Domani

働く40代は、明日も楽しい!

 

LIFESTYLEエンタメ

2022.03.11

【小説Domani:第6話】永い片想い

【随時更新中!】本作でデビューする作家・松村まつが描く40代ワーキングマザーの生きる道。夫婦とは、家庭とは、仕事とは、愛とはーー。守るものと手離すものの境界線がリアルに描かれたミステリー恋愛小説。週2回更新中。

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〈6〉

▶︎第5話はこちら

【登場人物】
川口圭一 (24) 大手広告代理店・東通勤務。コピーライター。
小林かおり(24) 大手出版社・祥明社のティーンズ誌『プチファスト』編集者。
大宮ちか(24)大手出版社・祥明社の文芸誌『トロイカ』編集者。かおりの同僚。
遠藤敦士(26)橋の設計をする新進気鋭の建築家。

<これまでのあらすじ>
2022年2月14日、東京・佃。銀座にほど近い高級マンションから一人の男が転落した。男の身元は大手広告代理店勤務42才の川口圭一。転落したマンションは、川口が家族4人で住んでいた。他殺か、自殺か、事故か。話は18年前の2004年1月。圭一と妻のかおりの出会いへさかのぼる。

 

ここは東京、祐天寺。朝までやっているチャイナバル。
新年会としてマスコミの同年代たちが集まっていた。

「どうしたのかおりちゃん」
自分でも気づかないうちに、小林かおりは立ち上がっていた。店にいた30人以上の好奇の目線が自分にそそがれる。

川口圭一と目が合った。
瞳孔の茶色が少し薄くて、かおりは圭一の目に吸い込まれそうな気持ちになった。まわりの空気が変わったような不思議な感覚がした。時間にしたら0.1秒もなかったと思うが、10分も経ったような気もした。やはり死んでしまった父に似ている。優しそうな目。
呼吸をしていない自分に気づき、かおりはいそいで目を閉じて大きく息を吸った。
そして、となりの人と話しこんでいる大宮ちかの方をむいた。
「ちか、ごめん。大事な用事を忘れていた。今日は帰るね。とりあえずこれで足りなかったら後で教えて」
そう早口でまくしたてると、ちかに急いで5000円札を渡し、バックとコートを持って、席を立ち扉を開けた。呼吸をし忘れた後遺症か、胸がまだどきどきしていた。まぶたを閉じると川口圭一の切れ長の瞳が焼き付いていた。
体を滑り込ませ、扉を閉じるとき、こちらを見る圭一とまた目が合ったような気がした。と、強い力で扉に手が差し込まれた。だれかが隙間から出てきた。

「小林さん、さっき名刺を渡しそびれたから」
建築家の遠藤がそういって、後ろ手に扉を閉めた。
思ったよりも背が高い。座っていたときは気づかなかった。遠藤は暖かそうなカーキ色のセーターを着ていた。その背中をまるめ、かおりの顔をのぞきこんだ。すると、遠藤は偶然ひみつの日記でも読んでしまったような困ったような顔をした。かおりから目をそらし、空を見た。
「あれ……今日は満月かな」
つられてかおりも空を見ると、涙がぽろりとこぼれた。なぜだか、いつの間にか、涙ぐんでいたようだ。お酒を飲みすぎたからだろうか。それとも、小さいころに死んでしまった父親を思い出したからだろうか。今夜は感傷的になりすぎている。遠藤はかおりの目に涙を認め、戸惑ったのだろう。
それに気づくと、かおりは遠藤から顔をそむけて、感情がこぼれ出ないよういかめしい表情をした。
「うん。満月みたいですね」
恥ずかしい。一刻も早くここを離れたい。けれども、かおりはまた涙がこぼれたらと思い、安易に動くことができなかった。
ふたりは何も話さず夜空を見上げていた。白い息が漆黒の闇の中を昇っていく。しんとして、静かな夜だった。
ときどき、タクシーが通るザーッという音が行き交った。東京には珍しく、空にはたくさんの星がまたたいていた。
ひときわ大きな金星が光ったとき、遠藤が緊張したようなかすれた声でささやいた。
「月が……きれいですね」

そして、遠藤は優しくかおりの腕からカシミヤコートを取ると、ふわりとかおりの両肩にコートをかけた。

「寒いから、風邪をひかないように」

そういいながらかおりの手を取って、名刺を乗せた。風合いがある厚紙。活版印刷で刷られているのだろうか、名前の文字に立体的な影が出ていた。
「遠藤敦士です。必ず連絡をください。待っています」
遠藤の手は大きくて、冷え切ったかおりの手を温かく包み込んだ。

そのとき、大きな音がした。

後ろのチャイナバルの扉が開き、川口圭一が顔をのぞかせた。

▶︎次回【第7話】

作家 松村まつ

東京都内に勤務する会社員。本作がはじめての執筆。趣味は読書と旅行と料理。得意料理はキャロットラペ。感動した建物はメキシコのトゥラルパンの礼拝堂とイランのナスィーロル・モルク・モスク。好きな町はウィーン。50か国を訪問。

 

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