし日常生活ではダメなところが多いけれど、離れたところにいる人たちに文章で何かを届けることはできる。弟はというと、人から助けてもらうのが上手だし、私のことも助けてくれる。母の弱さも、私の不器用なところも、みんな才能。そう思うと、家族にはいろんな才能が集まったほうが、うまくいくんだとわかりました。そして、そのほうが長く持続できるような気がしています」
*Oggi.jpでは、岸田さんがドラマ制作のプロセスなども語っています。そちらもご覧ください。
小学館文庫
岸田奈美さん初のエッセイが2年半ぶりに文庫化! その間の岸田家の変化やドラマへの思いは「文庫あとがき(おかわり)」でたっぷり語られています。また、かきたし原稿「表紙の絵の味」では、岸田さんが手がけた表紙のイラストについて、装丁家・祖父江慎さんとのやりとりの裏話が。作家・一穂ミチさんの温かみある「解説」も必読です。
プレミアムドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』
同名エッセイをもとにしたドラマ。高校生の岸本七実(河合優実)は、きらきらした一軍女子たちの輪に入れず、今日も同じ三軍同士、天ヶ瀬環(福地桃子)と授業でペアを組まされていた。いささか自意識をこじらせながら暮らしていたある日、母のひとみ(坂井真紀)から連絡が入る。ダウン症の弟・草太(吉田葵)が万引きをしたかもしれないというのだ。七実の、ありえないことが次々と起こるてんやわんやな日々が続いていく…。大好きだった父・耕助(錦戸亮)の死、あまりにマイペースな祖母・芳子(美保純)との生活など、さまざまな出来事と向き合い、必死で笑い飛ばし、時々涙しながら、七実は「作家」としてブレイクする…のか?
プレミアムドラマ 『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』
5 月 14 日(日)スタート〈全10話〉
毎週日曜 夜10:00~10:50(BS プレミアム・BS4K)
原 作:岸田奈美
脚本・演出:大九明子 脚本:市之瀬浩子、鈴木史子
出演:河合優実、坂井真紀、吉田 葵、福地桃子、奥野瑛太/林 遣都、古舘寛治、山田真歩/錦戸 亮、美保 純ほか
撮影/五十嵐美弥 取材・文/南 ゆかり
作家
岸田奈美
きしだ・なみ/1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年にわたり広報部長を務めたのち、作家として独立。Forbes「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。著書に『傘のさし方がわからない』(小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)、『飽きっぽいから、愛っぽい』(講談社)など。
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