子どもの脳の発達に最も効果的なのは、五感を使った遊び
<講演者>
青山学院初等部 中村貞雄部長*
株式会社ミノウェイ 政野美和代表
徳島大学 荒木秀夫名誉教授
*撮影時(2月25日)時点。現在は小野裕司部長
荒木:子どもの脳の発達ということで言いますと、私は「コオーディネーション能力」という見方をしています。これは元々1世紀に遡るドイツの神経内科医の定義からヒントを得たものです。この言葉自体は、スポーツや音楽の世界などでも広く用いられる概念ですが、学術的には統一的な定義はありません。
私が考えるコオーディネーション・トレーニングの目的は、身体全てに行き渡っている神経網を、1つの回路としてみなすという「身体性」の考えに基づいて、「身体性」に刺激を与えることによって、知性、感性を伸ばし、身体能力を高めるというものです。間違った刺激の与え方によっては、逆の結果も起こり得ることになります。
例えば、発達障がい。発育の凹凸があるとき、つい大人はできないことをできるようにと、欠点の補強に一生懸命になりがちです。ですが、一見関係のない身体や心への刺激で他の能力が伸びることは、非常によく見られるケースです。ですから、できないことに着目するよりは、できることを伸ばしてあげて、多くの経験を積んであげると、実はできないことも後からトータルで一緒に伸びていくことになります。要は、「できること」の何を伸ばせば良いのかを見つけることが大切なことと言えるでしょう。
中村:私は小さな子どもにとって最も成長につながるものとして、「五感を使った遊び」を大切にしています。今後、未来に向けてどういう教育が必要になるかといえば、2つの「ソウゾウ」だと思うんです。クリエイティブの創造とイマジネーションの想像。この2つを育てるのが、まさに遊びじゃないかと思っています。子どもたちには、あらゆる遊びを通して様々なことを学んでほしいと願っています。
政野:そうですね。英語も、遊びながら身体を使ったり耳を使ったりして体得すべきものだと思っています。そして遊びの内容は、大人が決めるのではなく、子どものチョイスだとなおよいですよね。自分が好きなことをして、ご飯を食べるのも忘れてエンドレスに遊ぶような経験に価値をおき、子どもが夢中になっていることを徹底してやらせることが大事だと思っています。
荒木:英語教育も単なる早期教育という捉え方ではなく、英語を早期から使うことでの 感性、知性、身のこなし、の育成として考えるとよいですよね。ミノウェイさんが提供しているプログラムでは、ライブ配信をただ見るのではなく、体操をしたり、手を振ったりしながらやっていらっしゃる。身体に対する感覚や運動は脳への刺激になり発達につながりますから、これはとてもよいことです。英語を話すという能力を伸ばすことだけをゴールにしない考え方は、脳科学的に賛成できます。日本語を使い、英語を理解することは、言語学的に全く異なるとされている2つの言語によって、思考における発想力は大きく飛躍すると思います。ただし、知的な思考は常に一つの言語に限るということは多くの研究からも指摘されていますので,ここは配慮すべきでしょう。
脳科学界では、スマホの存在は、脳や身体の成長に思っているより恐ろしいことが起こっているとも言われています。スマホを使いすぎると、脳が萎縮するということで、先進国、特にアメリカなど欧州では子どものスマホ使用は規制したりもしています。スマホ自体が悪いわけではありません。ただ、まだ発達段階の脳には刺激が強すぎて依存症になりやすいわけです。身体を使った充分な遊びを経ると「スマホ中毒」にはならないのですが…。先ほどから出ているように、五感を使った遊びは、脳の発達にとても重要です。ですが、スマホの遊びが先行すると、依存症となり、心身ともに成長が阻害されることが多くの研究からも明らかにされています。
遊びは、内容や時間を決められたりして受け身で遊ぶのではなく、自分で判断して自由に主体的に遊ぶことが大事です。ネズミの研究実験でも、自由に遊ぶ経験を積むと脳は肥大するのですが、制限付きの遊びとなると脳に変化が生まれない、または縮小するというという結果も報告されています。子ども時代に受け身の刺激に慣れてしまうスマホ遊びではなく、外界からの刺激を受けて,身体と意識を外界に向ける遊びをすること。これが必要です。
子どもの脳の発育に良いと言われる「共振」とは?
