「行雲流水」の意味を知ると人生こんなにも楽になる?自然のままに生きること | Domani

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2021.11.15

「行雲流水」とはどんな意味?日常でもビジネスでも使える四字熟語

「行雲流水」とは、他の力に逆らわずに成り行きに任せるさまを意味します。理想的な生き方を示す際にも用いられ、座右の銘としてもよく挙げられる言葉です。「行雲流水」の意味や例文、類語、使い方などを分かりやすく解説します。人生の教訓となる言葉に出会えるかもしれません。

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「行雲流水」は成り行きまかせで逆らわないこと

「行雲流水」はよく見る漢字で構成されていますが、読み方は「ぎょううんりゅうすい」ではありませんので、注意が必要です。

正解は…「こううんりゅうすい」でした!

「行雲流水」という言葉は、「行く雲」と「流れる水」で成り立っています。逆らうことなく、雲や水が流れていく自然の情景が思い浮かんだ方も多いのではないでしょうか。「行雲流水」の意味は下記の通りです。

空を行く雲と流れる水。物事に執着せず、淡々として自然の成り行きに任せて行動することのたとえ。

「行雲流水」は物事に拘らず、自然の成り行きに任せて生きる様子を描写する時にも使われます。日々の喧騒から離れ、リラックスできる落ち着いた生活は、まさに「行雲流水」な生き方といえるでしょう。

行雲流水四字熟語意味読み方類語使い方例文

「行雲流水」の語源は中国の書物「謝民師推官与書」

「行雲流水」は中国から伝わってきた四字熟語です。「行雲流水」という言葉は、11世紀後半の北宋で活躍した、作詞家である蘇軾(そしょく)が残した『謝民師推官与書(しゃんみんしすいかんに与うるの書)』で確認されています。この書物の中で、蘇軾は文を成す極意として「行雲流水」を語っています。つまり、文章には始めから決められた形はなく、自然の成り行きにまかせ、心の思うままに筆を走らせていくことで、良い文章が生まれるということです。

「行雲流水」の類語は「虚心坦懐」「雲煙過眼」「天衣無縫」

「行雲流水」の類語として、次の3つの言葉を紹介します。

・「虚心坦懐(きょしんたんかい)」:先入観を持たないこと
・「雲煙過眼(うんえんかがん)」:物事に執着しないこと
・「天衣無縫(てんいむほう)」:ありのままで自然なこと

どの言葉も「行雲流水」と共通した意味を持ち、自然でありのままの状態や、執着心や先入観を持たない状態を表します。

行雲流水四字熟語意味読み方類語使い方例文

「虚心坦懐」とは先入観を持たないこと

「虚心坦懐」とは、心にわだかまりや先入観を持たずに、平静にさっぱりした気持ちで何かに取り組むこと、またはその姿を意味します。「虚心坦懐」はビジネスの場において、わだかまりや先入観なく臨む気持ちを表明する際に用いられることも。普段の生活の中では、あまり出会うことが少ない言葉かもしれません。

「雲煙過眼」とは物事に執着しないこと

「雲煙過眼」の意味は、物事に深く心を留めることなく、執着心を持たないことです。漢字の構成は、雲とかすみを意味する「雲煙」と、目の前を通り過ぎていくことを表す「過眼」が組み合わさって出来ています。「雲煙過眼」は主に人の精神状態を指す言葉として使われ、執着心に囚われずに精神が安定している状態を指します。

「天衣無縫」とはありのままで自然なこと

「天衣無縫」は人の性格が自然で無邪気な様子や、詩や文章が自然でありながら美しい様子を表します。どちらの場合の美しさも、作られたものでなく自然な美しさであることが共通しています。また、「天衣無縫」は外部の視線を気にしすぎず、自分のありのままの姿で勝負するという意味で、座右の銘としてもよく挙げられる言葉です。

今日から使える「行雲流水」の会話例文6つ

「行雲流水」は物事に執着せず、ありのままを受け入れる人間性について話す際によく用いられる言葉です。また、「行雲流水」は心得や座右の銘としても人気があるため、誰かを諭すような時に使われることも。まだ使ったことがないという人は早速今日から使えるよう、例文をもとに理解しておきましょう。「行雲流水」が使えるシーンを、ビジネスシーン編と日常編に分けて紹介します。

行雲流水四字熟語意味読み方類語使い方例文

ビジネスシーン編

ビジネスシーンにおける「行雲流水」の使い方の特徴は、誰かにアドバイスをしたり、誰かを賞賛したりする場合に用いられることです。

・彼女の提供するサービスは相手に合わせて形や有り方を変える、とても行雲流水な人だ。
・仕事が行き詰る事はよくあること。そんな時は行雲流水で、肩の荷を下ろしてみるといいよ。
・行雲流水。こだわり過ぎずに進めば、きっと何かが見えてくるはずだよ。

日常編

日常生活でもビジネスシーンと同様に、人の性格を説明したり、格言として用いたりといった用法が多くされています。また、自分の意見が無く周りに流されている人を「行雲流水な人」と表現するような、マイナスな意味を持たせた使い方もされているようです。

・社会人になったら、周りと上手くやっていくためにも行雲流水を心掛けよう。
・彼はとても行雲流水なので、なかなか意見がまとまらず振り回されている。
・行雲流水な彼女は、莫大な富を得たにも関わらず、以前と変わらない暮らしをしているらしい。

「行雲流水」を生活に取り入れる2つの禅的心得

「行雲流水」としばしば関連付けて語られるのが、利己的な考えを捨て、穏やかに暮らすことを目指している禅の考え方です。禅の修行者は「雲水」と呼ばれ、その由来は流れる雲や水と同じく、1カ所にとどまらずに諸国を渡り歩く、行雲流水な禅僧の姿から来ています。次の2つの心得を知る事で、行雲流水な生き方に近づけるはずです。

・利己的な考えを捨てる
・足るを知る

行雲流水四字熟語意味読み方類語使い方例文

利己的な考えを捨てる

禅の考えには、自分よりも他の人の立場になって物を考える「慈しみ」の心があります。人はひとりで生きているのではなく周りの人と繋がり合って生きているため、自分の考えや利益に固執してしまうと、身動きが取りづらくなってしまいます。「行雲流水」に通じる「慈しみ」の気持ちを持って、周りの人と調和することで、最終的には自分の心の豊かさを育むことができるのです。

足るを知る

「吾唯知足」は、京都の龍安寺にある石の手水鉢に刻まれた禅の言葉で、「あなたが必要なものは、もう既に持っている」という意味です。人はどうしても足りない部分に目が行きがちですが、まずはどれだけ自分が満ち足りた状態にあるのか、知る事から始めなくてはなりません。自分が持っているものに感謝する気持ちが持てれば、自然と物事のありのままを受け入れる余裕が生まれるはずです。

「行雲流水」を意識した余裕のある生活をしよう

「行雲流水」は逆らわずに、自然に任せることを意味します。座右の銘や心得として用いられたり、人の性格を表す時に使われたりします。紹介した例文をヒントに、ビジネスシーンや日常生活の中でも「行雲流水」をぜひ使ってみてください。また、禅には「行雲流水」に通じる考え方があるといわれます。「行雲流水」という言葉の持つ意味を理解し、自分の今の状況を見直すことで、周りを思いやる気持ちや余裕が生まれることでしょう。

行雲流水四字熟語意味読み方類語使い方例文

(引用全て〈小学舘 デジタル大辞泉〉より)

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