「薄」は秋に大きな花穂をつける多年草の名前
「薄」はイネ科の多年草で、秋になると大きな花穂をつけます。
【薄:すすき】
イネ科の多年草。山野に群生し、高さ約1.5メートル。
秋、茎の頂に十数本の枝を出し、黄褐色から紫褐色の大きい花穂をつける。
これを俗に尾花といい、秋の七草の一。
葉・茎を屋根をふくのに用いた。かや。
(引用〈小学館 デジタル大辞泉〉より)
「薄」は秋を代表する植物で、ハギ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウとともに秋の七草になっています。万葉集に納められている山上憶良の和歌「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花」で詠まれている、七種の花のひとつが「薄」です。
「薄」の葉や茎が屋根をふくために用いられるなど、生活に密着した植物でもあります。紋所の名前にもなっており、「薄」の花穂をモチーフとして図案化されています。
読み方は「すすき」
植物の名前として使われている場合の「薄」の読み方は「はく」や「うす」ではなくて、「すすき」です。すすきは薄の他に「芒」という漢字を使うこともあります。
すすきという言葉の語源は2つの説があります。1つはすくすくと育つ木(草)という意味からきているという説、もう1つは稲に似た「草すすけ」という植物の名前がもとになっているという説です。
「尾花」という言い方をすることもある
「薄」の穂の見た目が馬などの獣の尾に似ていることから、「尾花」という言い方をすることもあります。「薄」全体ではなくて、「薄」の花穂の部分だけを「尾花」と呼ぶこともあります。「尾花」の読み方は「おばな」です。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざがあります。幽霊だと思っといたものは実が枯れた「薄」だったということから、恐れられている人物や物の実体がたいしたものではなかったことのたとえを表しています。
「薄」を使った2つのことわざ
「薄」という言葉を使ったことわざもあります。前述した「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と同様に、「薄」を何かと見あやまって怖がってしまう状況で使われることわざです。
「薄」は高さが1.5メートルほどになる植物であり、風が吹くと揺れるので、幽霊や人と間違われやすいということなのでしょう。ここでご紹介するのは「落ち武者は薄の穂に怖ず」と「薄の穂にも怯ず」の2つのことわざです。
1.落ち武者は薄の穂に怖ず(おちむしゃはすすきのほにおず)
「落ち武者は薄の穂に怖ず」ということわざは、落ち武者は、「薄」の穂でも怖がってしまうというたとえから、びくびくしていると、ほんのちょっとしたことでも恐怖を感じてしまうことを表しています。
落ち武者とは戦いに負けて逃げている武者のことです。古くから「薄」の穂は人を驚かせたり、おびえさせたりする存在であったということでしょう。
2.薄の穂にも怯ず(すすきのほにもおず)
「薄の穂にも怯ず」は薄の穂のようなものでも怖がってしまうという意味のことわざです。「落ち武者は薄の穂に怖ず」とかなり似たニュアンスといえるでしょう。語尾の部分だけ微妙に違う「薄の穂にも怖じる」という言い方をすることもあります。意味はまったく一緒です。
室町時代末から近世にかけて書かれた、最古の狂言の台本とされている虎明本狂言『腥物』の中に「をちうとは、すすきのほにもおづると申が、いかひめにあふて御ざる所で、おくびゃう風がたってござる」という一節があります。
「薄」と団子を十五夜にお供えする理由
十五夜に「薄」と団子を供えるのは、神様に対して秋の収穫の感謝をし、次の年の豊穣を願うためです。団子は満月を表しており、「薄」を稲穂に模して飾りました。本物の稲穂を飾らないのは、稲穂がまだ実る前の季節であるからです。
また、魔除けとして「薄」を供えたとの説もあります。「薄」は神様の宿るところと信じられていたからです。茎の内部が空洞になっているので、その中に神様が訪れるという発想でしょう。また、「薄」の鋭角的な切り口が魔を避けるお守りになるとされていました。
「薄」という漢字を使った語句3つ
「薄」という漢字を「すすき」という読み方を使った場合の語句を3つ、ご紹介しましょう。「旗薄」「春薄」「花薄」の3つです。いずれも古くから使われており、「薄」の状態を表すか、「薄」にたとえる言葉として使われています。
「薄」という植物は美しい花が咲くわけではありませんが、古くから趣のある植物として親しまれてきたことが、こうした語句が生まれたことからもうかがえます。
1.旗薄(はたすすき)
「旗薄」とは、長い穂が旗のように風によって揺れている「薄」の状態を表す言葉です。この言葉は万葉集の中にも登場しています。「玉かぎる夕さり来ればみ雪ふる阿騎の大野に旗須為寸(はたすすき)しのをおしなべ」という句が有名です。
万葉集の中には「はたすすき」の他に「はだすすき」という言葉が登場する句もあります。はだすすきはまだ穂が出る前の皮をかぶった状態のすすきを指しているのではないか、との説が有力です。
2.春薄(はるすすき)
「春薄」とは柳のことです。「薄」は秋に花穂をつけますが、柳が「薄」に似ていることから「春薄」という別名がつけられました。柳はヤナギ科ヤナギ属の落葉樹の総称で、一般的に湿地に多く生えています。
主に早春になると、花が穂状になって咲き、その状態が「薄」に似ていることから、この呼び名がつきました。柳には多様な種類がありますが、柳という場合にはネコヤナギを指すことが多いようです。
3.花薄(はなすすき)
「花薄」とは穂が出た状態の「薄」のことです。風になびく「花薄」を人が手を振っている様子にたとえることもあります。江戸時代の俳諧師、向井去来が詠んだ「君が手もまじるなるべし花芒(はなすすき)」という句は、わかれをおしんで手を振る「君」と「花薄」の様子を重ねたものです。
この他にも「花薄」はかさねの色目(平安時代以降、公家社会に行われた衣服の表地と裏地、また衣服を重ねて着たときの色の取り合わせの種目)を表す言葉としても使われています。表は白で裏は薄縹(うすはなだ)というくすんだ水色です。
「薄」の意味と読み方を知って正しく使おう
「薄」は秋を代表するイネ科の多年草の名前で、「すすき」と読みます。薄は「はく」「うす」という読み方が一般的ですが、漢字一文字で薄と書く場合には植物のすすきを表していると覚えておくといいでしよう。
「薄」は古くから趣のある植物として日本人に親しまれており、万葉集の中でも「薄」が数多く登場しています。「尾花」と呼ばれることもあります。「薄」の意味と読み方を知って、正しい使い方をしてください。
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