スポーツの世界には幼くして才能にあふれたアスリートたちがいる。10代前半から順調に成長してスター街道を歩むものもいれば、表舞台で脚光を浴びることなく消えていった選手も少なくない。早熟のまま終わった才能と、期待通りの結果を残した才能を隔てる要素は存在するのだろうか。
サッカー界有数の名門レアル・マドリードやアトレチコ・マドリードにパイプを持つサッカー指導者の稲若健志氏は、多数のクラブと仕事を重ね、スペインのユースチームとも関係が深い。世界中の才能の原石たちと多く接しており、稲若氏による世界の育成理論の解説は『世界を変えてやれ!』(東洋館出版社)にまとめられている。才能の原石を世界トップで活躍する「天才」へと育てるには、どうすればいいのか。稲若氏とレアル・マドリード元主将のミチェル・サルガド氏による対談をお届けする。
●ミチェル・サルガド:1975年生まれ。現役時代はレアル・マドリードで10年プレーし、キャプテンも務める。スペイン代表としても53試合に出場した名DF。引退後はFIFAの親善大使や、ドバイの国家プロジェクトアカデミーのディレクターを歴任。年間1万人以上の世界中の子どもたちを指導し、若年層の指導には定評がある。
●稲若健志:1979年生まれ。ワカタケ代表。元アルゼンチンリーグのプロ選手。ミチェル・サルガドやダビド・トレゼゲ、ロベルト・カルロスやルイス・フィーゴらと共に「レジェンドクリニック」を開催する。年間5000人以上の子どもたちを指導し、レアル・マドリードやリーガ・エスパニョーラの各クラブに深いパイプを持つ。
日本は完成していない選手を持ち上げる
稲若健志(以下、稲若):日本では現在、久保建英を含めた複数の10代のサッカー選手の動向に注目が集まっている状況です。
ミチェル・サルガド(以下、サルガド):一昔前のアジアでは考えられないくらい、若い原石の台頭が目立つようになった。それだけ優れた才能の持ち主が世界中で育ってきているということだろう。
ビジャレアルで活躍する久保にしても、スペインの地でその才能が磨かれたことは周知の事実だ。スペインの競争の中に身を置いたことで、たくましく成長していったともいえる。
彼のように「ヨーロッパで活躍したい」という目標がはっきりした選手にとって、若年層から海外の環境に慣れておくというのは有効な手段である。ただ、まだ完成していない選手を必要以上に持ち上げるメディアの姿勢はよくないね。スペインだと選手を勘違いさせて才能を潰さないためにクラブや大人が彼らを守る。
稲若:セルタやアトレチコ・マドリード(共にリーガ・エスパニョーラ)の下部組織を見ていても、才能=成功につながらないという現実はあるかと感じています。
子どもたちを指導する稲若氏(左)とサルガド氏(筆者撮影)
サルガド:前提として強豪チームのカンテラ(下部組織)で上にいける選手というのは、才能には疑いようがないということ。ただ、そんな選手でもトップチームに上がりプロまでいける選手はほんの一握り。幼少期に天才ともてはやされて、消えていった選手は星の数ほど見てきた。
その一方で、もともと評価が高くない選手がなにかのきっかけで化けて、トップチームに駆け上がっていくこともある。例えば今バルセロナで活躍している17歳のアンス・ファティなんかもそうだね。つまり、選手の将来はどんな優秀な指導者でも言い当てることはできないということだ。
ただ、ヨーロッパの強豪国では、サッカー以外の人間力や社会性を育てるためのプログラムやノウハウをクラブとして持っている。どれだけ技術的に優れた選手でも人間力がないと成長は止まる。成功に近づけるための方法論はないが、伸びる選手の傾向はあると感じている。
稲若:日本だと高校を卒業、もしくは大学を卒業後にプロになるケースが多いです。ただ、世界のサッカー界では15歳でトップデビューすることも珍しくない。ここが日本と世界の埋めがたい差になっていると思います。
サルガド:ヨーロッパではビジネスとしてサッカーが成熟しているが、日本ではそうではない。その点に尽きると思うね。クラブは才能に投資し、大金でよそのクラブに売る。だから、カンテラでも1年で多くのメンバーが入れ替わるし、そのままエスカレートで上がっていくということがない。
そのメカニズムが成立していることで国を超えた競争力も生まれるし、才能が育っていく。選手は商品である、という思考を保護者が理解しており、クラブもしっかりと説明する。プロになる年齢は早いにこしたことなく、今であれば18歳でも少し遅いくらいだね。
例えば大学を卒業してプロになったとして、22歳だともう可能性はだいぶ狭まってしまっている。ただ、これはその国の文化や保護者の考え方によるものなので、否定することはできない難しい問題でもある。
「自分で考える力」を育てよ
稲若:あなたは何度も来日して子どもたちを指導しており、指導方法も見ています。そこで感じた日本サッカーの課題があれば教えてください。
サルガド:(稲若)健志と一緒にハイスクールの試合や練習を何度か見て、選手というよりも指導者に欧州とは大きな差があると感じている。先程も述べたが、選手は指導者によって大きく化ける。そのためには指導者が「なぜ必要なのか」「どういう理屈でこうすべきなのか」という道筋をたてて説明ができないといけない。
