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EDUCATION 教育現場より

2022.08.04

米名門校が「子どもにランク付はしない」納得理由|天才が出続ける学校が考える自信の持たせ方

 

シリコンバレーの名門校「ハーカー・スクール」の卒業生はファッションデザイナーやIT起業家、スポーツ選手など多彩。「ブランド大学」に行くことが人生や学校の目的ではないという同校には独自の教育方法がある(写真:ハーカースクール提供)

シリコンバレーで「スタンフォード大に最も近い学校」と呼ばれる学校がある。1893年にスタフォード大学初代学長のデビッド・スター・ジョーダン氏によって設立されたハーカー・スクールだ。幼稚園から高校まで約2000人の生徒が通う同校は、学術分野だけでなく、ファッションデザイナーやスポーツ選手など多様な分野で活躍する人材を輩出。かつてはマーク・ザッカーバーグの妻で、慈善家のプリシラ・チャン氏が教師をしていたことでも知られ、シリコンバレーの経営者たちがこぞって子どもを入れたがるという学校の教育は何が違うのか。同校の事務局長を務めるジョー・ローゼンタール氏に聞いた。

「いい意味で偏りがある」生徒を育てたい

――ほかの学校とはカリキュラムがだいぶ違うそうですね。

ハーカーが設立した時の目的は、将来的に高い教育を受けられる準備をするための学校を作る、ということでした。ユニークなのは個々に特化したカリキュラムを組み立てられるところにあります。ほかの学校が「オールラウンダー」の育成を目指すのにたいして、私たちはむしろ「いい意味で偏りがある」生徒を育てたいと考えています。

具体的には、生徒が自ら受ける授業などを「カスタマイズ」できるのが特徴です。英語、理科、数学、そして第2外国語の授業は誰もが履修しなければなりませんが、例えば理科に興味がある子であればより多くの理系の授業をとることができます。一方、人文に情熱を傾けている子であれば、理科は必要最低限におさえて、人文系の授業をたくさん受けることができます。

――小学生の頃からですか?

実はそれよりも小さいときから「パフォーマンス・グルーピング」というハーカー独自の概念に基づいて教育をしています。これがハーカーを出た子たちが成功する基礎にもなっています。具体的には、英語や算数などその時点でのパフォーマンスに応じて3つのグループに分けるのです。もちろん、これは固定ではなく、その都度のパフォーマンスによって分かれます。

幼稚園でも3つのグループに分けて、最初の20分はすべてのグループが物語を聞く、といった同じことをします。話を聞いた後に、1つ目のグループはそこに出てくる登場人物の塗り絵をする。もう1つのグループは塗り絵をしてから、その人物を切り取って物語をイメージしながらボードに貼っていく。同じ物語を聞いて塗り絵をしてもすぐに終わって飽きてしまう子と、20分では時間が足りない子もいるのです。

ビジネスと起業を本気で教えている

小学生になってからは、英語と算数のクラスでグループ分けをし、6年生になった時点で理科、そして9年生(日本の中学校3年生に相当)の時点ですべてのクラスで3グループに分けるようにします。

もう1つハーカーのユニークな点は、シリコンバレーにあるという立地をいかして、ビジネスと起業の学部があることでしょう。これは英語や数学と同じような、しっかりとしたアカデミックの学部です。多くの学校はビジネスや起業は課外クラブという位置づけですが、ハーカーではしっかり「授業」として教えています。

米名門校が「子どもにランク付はしない」納得理由学生の人種構成は、シリコンバレーの構成を反映しており、アジア系やインド系の学生の割合がそれぞれ3割近くに上るという(写真:ハーカー・スクール提供)

高校生で起業して2億ドルで売却した生徒も

――誰が教えているのですか?

