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LIFESTYLE 映画

2023.03.31

映画『エゴイスト』の原作編集者が初めて語る誕生秘話と鈴木亮平さん、宮沢氷魚さんのこと

 

2023年2月に公開された映画『エゴイスト』がいまだ話題を振り撒いている。原作小説は累計8万部を突破し、香港で行われたアジアフィルムアワードでは主演・助演・衣装デザインの3部門にノミネートされ、宮沢氷魚さんが最優秀助演男優賞を受賞。2010年に出版された作品が、このような経過をたどること自体もファン心理をくすぐっているようだ。実はこの書き下ろしの小説は、Domaniの元副編集長が担当していた。どのようにしてこの作品が生まれたのか、制作過程にどのようなことがあったのか。原作の編集者であり、映像化にあたっては企画協力という立場で作品に携わった下河辺さやこ本人が振り返る。

もしも自分の子どもがゲイだったなら…

息子がゲイだったら、私は何を思い、どう行動するだろう?

産後間もないころ、お祝いに自宅を訪ねてくれた同性愛の友人に
「この子がもしゲイだとしても、驚かないでほしい。ただ、受け止めてほしい」
と言われた。
今から20年以上前のことだ。

聞けば、気持ちが悪いと咎めたり、セクシュアリティを「直そう」とする親もいるのだという。友人が同性愛者であることなんて「洋服の趣味の違いくらいに受け止めて」(小説『エゴイスト』より引用)いた私ではあったけれど、あらためてセクシュアルマイノリティとして生きることの苦しさを突きつけられた瞬間だった。

コーヒーを飲む男性たち、映画「エゴイスト」場面写真

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小説『エゴイスト』の誕生は、ここからさらに約10年後。映画『エゴイスト』の誕生は、小説の誕生からさらに約10年後。10年ひと昔とすれば、ふた昔も前のことだけれど、きっといまだに性的指向を巡る親子の断絶は、世界のどこにでもあるのだと思う。

ソファーにもたれかかる男性たち、映画「エゴイスト」場面写真

小説『エゴイスト』ができるまで

小説『エゴイスト』の著者である高山 真さんは「ふたりを会わせたらおもしろいことになると思って」と、共通の知人に紹介された他社の編集者だった。お互いに会社員ではあるものの、なんとなくサラリーマンに徹しきれないところが似ていたのだと思う。世間一般でいう常識を、いつもどこかで疑っているような人種が組織の中で生きるためには、同志が必要だ。

出会ってから数年後、私が担当していた『Oggi』で彼にエッセイを書いてもらうことになったのだが、当時、いわゆる「バリキャリ」向けだったそこは、彼にとって格好のステージだった。社会で闘う逞しい女たちが大好きだった彼のエッセイは、機知に富み、読者に救いを与える内容で、たいそう人気があった。

私たちは打ち合わせと称して、彼の連載に登場するレストランや当時ミッツ・マングローブがいた新丸ビルの「来夢来人」、新宿二丁目のバーなどに繰り出しては、キャリアを重ねようとする女たちの葛藤について語り合ったものだ。この社会ではマイノリティであり、ある一定の固定概念に沿って自分自身を演じながら生きているところが、彼と読者の共通点だった。そして、そんな自分を俯瞰で眺めながら、どこか楽しんでいるところも。

恋といえば“アバンチュール”一辺倒だった高山さんに、特定の恋人と呼べる人ができたとき。その恋人「R」と、Rの母親を助けていると知ったとき。Rを突然失った、その後の物語のこと。

何度も何度も繰り返し言葉にすることで、少しずつ自分を取り戻す様子や、そんな自分さえもどこか客観視しようとしている彼の姿を見た私は、この実話を小説にしようと彼にもちかけた。冒頭の友人の言葉が喉に刺さった魚の小骨のようにひっかかっていて、その出口を求めていたところもある。

そこから10年以上の時を経て、映画化が決定したのは、高山さんが亡くなった直後のことだ。

現実を映し出した映画『エゴイスト』

映画化のお話をいただいたのは、まだ小説が形になる前だった。

映画プロデューサーの明石直弓さんがたまたま高山さんのトークイベントに参加し、小説を書いていると知ってすぐに私に丁寧なメールをくださった。

さして有名ではないエッセイストの、まだ書いてもいない小説を映画化しようだなんて、いったいどんな方なんだろう…と当初は不思議だったけれど、彼女の話は高山さんの作品への愛に溢れていた。彼女の所属する「ROBOT」は、弊社作品を数多く映画化しているプロダクションで、そのクオリティには定評がある。断る理由なんて何もない。

とはいえ、原案を練っていたのは2009年。LGBTQ+という言葉もなく「主人公がゲイである」というだけで、小説は「ボーイズラブ」というカテゴリーに分類されるし、映画も同様だ。

この作品が描いているのは同性愛であると同時に、異性間にも共通する普遍的な愛だ、ということに、耳を傾けてもらうことは至難の業。私は私で出版を、明石さんは明石さんで映画化をするために、関係各所へのネゴシエーションが必要だった。

