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ポルトガルワイン界のアーティスト
「アーティスト」と、そう呼ぶのがふさわしい。どの分野にも、そんな人物がいます。
革新性があって自由で、アイディアとバイタリティに満ち、周囲が驚くような挑戦をして、すばらしい作品を世に産み落としていく。ときに、その行為はさまざまな問いを人々に投
げかけることもあったり。それはワインの世界もまた、例外ではありません。
ポルトガルワイン界において、そう形容するにふさわしい人物。それが、ディルク・ニーポートです。
▲ ドウロ地方では数少ない家族経営を守るニ―ポートの5代目ディルク
ニーポートは1842年創業の歴史あるワインメーカーで代々、酒精強化ワインというおもに食後に飲むポートワインをつくり続けてきました。現当主のディルクは、その5代目。世界各地で修業を積んだ彼は、とりわけブルゴーニュワインに魅了されます。ロマネ・コンティやルロワといった世界に冠たるブルゴーニュのトップ生産者のワインを、「自分が飲みたいから」という理由で輸入。やがて自身も、ブルゴーニュスタイルのワインをつくりたいと、その一歩を踏み出しました。
世界遺産にも指定された急峻なぶどう畑
ポートワインメーカーは、農家からぶどうを買うのが一般的ですが、4代目である父・ロルフの反対を押し切り、ディルクは畑を購入し、自らぶどう栽培を始めます。
ニーポートが位置するのは、ポルトガルのドウロ地方。そこには標高1,000級の山々がそびえ立ち、遥か眼下にはドウロ河が悠然とした流れを見せています。その急峻な渓谷の斜面には、人々が労苦の果てに手で開墾したぶどうの段々畑が広がり、その絶景は世界遺産にも登録されているほど。
▲ 近代的な建築物のニ―ポートワイナリーの外観
この地であれば、きっとすばらしいワインができるに違いない。その夢と発想と確信のもと、はじまった挑戦。なぜなら、ここは標高が高いため昼夜の寒暖差が大きく、ぶどうはフレッシュさを保ちつつ、きちんと熟します。山脈が大西洋の湿った風や雲をさえぎるゆえ降水量が少なく、乾燥した気候。そして急斜面の土壌は保水力の少ない片岩。高湿多雨が向かないぶどう栽培においては、すべてが理想的だったからです。
▲ 機械が入れず、人々が手で開墾した段々畑は世界遺産に登録
そしてそのエレガントなワインは事実、ドウロという地方の可能性を高らかに謳い上げ、世界のソムリエやジャーナリストたちを驚かせました。現在は志を同じくするワイン生産者たちと「ナット・クール」というグループを立ち上げて、自然に寄り添ったワインをつくり、それをきわめて良心的な価格で私たち飲み手に提供もしています。
白ワインと赤ワインを混ぜた銘柄の意味とは?
そんなディルクの新しい挑戦、それが「ヴォワユール」という銘柄のワインです。
▲ ラベルにアンフォラのイラストが描かれた「ヴォワユール」
木樽やステンレスタンク、コンクリートタンクなど、ワインの発酵や熟成の際に使われる容器にはさまざまなものがありますが、近年注目されているのは、粘土でつくられた素焼きの壺アンフォラです。ワイン発祥の地ともいわれるジョージアで伝統的に使われてきたアンフォラが、近年は他国の生産者にも、大きな注視を浴びているのです。では、その特徴とメリットとは?
▲ カーブ内に置かれている粘土の素焼きの壺アンフォラ
素焼きの粘土であるアンフォラは、木樽で発酵や醸造をするときと同じように、ワインに微量の酸素を与えます。その一方、木樽の香りはつかないので、原料であるぶどうそのもののピュアな果実味を保つことができるのです。さらに卵型の形状をしたアンフォラだと、なかに入っているワインが自然に対流するので、発酵や醸造の過程で、人為的に攪拌したりする必要もありません。つまり、ステンレスやコンクリートタンクを使ったときのようなピュアな果実味を保ちながら、木樽を使ったときのようなふくよかさを兼ね備えたワインができる、というわけなのです。
「ヴォワユール」は、樹齢40~50年の古木のぶどうをドウロ河沿いのさまざまな畑から収穫します。その畑には、多い場合は10数種類ものぶどう品種が混植されています。そのぶどうを摘んだあと、1000Lの6つのアンフォラのうち白を3つ、赤を3つずつ使用し、醸造します。そして最後に、そのすべて混ぜ合わせたのが、この「ヴォワユール」なのです。
ワインの色は、淡い輝きのある赤。プラムなどの赤い果物やスパイス、森や土といった香り。飲むととても柔らかいテクスチャーで、透明感があり、最後は酸ときめ細かいタンニ
ン(苦味)が全体をきれいにまとめ上げてくれます。
▲ 様々なアイディアを持ち、挑戦し続けるディルク
ポルトガルワインを知りたいと望むとき、マルヴァジア・フィナとか、トウリガ・ナショナルとか、舌を噛みそうなぶどう品種の名前を覚えなければいけない、と考えると、それ
だけでくじけてしまいそうになります。なにしろポルトガルには、250を超える土着のぶどう品種があると言われているのです。
でも、この銘柄をつくったディルクの意図は、「ワインにとって大事なのは、ぶどう品種になにを使ったか、ではなく、テロワールなんだ」ということ。白ワインとか、赤ワインという枠を超えて、ドウロという風土に育まれたぶどうの個性と美質、そして自身の価値観を表現するために、このワインをつくったのです。
▲ 混植、混醸のワイン「ヴォワユール」には、美しいドウロ地方の風土が映されている
コロナ禍にこの”まぜこぜ”ワインを飲めば、必ずや世界でも指折りのぶどう畑の絶景へと私たちを誘い、心の旅をさせてくれることでしょう。
Niepoortニーポート『ヴォワユール2018』¥3,630 (税込・参考小売価格)
問 木下インターナショナル 075・681・0721
輸入元直販サイトから購入可能
ライター
鳥海 美奈子
共著にガン終末期の夫婦の形を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、ワイン記事を執筆。著書にフランス料理とワインのマリアージュを題材にした『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)がある。雑誌『サライ』(小学館)のWEBで「日本ワイン生産者の肖像」連載中。ワインホームパーティも大好き。