卒業生です。実際私が過去にハーカーで教えた生徒が今教鞭をとっているのですが、彼は今やアメリカで最も著名なビジネス、経済学の教え手です。ハーカーはビジネスや経済学の教育では抜きん出ていて、例えばアメリカでは数年前に6万7000人の学生が経済学の上級レベル者向けの共通テストを受けた際、33人が満点をとっています。このうち11人はハーカーの子でした。

今年でハーカーに勤めて40年になるというローゼンタール氏今年でハーカーに勤めて40年になるというローゼンタール氏(撮影:尾形 文繁)

経済学に力を入れていた子の1人は、高校生向けの経済学コンペで優勝しています。彼は実際に高校2年生のときに起業して、その年に約2億ドル(約270億円)で売却しています。ハーカーには生徒の家族の寄付などから成り立つインキュベーションのシステムもあって、起業を志す生徒の資金援助もしています。

ここで起業を覚えたり、会社を始めることも少なくない。実際、料理宅配サービスの「ドアダッシュ」の創業者もその1人で、最近ハーカーに1000万ドル(約13億円)を寄付してくれました。このほかにも、シリコンバレーでは有名なグリーン・オーク・ベンチャーキャピタルも数か月前に1000万ドルを寄付してくれています。

寄付金は基本的に投資に回し、その利息のほとんどを経済的に余裕がない生徒の奨学金にあてていますが、一部は生徒が起業するための資金に回します。生徒たちがシリコンバレーにあるベンチャーキャピタルの手を借りながら、卒業生が立ち上げた会社に出資するということも始めました。昨夜もちょうど午前2時に日本からリモートで理事会に出席していて出資を決めたところでした。

――生徒の数を増やそうという発想は。

学校を大きくしようという発想はありません。現在の人数が、私たちが提供しているプログラムに最適な人数だと思っています。ですので、選考プロセスにも力を入れていて、テストの点よりは、理科やアート、議論などハーカーにあるプログラムに情熱を持てる子が入れるようにしたいと思っていますし、生徒の関心に多様性があることも重視しています。運動が得意な子、舞台芸術が得意な子、ジャーナリズムやロボティックス、コンピューター科学などあらゆる分野に興味が集まるのが望ましいのです。

中国から来た超天才留学生

――海外から学びに来る子もいるのですか。

コロナ禍前は特に中国からの留学生が多く、彼らはビジネスと起業プログラムに夢中でしたね。両親が来られなくても、ホームステイをしながら通っていました。夏の5週間の留学生向けのプログラムに参加して、起業家プログラムに興味を持つ子もいます。北京から来た男子学生のジョニーは本当に優秀なコンピューターの専門家でマサチューセッツ工科大学(MIT)に合格したのですが、それを蹴ってグーグルに就職しました。

――大学には行かなかったんですね。

彼は大学のカリキュラムをみて8万2000ドルもの学費をすでに知っていることに払うのだったら、23万ドル(約3100万円)をもらってグーグルで働いた方がいいと判断したようです。ちなみに彼は、いまは自分でサイバーセキュリティの会社をやっていますよ。先ほど話したベンチャーファンドの出資先第一号は彼の会社になりそうです。

面白い話がありましてね。先日、子どもをハーカーに通わせているシリコンバレーでは有名なベンチャーキャピタリストから電話がかかってきて「ジョニーを知っているんだろう?彼に電話をして、丁寧に出資をさせてほしいと伝えてくれないか」と言われたんです。ジョニーは超一流投資家からの出資はすべて断っているんですよ。でも、彼はハーカーの出資は認めてくれたのです。

「ブランド大学」に入れるのが目的ではない

米名門校が「子どもにランク付はしない」納得理由(C)Shutterstock.com

――ハーカーのゴールはスタンフォード大のような「いい大学に入れる」ということではない?