特に映画化にあたっては、主役の浩輔と相手役の龍太が見つからない、ということが一番の問題だ。

にわとりが先かたまごが先か、というのは、ゼロから何かをつくる仕事にはつきもののルーティーンだけれど、浩輔と龍太のバランスは、この作品にとって最も重要な要素のひとつだ。浩輔が決まっても龍太が決まらない。龍太が見つかっても浩輔がいない。

一度は頓挫した。

その後、明石さんは映画『紙の月』や『ライアー×ライアー』など、多くの名作を手がけて業界での地位を築いていったけれど、どんなに名を馳せてもこの作品のことは決して諦めなかった。そして高山さんもどこかで期待していた。ただ、こんな風に生々しく心に刺さる映像作品になるとは、予想していなかっただろう。

鈴木亮平さんとはドラマ『TOKYO MER~走る緊急救命室』の最終回が終わったすぐ後、リハーサルのときにご挨拶をさせていただいたのが初対面だった。そのときは、知的なジェントルマンの「鈴木亮平」が確かにそこにいた。ところが、1ヶ月も経たないうちに小学館で行われた撮影で再度お目にかかったときには「鈴木亮平」も、もちろん「喜多見先生」の影もなく、ただ「浩輔」がいて、正直「この人のどこに、こんなめんどくさいインテリゲイが住んでいたんだろう?」と驚いた。

その後、数ヶ月たってはじめて完成に近い状態の映画を観たとき、その驚きは違和感にも変わった。原作の龍太は、「ピュア」そのもののはずなのに、宮沢氷魚さん演じる龍太には、モデルになった高山さんの恋人の、ある部分が見え隠れしていたからだ。

談笑する男性たち

私たちが封印していたことを、彼らはなぜ知っているんだろう? 自伝をベースにした小説が、映像によってより「実話」に近づいている。こんなにも、高山さんたちの日々を露わに表現して、観ている人が苦しくなりはしないのだろうか。高山さんの心のやわらかな部分を傷つけてしまわないだろうか。でも、もう彼に是非を尋ねることはできない。

そのとき鮮明に蘇ったのは、『エゴイスト』というタイトルを決めた瞬間のことだ。

編集部の窓際の打ち合わせ席で、中折れ帽をかぶって小首をかしげる高山さんの横顔をじっと見ていたとき、ふと思い浮かんだ「エゴイスト」という言葉。

主人公のモノローグで綴られた自伝的小説に、このタイトルをかぶせたいと伝えるのは、かなりの思い切りが必要だった。小説でも映画でも、龍太の母が語ったある種の「赦し」を前提にはしていたけれど、もしかしたら彼を怒らせるかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。でも、この人ならわかってくれるのではないか。

一か八か、恐る恐る

「高山さん、タイトルだけど…“エゴイスト”はどうですか?」
とたずねたら、彼は少しの間の後
「よろしいんじゃないかしら」
といって口の端を上げた。

何かを企んでいるようにも見えるその表情は、彼の最大限の賛辞。そう知っていた私は心からホッとしたものだ。

物語を表面的になぞってファンタジーのように描かれることは、彼も望んでいないだろう。人の感情を抉るようなこの映画を観たら、あのときと同じようにほくそ笑んだはずだ。

サングラスをした鈴木亮平

取材の舞台裏で

どんなに素晴らしい作品でも、人の目に触れる場所が少なければ埋もれてしまう。それが情報の供給が需要を上回っている2023年の現実だ。完成以降は関係者への試写が続いたが、身内に近い人からの賛辞があてにならないことは嫌というほど知っている。酷評が聞こえてくるなら嫉妬とでも捉えるが、無視されたら最悪だ。

そう思っていたら、評判はすこぶるよかった。判断がつかない。本音なのだろうか? 東京国際映画祭でお披露目され、一般の方からの声を聞き、SNSの口コミを目にして、Amazonで原作の在庫が切れたとき、ようやくこれはいけるかもしれない、と思えた。映画祭から公開までの間、試写をご覧になった多くのメディアの方から取材の申し込みがあったようだ。

いくつかの取材に立ち会って、亮平さんと氷魚さんの間に流れる親密な空気にハッとした。自分がまだ映画の中にいるような錯覚に陥ったことも何度となくある。ふたりはお互いにフォローし合い、ふたりだけにわかるアイコンタクトをとって呼吸を合わせていた。氷魚さんが少しでも言葉に詰まれば亮平さんが助け舟を出し、また逆もしかりだった。

タキシード姿の鈴木亮平、宮沢氷魚

亮平さんは『news zero』のインタビューで、浩輔が、恋人・龍太の母にはじめて会いにいくシーンについて、こう答えている。

「恋人は目の前にいるんですけど“いや、いないですね”って。自分がずっとこうやって演じて生きていかなきゃいけないのかっていうことを初めて体感した時に、聞いていたよりはるかにつらいなこれは、と思ったんですよ」

(『日テレNEWS』 2月18日“ゲイ役演じた鈴木亮平 今求められるのは「自分たちの社会を変えてみようという勇気」”より)