▲右から政野氏、中村氏、荒木氏、株式会社MPandC 森下尚紀代表
中村:青山学院初等部でも、外界からの刺激を通して学ぶことを大切にしています。その考えから学校外で行われる校外学習が盛んですが、それも何かをしなさいと強制することはありません。自分たちで考えて行動します。また雪国に行って寒く辛いような経験をしたり、船で海へ出て船上でのハードな生活をしたり、と普段と違う生活環境から、様々な刺激を受け感じて、考えて、行動してもらいたいと考えています。都会の便利な生活に慣れている子どもたちには、不便をわざわざ買うような経験が大事なんですよね。
荒木:スマホの弊害は他にもあって、例えば音楽も、スマホでは大人と子どもがそれぞれ個別に聞くことになります。ですが、小さい子どものうちは、親と子どもが共に聞くことにも重要な意味があります。大人が子どもと「共振」して楽しむことが、脳の発育に良いという研究結果が出ているからです。私たちホモ・サピエンスが生き残った最大の特徴ともいえます。
一緒に楽しむことで、安心感を得たり、共感する感性が豊かに育つのです。そう言った意味で、0歳児に聴かせる子守唄も、とても重要です。実は、子守唄の音の波長は、世界で共通して似ています。不思議ですよね。人間が本能的に脳を休めたり、育てたりするのに効果的な音を理解しているのでしょう。
食べることは、命の基本。食育の大切さ
政野:感性の教育として、「食育」も大事ですよね。私たちの園では子どもたちを農地に連れて行って、農作業のお手伝いなど食に関する行為を経験させています。今後は、農薬を使わない野菜を育て、それが全滅することもあるという経験もさせたいと思っています。食のありがたみが、心から感じられるように育ってほしいと願っています。
荒木:現代は添加物・農薬を完璧に避けるということは難しい世の中です。体の中からそれらを完全に排除することはできません。現代人は、長寿にはなりましたが、原始的な命を守るという観点では、体は退化しているとも言えます。人間は進化の過程で経験していないことには騙されます。過剰な添加物・農薬の摂取は精神的にも悪影響を及ぼすとの報告もありますので、食育は広い意味で心身の健康問題の原点だといえるのではないでしょうか。
中村:我が校でも、食育を大切にしていて、なるべく添加物のない旬の季節の食材を提供しています。 今までは科学的エビデンスはなく、ただ大事、必要だと思って行ってきましたが、荒木先生にそういった根拠を示していただけるとさらに説得力が増しますね。
子育てをする上で、お母様にやってもらいたいこと
中村: 子どもをできるだけ待ってほしいなと思います。我慢して待つ、ということは難しいことです。現代はみなさん忙しいですから、どうしても急がせたり、手を出したりしてしまいます。そこをグッと堪えて、ギリギリまで待ってあげてほしい。それがその子の力になっていきます。
荒木:子どもから声をかけられた時には、少しでも目を合わせて、子どもの方に体を向けて返事をすることも大切です。これは小さい子どもには、とても意味があることです。
また、子どもの知的能力を発達させるのに、大事なことが2点あります。
1つ、叱るときに「ダメだからダメ」はダメ、なんでを伝える
単に「ダメ」や、「ダメだからダメ」ということではなく、「〜だから、ダメなんだよ」と、理由を示すことです。理由を伝えても、子どもは「いいじゃん!」と言ってすぐには納得しないでしょう。ですが、その時に納得しなくてもいいんです。面倒でもその都度理由を伝えることで、子どもに思考力がつきます。
2つ、会話の表現を多用にする
「書くものをとって」「ペンをとって」など、日常のたわいもない会話の中で、同じ内容を多様な表現で伝えることです。時によってわざと別の表現を使うようにするのです。たくさんの語彙に触れていくと、知的能力も発達していきます。
政野:子どもは好きなことに興味を持たせることができれば、夢中になってどんどん自ら学んでいきます。親はそうなれる環境を作ってあげて、学びのサポーターになれたらいいですよね。
中村:今日はおふたりとお話しできて大変勉強になりました。今の子どもたちこそが、未来の社会を背負っていく存在です。これからも、私たち大人がみんなで子どもの育ちを支えていきましょう。
プロフィール
青山学院初等部 中村貞雄部長
2012年度より青山学院初等部部長に就任。東京私立初等学校協会副会長。日本私立小学校連合会副会長。青山学院初等部では、「かけがえのないひとり」に対して「神様から与えられた賜物を活かす」教育を一番重要と考え、自分の力(価値)を社会に広く生かすことで新しい時代を創造していく「サーバント・リーダー」につながる「人格」教育を大切にしている。通信簿の代わりに個を大切にした「成長の記録」、「木曜ランチョン」という食育など「ほんもの教育」を通して子どもたちの成長を見守っている。
プロフィール
株式会社ミノウェイ 政野美和代表
どんな凸凹道でも笑顔で突き進み、どんな世界でも自由に生きることができる子ども達を育てることを理念にBee Pop International PreschoolやBee Pop International Kindergartenなど英語教育を取り入れた保育園や英会話教室などを経営し、0歳児から対応したオンラインレッスン『MINOWAY English Program』を保育園や幼稚園などに展開。2023年3月に新アプリをリリースし、全国展開中。
プロフィール
徳島大学 荒木秀夫名誉教授
学術博士(筑波大学・1982年)体育学・運動生理学を専門とし、脳科学を基盤にした運動と行動の制御を研究。30年に渡る研究から考案された脳の刺激感受性の向上を目的とした独自のコオーディネーション論を軸とした『コオーディネーショントレーニング』は幼児から高齢者まで幅広く実践されている。また、脳科学の視点から脳と心に刺激を与え、知性や感性を発達させる発達障がい児へのトレーニングも行っている。
聞き手
Domani 教育エディター 田口まさ美
株式会社小学館で編集者として初等教育教員向けコンテンツ中心に教育、学習、子供の心の育ち、非認知能力などの取材・記事制作を経験。ファッション誌編集含め23年以上同社で編集に携わり2021年独立。現在Creative director、Brand producerとして活躍する傍ら教育編集者として本連載を担う。私立中学校に通う一人娘の母。Starflower inc.代表。▶︎Instagram: @masami_taguchi_edu