コメディタッチの作品イメージが強い内村さんが今回挑んだのは、さまざまな事情を抱えた人物が登場する「群像劇」。これまでに2冊の小説を執筆されていますが、今回は以前よりも入念に心して創作したという『ふたたび蝉の声』。どのように取り組んでいったのか、そして自身の心の動きについて語っていただきました。
当初は、業界の惚れた腫れたのゴタゴタみたいな話を書こうと思った
初の書き下ろし長編小説を書くことになったきっかけとは?
内村光良さん(以下敬称略):前回書いた『金メダル男』という作品は、一人称で一人の男の半生を語るというものでした。その反動で、今度は群像劇がいいかなと思い、業界の惚れた腫れたのゴタゴタみたいな、全体的にドロドロした話を書きたいなと思ったんです。そして売れない役者のまわりの人たちの物語にしようと思い、第1章を書いていたんですが、第2章で主人公の出身の九州のあたりを書きはじめたら、だんだん家族とそれをとり囲む人の話に変わってしまって。結果、今まででいちばん真面目な物語になりました。
今回の小説を書いていて楽しかったことはなんでしょうか。
内村:キャラクターを造形していくのが楽しかったですね。誰かと誰かを足したりだとか、モデルを引っ張ってきてるのもありますし、まったくゼロから作ったキャラクターもいっぱいいます。竜也っていうパチンコばっかりやってるさえない奴は、周囲から聞いた話を参考にしています。「借金がある」という人の話、「パチンコばかりやっている」という人の話、「スター選手だったけれど、落ちぶれてしまった」という人の話などを混ぜ合わせて作りました。
ストーリーも登場人物のように創作されたのですか。
内村:書き出しからこうなると思ってなかったですし、第2章から時空を超えるように、現在に戻ったり、戦後に飛んだり、書いてるうちにあっちゃこっちゃいってしまうようになってしまいました。キャラクター先行でしたから。進に姉がいる設定にしたのが大きかったです。はじめはまったく進の姉弟なんて考えてなかったのですが、だんだん進の姉・ゆりのキャラクターが膨らんでいったというのがあります。
実は私のいとこのお姉さんがガンだったことがあり、ゆりとは年齢も職業もまったく違いますけど、ガンに侵されたというのは下敷きになっています。こらえながら書きましたね。目の当たりにしてきたことを思い出してましたから。だからゆりがもう自分の中では女神のようになり、最後は神格化されました。
登場人物が途中からどんどんつながっていくのは、とっても面白いと思います
この小説の中で特に工夫した点を教えてください。
内村:序盤の人物が途中からどんどんつながっていくところです。突然、時を飛ばして、過去に戻して、こことつながっていたり、この人とこの人は親友だったとか、姉ちゃんはこの人の恋人だったのかとつなげていくのが楽しかったです。最初の種を撒く作業が難しかったといえば難しかったんですが、どのくらい人物に重きをおいて書いたらいいのか、あまりさらっと書くと、これ誰だったっけ?ってなってしまうし、そのあたりの種の撒き方がいちばん工夫した点だと思います。
最後の方で親の虐待シーンが登場しましたが、社会問題を意識して書いたのでしょうか。
内村:あまり意識してなかったのですが、ニュースになっていますよね。実際に見かけたことがあるんです。駅の改札口や他の場所でも何回かそういったことを。子どもを放ったり、蹴ったりするのを見たときに、なんでこんなことするんだろうというのがずっとあったものですから。
有名人の進は、子どもに虐待している見ず知らずの父親に注意しました。内村さんも本当は進のような考えで行動を起こしたいということを、あえて小説の中に落とし込んだのでしょうか。
内村:それもあると思いますし、もしそうしてしまったらどうなるだろうというのもありました。ただし、注意することが果たして正しいのか考えるところもあります。そうすることで余計にその親子の関係が悪化したらダメじゃないですか。ずっとその親子の面倒をみるならいいですけど、ただ1回注意することによって、さらにその子が叩かれたりしないかとか、いろいろ考えるとなかなか言えないなと思ったり、注意の仕方って難しいなと思います。
行動を起こした進は、その件で世間に叩かれて仕事が減ってしまいました。それでも進はここからまた這い上がって頑張っていくということで物語は幕を閉じましたね。
内村:たぶん私が進のような行動をとったら、ネットニュースとかになりますよね。進はその虐待されていた子が嫌がらせにあわないように、その子どもを守るために黙ってる。果たして自分はそれができるのかっていうことですよね。この進は、最後に非常にかっこよくなったと思います。もし自分が進だったら、自分を守るかもしれないですから。
インタビュー後編では、円熟期を迎えた今、ご自身の人生観、家族への思い、日々の過ごし方などをお伺いします。
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五十歳を目前に控えた進は、役者という職業を細々と続けながら、東京で暮らしている。最近ようやく順調に仕事が入るようになったが、娘と妻のいる家庭内では、どうにも居心地の悪さを感じるようになった。 ときどき、ふと漠然とした不安を感じることがある。これから自分たちはどうなっていくのか……。
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お笑い芸人・映画監督・俳優
内村光良
1964年7月22日生まれ、熊本県人吉市出身。AB型。1985年、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)演劇科卒業。お笑いコンビ・ウッチャンナンチャンを南原清隆と結成後、お笑い芸人にとどまらず、俳優、映画監督、司会者、作家など多彩に活躍中。『世界の果てまでイッテQ!』『スクール革命!』『THE突破ファイル』(以上日本テレビ系)、『痛快TVスカッとジャパン』(フジテレビ系)、『そろそろにちようチャップリン』(テレビ東京系)、『LIFE!〜人生を捧げるコント〜』(NHK総合)、『内村さまぁ〜ず』(Amazonプライムビデオ ほか)等、多数出演。 毎年、『内村文化祭』と題して、ライブも行っている。
撮影/田中麻以 ヘアメイク/鷹部麻理 スタイリスト/中井綾子 取材・文/猪狩久子