春、シャンパーニュの中心地は多くのサロンで華やぐ
例年なら、春を迎えた4月下旬のフランス・シャンパーニュ地方には世界各国からソムリエやワインジャーナリスト、バイヤーたちが集います。
中心都市ランスにあるノートルダム大聖堂は、歴代フランス国王の戴冠式が行われてきた歴史的建造物であり、世界遺産。その大聖堂の周囲ではこの時期、10以上もの試飲会が開催されて、いっそう華やぎを増すのです。
そんな多くのサロンのなかでも、ひときわ注目を浴びている若手グループがあります。それが、「デ・ピエ・エ・デ・ヴァン」。なぜなら、ここにはいま日本でも注目を浴びつつあるノヴァック、オーレリアン・ルルカン、ド・ビシュリー、アドレアン・ルノワールといった新進気鋭の若手生産者たちがひしめいているから。このサロンへ行けば、シャンパーニュの「最旬」がわかると、そういっても過言ではありません。
▲ ランスにあるゴシック様式の大聖堂。外観のいたるところに彫刻が施されている
注目の若手生産者たちがひしめく試飲会の主催者
数年前に、その「デ・ピエ・エ・デ・ヴァン」を立ち上げた主催者こそが、エティエンヌ・カルサック。まさにシャンパーニュの若手生産者を牽引する存在といえるでしょう。
その証拠に、彼のドメーヌ (ワイナリー) は、フランスの権威あるワイン誌『メイユール・ヴァン・ド・フランス』2021年版にも掲載されました。エティエンヌは、パリ育ち。高校生のときに親元を離れて、祖父母のいるシャンパーニュ地方に引っ越してきました。そして2010年、26歳になった彼は、栽培農家として祖父母が大手メゾンに売却していたぶどうを、自ら管理しはじめます。やがて、自分のドメーヌ (ワイナリー) をつくりたいとの夢や希望を心に抱いて。
▲ 新設したカーヴで醸造したりと、シャンパーニュの質も年々上がり続けている
若手生産者たちの共通項は、「なにより大事なのは土壌の個性を映した、良質のぶどうを育てること。それがシャンパーニュづくりの基礎には欠かせない」という考え方です。
かつてはぶどう栽培の北限といわれた冷涼な地
シャンパーニュ地方はぶどう品種に限らず、さまざまな年、さまざまな畑のワインを混ぜてもいいと、そうワイン法で定められているフランス唯一の地。それは地球温暖化以前は、ここがぶどう栽培の北限の地といわれるほど寒冷で、ぶどう栽培が難しかったからです。
▲ プルミエ・クリュ(1級)のグローヴ村にあるエティエンヌ・カルサックの畑
たとえば、ある大手メゾンなどは、約270種類 (!) もの膨大なベースワインを持ち、それらを巧みにブレンドすることで、そのメゾンならではの魅力的な味わいを提供しています。
それに対して小さな生産者たちは、その土地や畑ならではの個性、あるいはその年ならではの個性を表現したシャンパーニュをつくろうと、日々研鑽を重ねているのです。
泡を飲んで、あわただしい日常からエスケイプ
とはいえ、自分のドメーヌをいちから立ち上げることは決して簡単ではなく、エティエンヌのぶどう栽培やシャンパーニュづくりも少しずつ、この10年間進化し続けてきました。現在は馬を使って畑を耕作したりと、ヨーロッパの有機栽培ビオディナミにも取り組みはじめています。現在はまさに、彼の仕事の結実期。シャンパーニュの味わいも、ひとつの高みへと到達しつつあります。
▲ 馬での耕作は、さまざまな生物や植物、微生物が共生する畑には最適
そんなエティエンヌが生み出す銘柄「ブラン・ド・ブラン レシャペ・ベル」は、シャンパーニュの ”今” の息吹を存分に感じられる1本。「レシャペ・ベル」とは、直訳すれば「美しいエスケープ」。いやおうなく訪れる日常のさまざまな義務やあわただしさから脱出して、このシャンパーニュを飲んで息抜きをしたり、心地よい時間を過ごしてほしい、との彼の想いが、ここには込められています。
▲ 「ブラン・ド・ブラン レシャペ・ベル」。華やかさと軽やかさが共存
▲ フランス現地での試飲。プティ・メリエやアルバンヌといった希少品種、グラン・クリュ(特級畑)のアヴィーズなど他にもさまざまな銘柄を持つ
グラスに注ぐと、風格あるイースト香の奥から、柚子や夏みかんといった爽やかで美しい柑橘の香り、幼いころ夏に嗅いだ、乾いた石の匂いを想起させるミネラル香が顔を出します。飲めば、やはり熟した果実の味わいに加えて、柑橘の皮を思わせる苦味、美しい酸と塩味が口いっぱいに広がり、とてもバランスの取れた味わいです。
自分をそっと解放してあげたいとき、この美味なるシャンパーニュはいつでも、きっとあなたの隣にいてくれることでしょう。
Etienne Calsacエティエンヌ・カルサック
『ブラン・ド・ブラン レシャペ・ベル』¥6,600 (税込・希望小売価格)
問 アドレ 045・593・5547
輸入元系列の酒販店KISSYOにて購入可能
https://jizake-ya.com/shop/
ライター
鳥海 美奈子
共著にガン終末期の夫婦の形を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、ワイン記事を執筆。著書にフランス料理とワインのマリアージュを題材にした『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)がある。雑誌『サライ』(小学館)のWEBで「日本ワイン生産者の肖像」連載中。ワインホームパーティも大好き。