社会はインセンティブで決まり、人の中身は、行動が表している
私たちの日々の行動、企業の決断、政治の動きはなぜ、どのような理由から決まっているのでしょう? 何らかのアクションを起こす理由、起こさない理由を経済学では「インセンティブ」によって理解します。
小難しく説明すると、「便益と負担を比べ、便益のほうが大きい」状態を「インセンティブがある」と言い、人々はインセンティブのある行動を選択する……という感じ。やっぱり難しそうですね。でも、その本質はいたってシンプル。人は自分にとって損なことはやらない、得だと思うことをやる。これがインセンティブの考え方です。
なんだか当たり前のように感じますよね。「なぜあなたはコートを買ったのか。あなたにとってコートから得られる満足のほうが5万円を失う悲しみより大きいと考えたからだ」と言われても面倒なだけです。しかし、この当たり前で回りくどい考え方には多くの効能があります。
たとえば、勤めている会社が社員教育にお金も時間もかけていないとしましょう。これは経営陣が従業員教育のリターンよりもコストのほうが高いと考えていることを意味します。もっと教育にお金をかけさせるためには、低コストの社員教育プログラムの紹介や利益につながりやすいプログラムを提案するとよいインセンティブに注目すると説得の方針が明確になります。
”インセンティブ”のメガネで相手をのぞいてみる
自分からすればどんなに馬鹿げて見える行動も「当人にとっては何か得する」または「得だと当人は思っている」というのがインセンティブに基づく人間理解です。人・組織の行動をインセンティブから見れば、その好みや思考のパターンを読み取ることができるようになるのです。
自分には理解できないことをしている人に出会ったとき、「馬鹿だなぁ」ですませてはいけません。自分には理解できない「お得な何か」が裏側にあるはずです。
それはあなたが知らなかった知識・情報かもしれません。あまりにも高額な保険に加入している人について調べてみたら、大幅に節税できる保険の選び方を発見するなんてこともあるでしょう。
また、「自分には理解できない行動」の理由は自分自身と全く異なる好み・感覚によるものかもしれません。異なる価値観をもつ人同士は、自分にとって大切なものの価値を売り手が低く見積もっているので、お得な交換が成立しやすくなります。好みや考え方、大切にしているものが違う――多様性があるからこそ、お互いが得するwin-winの交換が成立するわけです。
人はインセンティブに基づいて行動する。だからこそ、行動がその人の中身を表している。これを知ることで、多様な人とお得な商品・情報の交換ができる。そうすれば、生活やビジネスはもう少し豊かになるでしょう。
本連載は今回で最終回となりますが、今回のインセンティブによる人間理解は2年近く続いた本連載のすべての回に通底する論理です。お時間がありますときに、インセンティブの論理を踏まえて本連載を読み返していただければ著者としてうれしい限りです。
これからの地域再生/¥1,600 晶文社人口減少が避けられない日本にとって、すべてのエリアでの人口増加は不可能。中規模都市の繁盛が、日本経済を活性化させ、未来を救う!
経済学者
飯田泰之
1975年生まれ。エコノミスト、明治大学政治経済学部准教授、シノドスマネージング・ディレクター、内閣府規制改革推進会議委員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。わかりやすい解説で、報道番組のコメンテーターとしても活躍。
Domani2018年12月号『新・Domaniジャーナル 「半径3メートルからの経済」』より
本誌撮影時スタッフ: 撮影/五十嵐美弥 構成/佐藤久美子