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殺虫剤の散布を断り、起訴される
その日、フランス・ブルゴーニュ地方に、ひとりのスターが誕生しました。その名は、エマニュエル・ジブロ。ある ”事件” により彼は一躍ときの人となり、今春にはその一連の出来事が、フランスの公共放送局France2でドラマ化されたほど。タイトル『Intraitable』が意味するのは「いっさいの妥協なし」、そして「一徹」。
その”事件”が起きたのは、2013年のことでした。当時フランスには、ぶどうの葉が赤や黄色に変色し、木の成長が妨げられたり、果実が十分に熟さなくなる病害フラヴェサンス・ドレが広がりを見せていました。
病害のもととなるバクテリアを媒介する昆虫ヨコバイを駆除するため、行政はブルゴーニュのコート・ドール地方の全ワイン生産者に、殺虫剤を撒くよう義務づけたのです。
けれど、エマニュエルはそれを固辞。なぜなら彼の畑は1996年以来、ヨーロッパの有機農法ビオディナミを実践し、長年にわたり殺虫剤を使用してこなかったからです。彼はブルゴーニュのなかで、ビオディナミの先駆的存在として知られていました。しかし、その決断の代償としてエマニュエルは起訴され、3万ユーロ (約400万) の罰金と6カ月の懲役刑を求刑されたのです。
▲ ドメーヌ・エマニュエル・ジブロのワインは古樽を使い熟成する。
それからフランス全土の生産者を巻き込み、大論争が繰り広げられました。偉大なブルゴーニュのコート・ドールのぶどう畑が、病害により壊滅的になったらどうするのか。
そう語る人がいる一方で、同じくビオディナミの生産者たちは彼を支持し、最終的には50万人以上もの署名が集まりました。その一連の経過はフランスのテレビや新聞でも報道されて、大きな注視を浴びたのです。
その日、スターが誕生した
判決の日。舞台となった裁判所の前には、500人もの支援者たちの姿がありました。
結果的に懲役刑はなく、罰金もまったく払わずに済んだのですから、完全なエマニュエルの勝訴です。
判決後、支援者の大きな拍手や歓声に手を挙げ、笑顔で応えるエマニュエル。そのさまを、「プチ・スターが誕生した」と仏フィガロ紙が表現したのも理解できるほどの熱狂が、そこにはありました。
この”事件”についてはフランス、とりわけブルゴーニュの生産者のなかでは、いまなお賛否が渦巻いています。ただひとついえるのは、殺虫剤の受け入れを一律に要求した行政に対して、彼が問題提起をし、議論の場を開いたことだけは事実でしょう。
大地に堂々と立脚するビオディナミスト
エマニュエルは、こう語ります。
「殺虫剤を使えば、ヨコバイだけでなく私のぶどう畑にいる他の昆虫も死んでしまいます。多様な動植物や微生物が存在することで、質の高いぶどうを育てることができるのです。その自然の摂理を壊したくない。そして殺虫剤は、畑で働くぶどう栽培者の健康をも脅かします。それは最終的には、飲み手である消費者の健康を害することになるのです」
エマニュエル・ジブロのぶどう畑を訪れれば、それが彼にとっては譲れない、かけがえのない選択肢だった、というのがわかります。
▲ 周囲に森があり、自然な環境を保ちやすいぶどう畑。
春には多くの野草が咲き乱れ、初夏にはぶどうの蔓が勢いよく天空を志向し、土の芳香漂うその畑は、「生命力に満ちる」という言葉がなによりふさわしい。清廉、誠実、清篤、頑強。畑の土を手に取り、それについて説明するエマニュエルは、そんな風情を全身に漲らせていて。ぶどうの木ととても親密な、大地に堂々と立脚する、真正のビオディナミストなのです。
そもそもバクテリアやウイルスというのは、生命力の弱った個体に寄生して生きるというのが本来の形です。健全な彼の畑のぶどうの木は、化学農薬や化学肥料、殺虫剤を撒かれた他の畑のぶどうの木より、病害フラヴェサンス・ドレに侵されるリスクが低かったことだけは、明らかでしょう。
▲ ぶどう畑は春になると野草の花が咲き、ミツバチなども訪れる。
そんなドメーヌ・エマニュエル・ジブロの赤ワイン「コート・ド・ボーヌ レ・ピエール・ブランシュ」は、魅力にあふれた1本。赤色の淡く輝く液体、グロゼイユ (赤スグリ) やグリオットといったフランス産のチェリー、カシスやバラ、すみれの香りがたっぷり感じられて、芳香性高く、鼻腔はこの香りでいっぱいに満たされます。味わいの重心も高く、フレッシュさやエレガントさに満ちた、美しいピノ・ノワールです。
▲ ピノ・ノワールらしい、気高い芳香に満ちた赤。
ピノ・ブーロ100%の貴重な白ワイン
そして白ワインの「テール・ブルゴンド」はピノ・ブーロというぶどう品種100%でつくられた、とても希少なもの。ピノ・グリというよくアルザスで栽培されるぶどうの一種で、現在のブルゴーニュでは「ほぼ絶滅の危機に瀕した」といわれるこの品種を、エマニュエルは大切に栽培し続け、1本のワインへと集結させています。
▲ 旨みとミネラルのバランスのいいピノ・ブーロを使ったワイン。
そのワインをひとたび飲めば、信念を貫き通したひとりの人間の精神を、きっとカラダとココロで感じ取れることでしょう。ぜひぜひ、お試しあれ。
Domaine Emmanuel Giboulot ドメーヌ・エマニュエル・ジブロ
「コート・ド・ボーヌ レ・ピエール・ブランシュ」赤 ¥8,030
「テール・ブルゴンド」白¥4,950
問 Vin Xヴァンクロス 03・6450・3687
ライター
鳥海 美奈子
共著にガン終末期の夫婦の形を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、ワイン記事を執筆。著書にフランス料理とワインのマリアージュを題材にした『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)がある。雑誌『サライ』(小学館)のWEBで「日本ワイン生産者の肖像」連載中。ワインホームパーティも大好き。