Domani

働く40代は、明日も楽しい!

 

LIFESTYLE エンタメ

2022.02.25

【小説Domani:第3話】永い片想い

 

【随時更新中!】本作でデビューする作家・松村まつが描く40代ワーキングマザーの生きる道。夫婦とは、家庭とは、仕事とは、愛とはーー。守るものと手離すものの境界線がリアルに描かれたミステリー恋愛小説、毎週2回更新中!

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【目次】

〈3〉

▶︎各話一覧

「高級マンションから転落の東通マン、借金まみれの人生」
「代理店マン金遣い荒く、借金700万」
「年収1500万でもブラックリストに載っていた!?」

父・圭一のニュースでの扱いが、短い時間で変わっている。息子の健太は、スマホの検索サイトに「佃」「マンション」「転落」と打ち込んで、なんどもリロードをした。ただの「転落した男(42)」から、「広告代理店勤務」「東通マン」「借金700万」まであっという間だな。健太はスマホから目が離せなかった。

「健太どうしてる?」
「れんらくして」
画面を見ていると、LINEの通知が次々と表示される。同級生たちからの矢のようなLINEがわずらわしくて、電源を切った。

私立北星高校。東京のど真ん中にある小学校から大学までの私立学校。校門から続く桜並木が人気で、よくドラマや映画の撮影をしている。
健太は北星小学校から入学した。小学校のお受験のことはあまりよく覚えていない。わずかに、父に殴られて泣きながら勉強をしたことを覚えている。ただ、8倍という競争率や、100万円超えという年間の学費を聞くと、自分が選ばれた人間なのかもしれないとぼんやり思った。
でも自分で行きたいと思ったわけではないから、いつも「行かされている」と思って過ごしてきた。
おれは父親のアクセサリーのひとつだ。

学校に行くと、まわりは金持ちばかりだった。
親が新宿に物件を何棟も持っている「ビル」や、祖父の代からの開業医で両親も開業医の「イシ」、親の仕事が子どものあだ名になった。政治家の息子、人気脚本家の娘、俳優の娘。テレビや新聞に見知った顔が出てきた。
親の赴任にくっついて海外に行く友達や、シンガポールやイギリスに留学するやつもいた。あまりにひんぱんに赴任や留学していくものだから、いつのまにか送別会も開かれなくなった。

それとは反対に、新年度にいなくなるやつもいた。そういう時は、なにも言わずに消えていく。学費を払うのが大変だからだろうなというのは、みんななんとなく分かっていた。そういう下世話なことを口には出さない程度には育ちの良い生徒たちだった。
健太にとってそれは当たり前のこと。選ばれた金魚たちが広い澄んだ水槽の中でゆるりと泳ぐように、ゆるい校則の中で、毎日過ごしていた。
芸能活動をしている同級生もいたし、スカウトされたという話はそこここで聞いた。
美容雑誌で編集者をする母も、よく芸能人の話をしていた。
「テレビではいい人そうに見えるけど、この人遅刻するし、お弁当に文句ばかり言う…つまり健太にそっくり!」
仕事の話をする母・かおりの顔は楽しそうだった。健太は、まるで友達のようにあけすけに話してくれる母といるのが好きだった。
家にはよくわからない化粧品が山のようにあったのに、かおりはほとんど化粧っけなく仕事をしていた。
「なんで化粧の仕事してるのに、化粧しないの」と聞いたことがある。
かおりは、ソファの下に落ちている妹・ひなこのまるまった靴下を伸ばしながら答えた。
「化粧する時間があったら、企画考えて撮影して原稿書くよ。健太のお弁当作らなきゃだし、お皿も洗わなきゃ。ひなこの保育園の準備もあるし。家が汚くてごめんね。わたし、仕事好きなの。ああ時間が足りないね。忙しい忙しい」
そういいながら、靴下を伸ばす。
「かたっぽちゃんが~、いつの間にかはなればなれ~♪」きげんよく歌いながら、洗濯かごに靴下を放りこみ、ひなこが置きっぱなしにして寝た『ねるねるねるね』の残骸を片付けた。

父の圭一はいつまでも帰ってこない。家には圭一が買った食器やタオルやマットや便利グッズがたくさんある。たいして料理はしないし、片付けをしているところはあまり見たことがない。
けれど、「買うとやる気になる」と言って次から次へと買ってくる。まるで、家にいない間も圭一に支配されているようだ。

少ない食器でやりくりする料理好きなかおりと、たくさんの食器を買うだけで料理をしない圭一と。かおりの食器は作家もの……らしい。少しゆがんで、どれも均一でない。それが味なのだそうだ。圭一の食器はiittalaやどこかのインテリアショップの汎用品だ。気持ちよく整っているし、頑丈だけど、どの皿ものっぺりと同じ顔をしている。

かおりと圭一がお互いが買ってきた食器を、かたくなに使わないことに健太は気づいている。

こんなに正反対なふたりが、よくやっていけるよな。外から見たら「健太のパパとママはおしゃれな業界人でお似合い夫婦」ということになっているけれど、中から見たらまったく違う。

なぜあんなに違う二人がいっしょにいるんだろうか。出会ったときは、よくある恋人のように仲が良かったのだろうか。
健太がどれだけ聞いても、圭一もかおりも結婚のきっかけや出会った時の話をしてくれたことはなかった。なにか話せないような秘密が隠されているのだと思う。

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作家

松村まつ

東京都内に勤務する会社員。本作がはじめての執筆。趣味は読書と旅行と料理。得意料理はキャロットラペ。感動した建物はメキシコのトゥラルパンの礼拝堂とイランのナスィーロル・モルク・モスク。好きな町はウィーン。50か国を訪問。

 

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