僕は「メンタルモンスター」
ポジティブすぎて「引かれる」ことがある。
つらくても、きつくて、苦境にあっても「ポジティブな姿勢を貫く」。
カタールワールドカップまでの道のり、僕の隣にはいつも「批判」がいた。もう、友達と言えるくらいの存在だ。僕を成長させてくれる「ガソリン」と言ったほうが近いか。
ポジティブでいると、思わぬ力を、特にここぞという場面で発揮することができる。ポジティブパワーがその人にもたらしてくれるものは、みんなが想像しているよりはるかに大きい。
そうやってサッカー人生を乗り越えてきたから、僕のメンタルはとてつもなく強くなったと思っている。残念なことにハセさん(長谷部誠)ほど「整って」はいないし、(本田)圭佑のように「リトル」を作れるほど器用ではない。
でも、本当に力を発揮できているときは、まるで自分が「超人ハルク」になったような感覚を持つことができる。相手がビッグクラブだろうが、強豪国だろうが負ける気がしない。見下ろしてプレーできる――そのくらいのゾーンに入れる。
「超人ハルク」は怒りでモンスターに変身する天才科学者だけど、僕の場合、メンタルでモンスターに変身できるサッカー選手。
いわば、メンタルモンスターだ。
自分で言うなよ、って言われるかもしれないけど。
でも、実は誰だって「メンタルモンスター」になれると思っている。才能も自信もなかった僕が、ここまで現役を続けられたのだから。
ネガティブをポジティブに変換する術
人生を変える経験をするたびに僕は強くなった。
必ずそのそばにあったのが重圧との戦いである。
その乗り越え方を僕は、経験的に学んでいった。
「長友はポジティブだ」と言われるのはその方法を身に付けることができたから。いわば、「ネガティブをポジティブに変換する術」とも言える。
いいプレーをするためには批判や重圧を自分の糧にしてポジティブに変えなければならない、と思うようになったのは、海外でプレーを始めてからだ。というのも、とにかくインテル時代は、賞賛と批判、双方がすさまじかった。
いいプレーをすれば神様のように扱われ、敗戦に直結するプレーをすれば「HARAKIRI(腹切り)」と書かれた。メディアだけでなく、ファンからも。
負けた翌日は、ミラノの市内を歩くのが怖かった。勝った翌日はまるで英雄のよう。
そうした日々を7年も過ごすうちに、批判や重圧の見方、捉え方を、自分の中で変えられるようになってきた。
批判を受けたり、ミスをしてしまった後、前に進むために重要なことは、まず「HOW」(どうやって)を見つけることだ。
人は失敗をするとどうしても「WHY」(なぜ)ばかりを追求してしまう。
なぜ、あのミスをしたのか。
なぜ、前にクリアできなかったのか。なぜ……。
もちろんそれは大事な作業だが、マインドが「WHY」ばかりになると、なかなか前へ進むことができなくなる。それは、いつまでも「批判」や「ミス」にとらわれているのと同じだ。
どこかでスイッチを「HOW」に切り替える。
大切なのはそのスイッチだ。
例えば、イタリアにいる頃は、車に乗ることが僕のスイッチだった。
あれは2017年4月30日のナポリ戦のことだ。
僕のクリアミスが失点にそのまま直結し、実質的にそのプレーで、インテルのチャンピオンズリーグ出場権はおろか、ヨーロッパリーグの出場をも逃す結果になった。
あのときはありえないくらい凹んだ。チームメイトが心配してくれるほどで、彼らに「申し訳ない」と言うだけで、精いっぱいだった。
クラブハウスを出て、車に乗る。
このとき、何となく心に決めていた。
「家では絶対に凹まない。なぜ?を考えないようにしよう」
ハンドルを握り、アクセルを踏みながら――片道30分の車中で僕は「HOW」を考えることにシフトした。
どうすればあのミスを防げるか。
どのように今後取り組めばいいのか。
その試合後、僕は1つのツイートをした。
ツイートは大炎上
〈ナポリ戦自分のミスで負けた。これがサッカー。1つのミスで勝敗が決まる。転んだら立ち上がればいい。俺はまだまだ強くなれる。〉
昔から変わっていないな、と思うけど、このツイートは案の定、大炎上した。翌日の地元の新聞にも掲載されて、ずいぶんと叩かれた。
けれど、僕にとっては重要な行動だった。
ミスをしてしまう未熟な自分をより成長させるためのエネルギー。それは、素直な思いを吐露したときに、返ってくる賛否の声だ。
ときにはそれが厳しい批判であったとしても……いや、批判だからこそ、かもしれない。
勝利を願ってくれたサポーターの厳しい声を真摯に受け止めつつ、反骨心のエネルギーにする。実際、賛否の中に「HOW」のヒントが隠れていたりもする。