そう捉えている人もいるようですが、私たちの「ミッション・ステートメント」を読むと、私たちのミッションは、生徒が大学やその先に進むための準備をすることだと書いてあります。”エルメス大学”や”グッチ大学”、すなわちブランド大学への入学を保証することが私たちの使命ではありません。

私たちの使命は、彼らが最高の大学に進学したときに成功できるように、しっかりと準備をすることです。子どもが成功するためには、自分が情熱を傾けられることを追求する以外に方法はないと信じています。土曜日の午後、ロボット工学の研究室に子どもがこもっているのは、有名校に入るためではなく、情熱を持って打ち込むことがあるからにほかなりません。

世界的に有名な服飾デザイナーであるアレキサンダー・ワン(ハーカーの卒業生)は、ニューヨークのパーソン・スクール・オブ・デザインに進学しました。有名音大のジュリアードもいわゆる「有名大学」のリストには入っていませんが、音楽に情熱を傾けてそうした大学へ進学する生徒もいます。

――ハーカーは大学、その先のキャリアで「成功」するための教育をしているとのことですが、成功するために、子どもに求められるスキルや質などはどのように変わっていますか。

今の子どもに必要なスキルや技術とは

実はさまざまなフォーカスグループを立ち上げて検証をしています。例えば、テクノロジー諮問委員会は、テクノロジーやコンピューター科学に特化したグループで、シリコンバレーを代表するテクノロジーの専門家、ハーカーの保護者、ハーカーの卒業生が入っています。これからテクノロジーはどう発展するのか、子どもにどういう技術を身につけさせればいいのか、どういう機器に触れさせなければいけないのか、などを検討してもらっています。

一方、生物学の委員会には最近、「バーチャルキャダバー(バーチャルの献体)」と呼ばれる機器の導入を強く勧められました。これは大きなスマートフォンのようなもので、本物の死体が出てくるんです。つまりホログラムのようなものです。CTスキャンで撮影した凍った死体を切り取って作ったものです。

私たちには実証済みの教育プログラムがあるので、基本的な教育方法がぶれることはありませんが、技術の進歩は早い。なので、数学や科学、歴史といった分野より技術系の分野でより新しいものを取り入れていくとは思います。

生徒側の変化で言えば、授業をただ聞いているだけではなく、より「起業家的なアプローチ」を望む生徒が増えていると思います。発表されたものをより分析し、なぜそうなるのか、ほかの授業で習ったこととどうつながるのか、より学際的なアプローチで問い掛けるような。

スティーブ・ジョブズは、テクノロジーと人文科学が交差する看板を掲げていたことで有名です。ハーカーもそういうアイデアを大切にしており、実際の学校施設にもそういう思想が反映されています。昔はサイロのように学部などが分かれていましたが、今ではそれぞれの分野のアイデアをつなげるようになっています。起業家精神にあふれた彼らは、そこで学んだことを応用して会社や新製品、新サービスなどを開発するのです。

教師は生徒とどうかかわるかが重要

――先生のトレーニングも大変ですね。

非常に大きな課題です。正直なところ、これが本校の核、つまり、私たちがやっている中で最も重要なことと言っていいと思います。

重要なのは彼らの教育方法や知識だけではありません。生徒とどうかかわるのか、そのスタイルこそが重要です。どんなに優秀な科学者であっても、ひどい教師ということもあります。すばらしい知識に加えて、コミュニケーション能力、対話能力、動機づけ、インスピレーションを併せ持つ教師でなければなりません。それが、素晴らしい教師であるためのカギです。シリコンバレーは物価が高いので、この点は大きな問題だと思います。

優秀な教師を集めるためのインセンティブ

そのため、教員寮の整備をはじめ、新卒の教員を採用できるよう、さまざまな取り組みを行っています。正直なところ、物価が高いシリコンバレーに来るように説得するのは難しい。それを実現することが、これからも私たちにとって最重要事項です。

教師にとって最も魅力的なのはハーカーの教育システムの中で子どもを教えることだとは思いますが、そのほかにもインセンティブを数多く用意しています。彼らが専門分野で磨きをかけることもその1つです。

そこで、ガスナ財団という生徒の保護者がやっている寛大な財団と通じて、教師の専門的な能力開発を支援しています。この中には一生に一度の経験をするための助成金制度があって、あるラテン語の教師はコロナ前にこれを使ってバチカンに1カ月滞在して、ラテン語を学びました。

