人生かける対象がM-1だなんて、洗脳されてる。みんな早く気づきましょうよ
コロナ禍ですべてを失った男が、その後見事に復活! M-1を無視してネタを磨き、いざM-1に出れば2年連続準決勝進出。舞台出演は年間700本と同世代トップ。天才なのか秀才なのか。いえいえ、ちょっとこじれつつ我が道をゆく、新世代芸人の登場です。
語り/ヤス(ナイチンゲールダンス)
「ヒモ」を解消され、仕事がなくなり
「終わった」と思いました
結婚したいと思ったこと、今までに二度ありました。最初は、保育園のときのモリ先生。「結婚して」と何度も告白し続けたくらい、小さいときから結婚願望が強かったんです。なんででしょうね。
二度目が、芸人になりたてのころ。つきあっていた彼女とは結婚するつもりで同棲していました。そのころすでに、毎日のように舞台に出ていたけど、それでも月給が2~3万円。家賃も払えなくなって、やがて彼女の「ヒモ」になりました。いや、ヒモを「やらせてもらう」ことになりました。本当に好きで結婚したかったけど、舞台やオーディションがあるからバイトができず、ずっとつらかったというのが本音です。
2年後にアパートの契約更新があって、結婚どころか振られて追い出され、芸人仲間の家を転々とする生活に。そのうえ、劇場で衣装がすべて盗まれ、コロナ禍で仕事は全部なくなり。終わった、と思いましたね。
小学生からずっとサッカーの一軍選手、キャプテンもやって、クラスの人気者。大学のサークルからトントンと芸人になって、NSC(吉本総合芸能学院)は主席で卒業。きっとこのままトントンと…のはずが、急に光が閉ざされたようでした。
M-1だけを目指したくはない
だって、テレビ番組のひとつでしょ
暗闇に光が差し始めたのが、今から2~3年前。コロナが終息し、舞台のギャラも上がって、ようやくメシが食えるようになりました。ネタの質も量も上がってきた。確かにウケている。そうすると、必ず言われるんです。
「M-1での活躍が楽しみだね」と。
いや、別に。M-1といっても、テレビ番組のひとつでしょ。上手な番組演出のせいで、みんながそこに人生かけてるみたいになってますけど、洗脳されてるってことに、気づきましょうよ。M-1という大会に影響力があるのは確かだけど、そこだけを目指したくはないんです。
じゃあ、出なかったらどうなるのか。それを試したくて、最初の数年はM-1にエントリーせず、ひたすら舞台での漫才を続けました。多い年は年間700ステージ。それである程度の存在感を示せたので、そろそろ「試しに出てみよう」と2023年にエントリー。結果は、初出場にして準決勝進出でした。
それで、やっぱり確信しました。サッカーではプロのレベルに届かなかったけど、お笑いにおいては才能があるんだなと。
目指すのは、世界80億人を笑かすこと
M-1に出てみての感想は、やっぱり素晴らしかったし、反響も大きかった。でも、M-1を意識しすぎて、自分たちらしさより「M-1のため」に作り込みすぎた。結果はよかったけど、俺が大事にしたいのは、そこじゃないんです。
世界中の人を笑かしたい。
最近、調べたんですよ。日本人を相手にお笑いやっても、M-1で盛り上がっても、せいぜい1億人ちょっと。世界には80億人以上の人間がいるというのに、ですよ。英語圏、中国語圏の人たちを笑かして、ようやく登りつめたと言えるんじゃないか。かと言って、『アメリカズ・ゴット・タレント』(アメリカの公開オーディション番組)に出て、「日本から変なヤツが来た」って笑われるんじゃなく、「こいつの話、面白い!」と空気を変えたいんです。
それには、英語を高いレベルにまでもっていかなきゃなりません。アプリでAIを相手に英会話を毎日勉強して、今年はTOEICで700点以上取るのが目標です。吉本の本社の周りにもたくさんの外国人旅行者がいるから、話しかけて会話に慣れながら。
あ、英語で話しかけることは、まだやってません。そういうところは、ちょっとシャイなんで。
肩を触れられただけでも好きになっちゃいます。
ちょろいんです
で、冒頭に話した結婚願望について。今はまったくありません。楽しく恋愛をやらせてもらえればよくて、好みのタイプもありません。しいていえば、サンリオの「クロミちゃん」タイプ。その対局にある、明るくてみんなの太陽みたいなタイプは、ちょっと信用できません。と言いながら俺、肩を触れられただけでも好きになっちゃいます。全然ちょろいんです。自分で飯を食えるようになった今、もうヒモになることはないでしょう。もし今、ヒモを飼ってる女性がいたら、こう言いたい。「相手の男を見極めるなら、ヒモが何を言ってるかじゃなく、何をしてくれたか」だとね。
男って単純だから、ヒモでお世話になったら、一発で大きくお返ししようと頑張るんです。大事なのは、「100万円のダイヤを買うより、1000回の皿洗い」。毎日コツコツ、感謝の気持ちを返していく人のほうが、ビッグになる可能性がある。俺もそうやってました。結局、フラれましたけど(笑)。 ともかく、「いつかビッグに」と口ばかりで、行動がともなっていないヒモは、切ってもいいでしょう。ヒモを「やらせてもらってる」という謙虚さがないヤツもだめ。みなさん覚えておいてくださいね。(おわり)
芸人
ヤス
1993年生まれ、長崎県出身。日本大学法学部卒業。大学時代は落語研究会に所属し、サークル長を務めていた。2016年、中野なかるてぃんとお笑いコンビ「ナイチンゲールダンス」結成、2017年2月にNSC東京校22期生の卒業ライブ「NSC大ライブ TOKYO 2017」で優勝。2023年には「ツギクル芸人グランプリ2023」で優勝、「M-1グランプリ2023」「M-1グランプリ2024」で準決勝進出と躍進を続けている。渋谷よしもと漫才劇場にて、毎月単独ライブを開催中。
○ナイチンゲールダンス 公式YouTubeチャンネル:ナイチンゲールダンスチャンネル
○公式X:ナイチンゲールダンス ヤス
○公式Instagram:ヤス ナイチンゲールダンス
撮影/高木亜麗
取材・文/南 ゆかり