批判やミスの中に、成長のチャンスがある
日本代表で「長友不要論」が話題になっていたとき、僕は積極的にYahoo!ニュースにある自分の記事の「コメント欄」を見ていた。
相当な書かれようだったけど、「なるほどな」とか「よく見えているな」と思う言葉もあった。
僕はあえてそれを「拾い」にいって、自分の財産にしようと思ったのだ。
逆に気を付けなければいけないのは賞賛だ。
褒められるとうれしいし、気分がいい。でも、それを成長させてくれるもの、として捉えたり、批判を受け止められなくなると、独善的になってしまう。
自分は正しい、あいつらはわかっていない――。
批判やミスの中に、成長のチャンスがある。それは僕の信念だ。
「ネガティブをポジティブに変換する術」は、6月6日、ブラジルとの親善試合で相対したブラジルのエース、ヴィニシウスに向き合った時間を振り返るとわかりやすいかもしれない。
あのときの僕がしたこと。
まず湧き上がってくる不安と向き合うこと。そして、ヴィニシウスのパターンを把握しようと努めた。
ホテルの部屋で100回以上、彼のプレー動画を見続けたと思う。
見れば見るほど、「これ、止められる?」という気になっていく。やばい、怖い……。
僕は自分のこの行動を、「自分と対話」すると表現している。
本当にできる? 大丈夫? 今どんな感情?
そういった「見たくない」ものを、あえて見る。受け入れる。
これが重圧と戦い、ネガティブをポジティブに変換するための第1段階になる。
この段階を飛ばして、本当は怖いし、不安なのに「大丈夫だ」「俺はできる」と思い込もうとする人は結構、多い。
でも、それは単純に怖いものに蓋をしているだけで、ハリボテのポジティブでしかない。
僕は彼の凄さ、自分がそれに対して抱く感情に向き合ってから、実際に試合で起こるであろうパターンを探し始めた。
パターンを探し、頭でイメージしながら、その対応策をインプットしていく。
すると少しずつ、自分の中で何ができて、何が危険なのかが見えてくる。
最後に僕は、一番効果的になるであろう対応をまとめた。
それは、「彼の長所を消す」ことだ。
そのために必要なのがポジショニングだった。
ヴィニシウスがサイドでフリーでボールを持つシチュエーションを作らせない。常に、そのポジションを取る。
繰り返し見た、僕の結論だった。
重圧をエネルギーに変えれば、人生が変わる
ブラジル戦を振り返ると、実は試合前のアップが終わりユニフォームにそでを通した瞬間に、僕の中にあるネガティブな感情はゼロになっていた。
不安がエネルギーとなり、それが燃え始めていた。
自信がみなぎり「負ける気がしない」。
ピッチで、相手がものすごく小さく感じられる。
信じてもらえないかもしれないけど、自分が大きくなり、「気」が出ていて、相手選手を威圧している――まるで映画の「超人ハルク」になって、ピッチ上を見下ろしているような感覚。
この感覚にまで自分を持ってこられれば怖いものはない。
ロシアワールドカップのコロンビア戦、カタールワールドカップ最終予選のサウジアラビア戦、そしてこのブラジル戦。
僕は、節目節目で、その感覚をもってピッチに立つことができた。
そこには必ず、人生で有数の重圧に支配される時間があった。
ブラジル大会の借りを返すという重圧、大会前の大きな批判。
負けたら日本代表のワールドカップ出場がなくなってしまうかもしれない試合。
ワールドカップメンバーになることに向けて、生きるか死ぬかの決戦。
その重圧に向き合い、それを自らのエネルギーに変えてきた。
36歳になりワールドカップにまだ出たいと思える。
そこを目指すことができる立ち位置にいる。それらはこうした重圧があり、それを乗り越えた先――人生が変わった瞬間を知っているからだと思う。
僕はこうした感覚を、多くの人に届けたい。
つらいことはあるし、壁にもぶち当たるだろうけど、それは本当にチャンスでもあるのだ、と。それをエネルギーに変えることができれば、あなたは爆発的な成長を遂げることができるのだ、と。
サッカー日本代表
長友 佑都(ながとも ゆうと)
1986年愛媛県生まれ。トルコリーグ・ガラタサライSK所属。2008年にJリーグ・FC東京でプロデビュー。2010年にイタリア・セリエAのACチェゼーナに移籍。さらに、2011年1月には名門インテル・ミラノへ移籍し、7年間在籍した。2018年、トルコリーグのガラタサライSKに移籍。日本代表として四度のW杯に出場。現在、2022年カタールW杯に出場中。
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