氷魚さんも「撮影中は、幸せなシーンは本当にただ幸せで、哀しいシーンはただ本当に哀しくて、演じているというより、そのままの自分がそこにいた」という。

鈴木亮平さんは浩輔だし、宮沢氷魚さんは龍太だ。

役を生き、体感して内側から湧き出てきた言葉やしぐさが本物だったから、小説には描かれていない現実が露わになったのだろう。

主人公のモノローグで繊細にその心情を描いた原作と、多くを語らず彼らの日々を生々しく描いた映画、それぞれを往復して答え合わせをする読者・観客の方がこんなにも多い作品も珍しい。

笑顔の男性と女性

続『エゴイスト』

映画は話題となり、小説はベストセラーになって、当初感じていた私の不安は杞憂に終わった。

アジアフィルムアワードで宮沢氷魚さんが助演男優賞を獲得したときのスピーチは、チーム『エゴイスト』全員の思いでもある。

I believe this movie opens up doors to a lot of things not only to film but also to a new form of life and how we perceive and reach out to people.
I look forward to a day where every lives happy and in comfort.
This moving has just begun to travel throughout the world and I believe that this movie has the opportunity and the power to reach out to people beyond our expectations.
(この映画は、単に映画としてだけでなく、新しい人生の形、人の捉え方、接し方など、様々な扉を開いてくれるものだと信じています。誰もが幸せに、心地よく暮らせる日がくることを願っています。この映画は、まだ世界中を旅しはじめたばかりです。そして、この映画には、私たちの想像を超えて、人々に働きかけるチャンスと力があると信じています)

その言葉通り、映画は台湾などでも公開され、それぞれの地域で小説も発売されることが決定している。

打ち合わせをする男性たち

高山さんのご家族は、とても近いできごとのような、どこか遠いところで起こっていることのような、不思議な感覚でこの事実を捉えているようだ。

高山さんは生前「家族には家族の、自分には自分の世界があるから、すべてを伝えることが必ずしもお互いの幸せにはつながるとは限らない」といっていて、お父様は彼の死の間際まで彼のセクシュアリティやエッセイ、小説の存在をご存じなかった。伝えてないのだからご存じなくて当然だし、病床ですべてを打ち明けたそうだから、高山さん自身は新しい愛の形を見つけたかもしれない。それでも、お父様は「わかってやれんくて」と涙ぐんでいらっしゃった。

親は子を、子は親を、それぞれの幸せを願えば、今の日本ではそういう状況になることも、まったく不思議ではない。

記念撮影をする俳優陣

もし、自分の子どもがゲイだったら…。

私自身は自分の生きている環境上、「気持ち悪い」とは感じないだろうし、「直そう」という類の話ではないことも理解している。ただし「ただ、受け止める」ことはやはりできそうもない。きっとセクシュアルマイノリティであることで、息子が苦しむことには耐えられない。そしておそらく、なすすべもない自分を責めるのだろうけど、そんな母親の姿を見たら、息子はさらに苦しむだろう。だから、気丈に振る舞う。阿川佐和子さん演じる妙子のように。

無用な偏見や差別は早くなくなってほしい。

ただ、多かれ少なかれ、子どもに対して「受け止める」だけでは済まないことはあって、親は親、子は子、それぞれの葛藤というのは誰もが抱えているものなんじゃないだろうか。どんな人でもみんな自分が大切だし、愛の形はひとつじゃない。家族の在り方もそれぞれでいい。

高山さんは死してなお、この作品を通じて愛とは何かを問い続けるんだろう。私たちはそのために動かされているようだ。

ちょっと迷惑な気もするけど「迷惑だから、そろそろ成仏してくださいね」って伝えたら、また何かを企んでいるような顔で「意味がわからないわ」とでも言うんだろうな。

映画『エゴイスト』

全国公開中
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会
<出演>
鈴木亮平 宮沢氷魚
中村優子 和田庵 ドリアン・ロロブリジーダ
/ 柄本明 / 阿川佐和子

原作:高山真「エゴイスト」(小学館刊)
監督・脚本:松永大司
脚本:狗飼恭子
音楽:世武裕子

配給:東京テアトル
制作プロダクション:ROBOT

R15+

公式サイト:www.egoist-movie.com
Twitter/Instagram:@egoist_movie

 

「エゴイスト」書影
エゴイスト 

著/高山真  2023年初春、本作品の映画化が決定。出演は鈴木亮平、宮沢氷魚。文庫版には鈴木亮平の特別寄稿を収録。
小学館文庫 594円(税込)

下河辺さやこ顔写真

書き手

下河辺さやこ

(シモコウベサヤコ):1973年生まれ、小学館入社後、雑誌『AneCan』、『Oggi』、『Domani』、『Precious』副編集長を経て、一橋大学大学院でMBAを取得し、新規ビジネスを担当する小学館ユニバーサルメディア事業局コンテンツ事業推進センターに。2019年より日本テレビ系列『それって!?実際どうなの課』に出演中。著書に『男尊社会を生きていく昇進不安な女子たちへ』。インスタグラムアカウント:
https://www.instagram.com/sayako_shimokobe/

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