日本人はボールをつなぐ方法や技術、止める技術はスペイン人と比べてもうまいくらい。ただ、サッカーは点を奪い合うためのスポーツだ。ボール回しやドリブルはあくまで手段でしかなく、ボールを回しても勝てない。
要するにゴールの奪い方がわからなくて、そこまで理論的に道筋を立てて説明できないことが最大の問題だと捉えている。試合中でも何度も「シュートで終われ」と言っていたけど、シュートで終わることに意味はなく、目的はゴールを奪うことのはずだ。
練習を見ていて、みんなそろってインステップで気持ち良くシュートを打っていたけれど、そんなシチュエーションは試合ではほぼない。選手が自分で考える力を育てる指導をしないと、世界との差は広がる一方だろう。
稲若:スペインの指導者からは、「日本の子どもたちは、ドリブルはすごいけどサッカーを知らない」という声を聞くことがある。技術よりも判断力の部分で劣り、結果が出ない現状に歯がゆさを感じます。
サルガド:スペインの場合は、サッカーの決まり事や本質を小さいころに年数をかけて学んだ結果、歴史として今があるんだ。子どもは吸収の速度が早く柔軟性もある。年齢を重ねて習慣が体に染み込んでしまった後だと矯正が大変だ。判断力を伸ばすことは指導で改善できる。
まさに久保のケース(10歳でバルセロナユースに在籍)がそれを証明している。技術があり、運動量もある日本人が欧州でなかなか結果を残せず苦しんでいる原因は、こういった競技のルールや本質を理解していないことにある。要は日本人のストロングポイントである技術の出しどころが間違っているともいえるね。
稲若:いわゆる「天才」と呼ばれる選手を育てるためのノウハウは、存在するのでしょうか。
サルガド:天才はレベルの高い周囲の環境により育っていくものだと思うが、才能がある選手と接する時に個人的に気をつけていることはある。それは「教えすぎない」ということだ。
詰め込み教育や指導者のエゴを出した指導は、繊細な子どもほど将来の可能性を潰してしまうリスクが伴う。少なくともサッカーではそう断言できる。余白を持ち、選手が自分で考える要素を残す。すべてを教えないことを大切にしている。
一つ選手にアドバイスがあるなら、「誰かから言われて当たり前にやってきたことに疑問を持ちなさい」ということ。頭がよい選手というのは、そういった環境を与え、考え方を導いてあげるくらいでちょうどいいんだ。
「メッシは試合中歩いている」はナンセンス
稲若:サッカー界でいう天才といえば、リオネル・メッシの名前が思い浮かびます。ただ、近年のメッシは運動量が落ち、「試合中歩いている」と批判を浴びることもあります。
サルガド:そんな批判はナンセンスだといえるね。メッシにはゴールへの地図を自分の頭の中に描く能力が備わっており、その地図が完成した瞬間にスイッチが入る。一見するとただ歩いているだけのように見えるが、彼はピッチ上を俯瞰して見ることができるんだ。ピッチ上の敵味方すべて、誰がどこにいるかを把握して、自分のパフォーマンスを最大限に引き出すための準備時間として使っている。
一度彼がボールを受ける前の動きを注目してみたらいいと思うが、普通の選手が二、三度周囲を見るところをメッシの場合9回は見ている。1つの才能を伸ばし続けた結果、誰もが認める天才となった。そういった的外れな批判は、選手の可能性を狭めるだけだ。
稲若:現在はあなたも関わるUAEやドバイ、中国などが国家プロジェクトとしてアカデミーに注力しており、近い将来アジアの勢力図が激変する可能性もあると思う。
サルガド:サッカーというスポーツはお金と比例して強化が進むし、その金額次第で一定までは強くなれる。
UAEやドバイはアカデミーでは、年間で100億円近い予算を確保し、ヨーロッパから一流の指導者たちを招聘している。その指導者たちのノウハウを間近で見て、自国の指導者のレベルも上がる。正直、強くならない理由を探すほうが難しい。近い将来、アジアのトップに中東の国が独占しても何ら不思議はないね。身体能力があり、向上心もある才能ある選手達を指導して、私自身も非常に可能性を感じている。
だが、本当の意味での天才がそこで作れるかというと断言はできない。環境で才能は大きく左右されるが、メッシやマラドーナといった誰もが魅了される特別な選手というのは、そこに運や人との巡り合わせといった要素が交わり、突発的に出てくるという考え方もできるから。
ライター
栗田 シメイ(くりた しめい)
1987年生まれ。広告代理店勤務を経てフリーランスに。スポーツや経済、事件、海外情勢などを幅広く取材する。『Number』『Sportiva』といった総合スポーツ誌、野球、サッカーなど専門誌のほか、各週刊誌、ビジネス誌を中心に寄稿。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数。南米・欧州・アジア・中東など世界30カ国以上で取材を重ねている。連絡はkurioka0829@gmail.comまで。
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