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2022.03.18

【小説Domani:第8話】永い片想い

 

【随時更新中!】本作でデビューする作家・松村まつが描く40代ワーキングマザーの生きる道。夫婦とは、家庭とは、仕事とは、愛とはーー。守るものと手離すものの境界線がリアルに描かれたミステリー恋愛小説。週2回更新中。

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【目次】

〈8〉

▶︎各話一覧

【登場人物】
川口圭一 (24) 大手広告代理店・東通勤務。コピーライター。
小林かおり(24) 大手出版社・祥明社のティーンズ誌『プチファスト』編集者。

<これまでのあらすじ>
2022年2月14日、東京・佃。銀座にほど近い高級マンションから一人の男が転落した。男の身元は大手広告代理店勤務42才の川口圭一。転落したマンションは、川口が家族4人で住んでいた。他殺か、自殺か、事故か。話は18年前の2004年1月。圭一と妻のかおりの出会いへさかのぼる。

 

深夜3時の恵比寿は夜明け直前で、人通りがほとんどない。小林かおりが勇気を出して買ったカシミヤコートでも、0度近い深夜の寒さは防げなかった。
しかし川口圭一の手は大きくて、かおりの手をすっぽりと包み込み冷気から守っている。

圭一の涼しげな目がかおりをまっすぐ見ている。
かおりは恥ずかしくなって目を伏せると、自分のバックの中で携帯が光っているのが見えた。
「あの…携帯が」
かおりは言いながら、圭一が持ってくれている自分のバックを指さした。圭一も光っている携帯に気づいたようだった。かおりが携帯を取ろうとすると、かおりのバックを背中に隠した。

「だめだよ。見たら帰っちゃうかもしれない」
「帰らないです」
「でもだめ。今日は他の人を見たらだめ」

圭一がすがるような表情をした。ついさっきまで、みんなに囲まれていたときとは別人のように弱った圭一。かおりは圭一を強く振り払うことができなかった。

ところが、再度、かおりの携帯が光った。圭一もその光に気づき、観念したようにかおりにバックを差し出した。

かおりはバックを受け取ると、携帯を取り出し開いた。みるみる表情がくもる。
「ごめんなさい」
かおりは圭一の手を振り払うと、逃げるようにタクシーを止めて乗った。圭一の方は見られなかった。
車は熟練のスケート選手のように音もなく、神楽坂へすべり出した。

「小林きみ子03:23」「小林きみ子03:23」「小林きみ子03:22」「小林きみ子03:22」「小林きみ子03:21」「小林きみ子03:20」「小林きみ子03:20」「小林きみ子03:20……」
かおりはタクシーの車内で携帯を開き、狂ったように並ぶ同じ名前をスクロールしながら確認する。また着信している。

携帯の画面には「小林きみ子」。

かおりは携帯を閉じて、目も閉じた。何も考えたくなかった。気づかなかったことにして、明日の朝、連絡をしよう。タクシーにゆられているうちに、眠ってしまっていた。自宅に着いた。

タクシーを降りて、マンションを眺めた。かおりは、こじんまりとした自分のマンションを気に入っていた。入口は狭いが、白いアーチ状の門がしゃれていて、くぐるたびに胸が躍る。古い建物だからエレベーターがない。5階の部屋まで登るのは大変だ。その代わり、まわりと比べて、格段に家賃が安かった。

階段を一段一段ふみしめる。いろいろな気持ちが整理されていく。2階、3階、4階、5階。階段を登り、廊下を歩き始めた時、自分の部屋あたりの窓に明かりがついているのが見えた。いやな予感がする。バックから鍵を取り出し、扉を開ける。

玄関に自分のものではない靴があった。

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作家 松村まつ

東京都内に勤務する会社員。本作がはじめての執筆。趣味は読書と旅行と料理。得意料理はキャロットラペ。感動した建物はメキシコのトゥラルパンの礼拝堂とイランのナスィーロル・モルク・モスク。好きな町はウィーン。50か国を訪問。

 

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