私自身の現実を目の前に突きつけられたよう
鑑賞後、何かを“えぐられた”感覚に
――映画『明日の食卓』は、どこにでもいる母と子どもたちの、リアルで壮絶な物語。社会派エンタテイメントやサスペンス作品として、公開前から高い評価を得る一方で、誰にとっても共感ポイントが「ありすぎる」のがこの映画。その感想は、実は菅野さんも同じだったようです。
「映画を観終わったときは、自分の中にある“何か”を“えぐられた”ような感覚がありました。私が演じた石橋留美子は、仕事を再開しながら子育てと格闘している、どこにでもいる母親。理想の母親というわけでもありません。私自身の日常の延長だと感じるところも、似ているなと思うところもたくさんあります。現実を目の前に突きつけられたようで、ちょっとイヤだな、と思ったのも正直なところです。
そして、(役と同じ)10歳の子どもをもったとき、自分がどうなっているのか、思春期にさしかかった子どもは、いったいどうなっているのか。想像するのが少し怖い気もしています。
命のあるものを育むということは、大きなエネルギーがないとできないこと。怒りもそのひとつです。怒らず、穏やかで、いつも優しく…なんて、理想を追い求めながら育児をするのは、幻想ではないかとさえ思ってしまいます」
(C)2021「明日の食卓」製作委員会
怒ってもうまくいかなくても、そんな日常こそが愛おしい
――菅野さんが演じる石橋留美子(いしばしるみこ)は、育児後に仕事を再開したフリーライター。カメラマンの夫の仕事が下り坂になるのと時を同じくして、復帰した仕事が波に乗り始める。
が、夫は家事にも育児にも非協力だし小学生の息子ふたりはケンカが絶えない。息子から「いつも怒ってばかり」「怒った顔が鬼」とまで言われる留美子。大事な仕事部屋まで子どもたちに荒らされて、とうとう怒りが沸点に達してしまう。
「育児を経て仕事を再スタートさせようというとき、外に出ていく自分への期待は誰でもあるものです。ところがいざ始まっていれば、想像していたものと違ったり、覚悟はしていてもそれ以上に大変だったり。
他人から見たら幸せそうに見えても、小さく見える悩みでも、本人にとってみれば切実だということもある。こんなふうに、育児と仕事でもがき悩む様子は、映画でリアルに描かれ、私も大きく共感するところです」
(C)2021「明日の食卓」製作委員会
「私が留美子の立場だったら…。台風はいつか過ぎ去ると思って、静かにしのぎます。仕事で疲れて、家では子どもの機嫌が悪くて、と重なれば、世界中が自分を責めてきているとさえ思ってしまいます。
でも、そこから逃げられないのだから、腹をくくって、そしてときには無の境地になって、ゆき過ぎるのを待つしかありません。能動的に何かやろうとすると、それが引き金になってかえって悪化することがあるのも、育児の真実ですからね。
どんなに息子たちを怒鳴っても、留美子は彼らに「自分にとっての頑張る力」であり、「守らせてほしい」と話します。争いの絶えない食卓でも、それでも子どもは育っていく。だからこそ、ほんのひとときでも平和で楽しい会話があって、時間が穏やかに過ぎるだけでも、幸せを感じることができるのではないでしょうか。
それに、なんでもない日常こそ、あとから大切さに気づくもの。私自身でいうなら、ものすごく大変だと思っていた赤ちゃんの時期も、離乳食が終わるころには少しさびしく感じたものです。大変なことは多いけれど、大変なことが幸せの数。あとで振り返ってみれば、怒っていた日々もまぶしく見えるのかもしれません」
――育児の大変さだけでなく、「なんでもない日常」の幸せも考えさせてくれる映画『明日の食卓』。菅野さんが「熱量のある映画」と表現するように、役者が発するエネルギーはもちろん、観た後も私たちの心に熱いまま残り、考え続けさせる映画といえそうです。
次回公開の<後編>では、菅野さん自身の「仕事と育児の両立」についてお聞きします。
(C)2021「明日の食卓」製作委員会
わずか10歳でこの世を去った「石橋ユウ」。同じ名前の息子をもつ3人の母親たちは、それぞれの事情を抱えながら子育てに奮闘する。だれが「ユウ」を殺したのか…?
出演:菅野美穂 高畑充希 尾野真千子
柴崎楓雅 外川燎 阿久津慶人 / 和田聰宏 大東駿介 山口紗弥加 山田真歩 水崎綾女 藤原季節
真行寺君枝 / 渡辺真起子 菅田俊 烏丸せつこ
監督:瀬々敬久 脚本:小川智子 原作:椰月美智子『明日の食卓』(角川文庫刊)
製作幹事:WOWOW 配給:KADOKAWA/WOWOW
5月28日(金)全国ロードショー
公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/ashitanoshokutaku/
Twitter:@asushoku_movie
俳優
菅野美穂
1977年生まれ。1993年、『ツインズ教師』(テレビ朝日)の生徒役で女優デビュー。1995年にはNHK連続テレビ小説『走らんか!』の準主役に抜擢、1996年『イグアナの娘』、2000年『愛をください』、2004年『愛し君へ』、2010年『曲げられない女』、2012年『結婚しない』、2016年『べっぴんさん』『砂の塔~知りすぎた隣人~』、2017年『監獄のお姫さま』、2021年『ウチの娘は、彼氏ができない!!』などに出演。映画では1995年『大失恋。』で映画初出演し、2002年『Dolls(ドールズ)』、2007年『さくらん』、2013年『奇跡のリンゴ』などに出演。2014年ディズニー映画『ベイマックス』では声優をつとめた。
撮影/中田陽子(maettico) スタイリスト/青木千加子 ヘアー&メーク/布野夕貴 構成/南 ゆかり
トップス¥50,600(ボウルズ<HYKE>) イヤリング¥643,500(TASAKI)
○問い合わせ先 ボウルズ 03-3719-1239 TASAKI 0120-111-446