子の自己肯定感を上げるのに必要なこと

米名門校が「子どもにランク付はしない」納得理由(C)Shutterstock.com

――ハーカーでは子どもの自己肯定感を培うのに力を入れていると聞きましたが、日本では子どもも大人も自己肯定感が低いことが大きな課題となっています。

シリコンバレーは、学校だけでなく、家族や地域社会においても企業家精神、自分の考えや自らに自信を持つことが尊重されているので、自己肯定感という点ではほかの地域に比べてアドバンテージがあるかもしれません。

私は日本に何十年も通っており、日本文化も大好きですが、自己肯定感という点においては課題があるという認識は持っています。日本社会は良くも悪くも同調することが重要だと認識しています。例えば、日本では周りの空気を読んでから発言をすることが大事だと教えてもらったことがあります。

子どもたちに自信を持たせるうえでカギとなるは私たちが「レーザービーム」と呼ぶ手法です。たとえ完璧でなくても彼らが心地よく思えるように親や教師、そして生徒がネガティブな反応をしないことです。

日本人が誇るべきこと

そして、子どもには人から信頼される行動をとらせることも大事です。うそをついたり、ごまかしたりするようでは信頼されるはずがないし、自分に自信を持てなくなります。たとえそれが台所の床の掃除でも、皿洗いでも、数学の宿題でも、自分の能力を最大限に発揮するようにするのです。完璧である必要はなく、挑戦する態度が重要なのです。

実際、日本人はこの点に優れていると思います。学校の教室の掃除でも、タクシーの運転手さんも車内を綺麗にして、手袋をして運転をして、安全にも気を配っている。日本ではどんな分野でも非常に熱心に取り組んでいる人がいる。こうした文化は自分を持つための重要な要素だと思います。

子どもの「ランク付けをしない」意味

――今の子どもたちは昔より大変な世界に生きている気がします。

そう思います。正直なところ、最近の学生にとってより困難な問題の1つは、サイバーワールド全体だと思います。テクノロジーとサイバーの世界には多くの利点があり、指先だけで多くのことを調べることができますし、暗記をする必要もありません。そうした中で、今重要なのは事実を暗記することよりも、批判的思考や学習方法を学ぶことになっています。

ただ、ネットやSNSによって生徒たちはサイバーの世界においても社会的な存在感を示さなければならなくなってしまった。「人気」を得ることは実社会でも、SNSの世界でも大変なことで、人気を得ようという努力は時として有害なものになりかねません。もっと生産的なことに使われるべき時間やエネルギーがSNSによって奪われている気がしているのです。SNSの圧力は学生でいることをより難しくしているのではないでしょうか。

ちなみに、ハーカーでは生徒たちの「ランク付け」をしていません。もちろん成績はありますが、「あなたはクラスで1番です」といったランクはない。それは先ほども話したように、それぞれ履修科目が異なるからです。

ランク付けによる競争のストレスから解放されるため、生徒たちは互いに協力し合い、自分が学んだことを共有しあう傾向があります。例えば、ある学生が他の生徒のところに行き「あなたは金融の専門家だよね。この問題は財務的にどんな問題があるのかな」といった具合にほかの学生に助言を求め合うのです。

これは会社に似ていますね。経営に長けた人、財務に長けた人、技術に長けた人、と起業するにはさまざまな能力を持った人が必要です。生徒たちは学生時代からこうしたチームワークを学んでいるわけです。

東洋経済 記者

倉沢 美左(くらさわ みさ)

米ニューヨーク大学ジャーナリズム学部/経済学部卒。東洋経済新報社ニューヨーク支局を経て、日本経済新聞社米州総局(ニューヨーク)の記者としてハイテク企業を中心に取材。米国に11年滞在後、2006年に東洋経済新報社入社。放送、電力業界などを担当する傍ら、米国のハイテク企業や経営者の取材も趣味的に続けている。2015年4月から東洋経済オンライン編集部に所属、2018年10月から副編集長。 中南米(とりわけブラジル)が好きで、「南米特集」を夢見ているが自分が現役中は難しい気がしている。歌も好き。

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