13種類のぶどう品種が使われた複雑な香り
2022年、新たな年の幕開け。今年のお正月は、少しずつかつての日常が戻りつつある人も多いかもしれません。
そんな時間を過ごせることへの寿ぎと喜び、感謝の気持ちとともに飲みたいのが、フランス・アルザス地方のドメーヌ・マルセル・ダイスのワイン「アルザス・コンプランタシオン」です。
▲ ぶどう品種が書かれていない、一度見たら忘れない印象的なラベル。
輝きのある、魅力的な黄金色。白い花やジャスミン、柑橘系果物、ライチやバラ、スパイシーさなど、さまざまな香りの要素が、まるで折り重なるように顔を出してきます。ほんのりとした甘みや旨みもありながら、味わいの筋は多くのミネラルに支えられているため決して重くなく、最後にはわずかな塩味も感じられます。
お正月のお節には、甘く味つけした根菜や卵焼き、昆布巻や合鴨スモークなど、さまざまな味が混在しています。このワインなら、どの料理もきっちりと受け止めてくれることでしょう。
▲ 甘さや苦み、旨みなどいろんな味が混在しているお節と合わせて。
このワインが複雑性ある香りや味わいに満ちているのは、なんと13種類ものぶどう品種がブレンドされているから。
リースリング、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ピノ・ブラン、ピノ・オークセロワ、ピノ・ブーロ、ゲヴュルツトラミネール、トラミネール、ミュスカ、ミュスカ・ア・プティ・グラン、シルヴァネール、シャスラ、ローズ・ダルザス。その13種類すべてをひとつの畑に植えて一緒に収穫、そして醸造するのです。
ワイン法をも覆した革命的生産者
ドメーヌ・マルセル・ダイスは、まぎれもなく現代のアルザスワインの頂点に立つ生産者のひとりです。現当主ジャン・ミッシェルはワイン法をも覆してしまった革命的生産者として知られています。
ヨーロッパのほとんどの地域とは違って、アルザスは伝統的にぶどう品種の個性を大事にしようと品種のブレンドを行ってきませんでした。「リースリング」「ピノ・グリ」など、単一のぶどう品種の名前がラベルに記載されているのを見たことのある人もきっといることでしょう。
けれど、ジャン・ミッシェルはそこに疑問を持ちます。それは、ある幸福な偶然から起きたことでした。
▲ ジャン・ミッシェル・ダイスは1998年から有機農法ビオディナミを実践。
さまざまなぶどう品種を無秩序に畑に植える
1984年、亡くなったぶどう栽培農家から、ジャン・ミッシェルはシェーネンブールという特級畑を受け継ぎます。
まもなく彼は、そこに多くのぶどう品種が一緒に植えられている事実に気づきます。「ぶどうは非常に素朴で、非常に興味深く、非常に質が高くて、見事に全体の調和が取れていました。太古の地殻変動によりできたアルザスの土壌は、とても多様で複雑です。その土壌の個性や魅力=テロワールを表すには、多くのぶどう品種が混在していることが重要だとわかったのです。
たとえるなら、ひとつのぶどう品種だけを畑に植えるのは、たったひとつの音節で詩を書こうとするのと同じです」
じつはそういった混植の栽培法は、近代化農法以前のアルザスでは、普通に行われていたことでした。
▲ 木の密植率を上げて互いに「競争」させることで質のよいぶどうを収穫。
1990年、もともと持っていた自らの特級畑ベルクハイムからジャン・ミッシェルは変革を行います。
「さまざまなぶどう品種を無秩序に混ぜ合わせて、無秩序に植えました」。そして2000年からはラベルにぶどう品種を記さず、畑の名前のみを書くようになります。
当時、アルザスの特級畑のワインはぶどう品種をラベルに載せないのは違法とされていましたし、その試みは「冒涜」とすら言われて、多くの反発を招きました。けれどジャン・ミッシェルはワイン法を担う組織に異議を申し立て、ついにはその法律をも変えてしまったのです。
以来、テロワールを重視する考え方は、アルザスの生産者のあいだに少しずつ浸透して現在に至ります。まさに、アルザスワインそのもののあり方、概念を変えてしまったと言っても過言ではないでしょう。
▲ アルザスではフードル (大樽) でワインを醸造するのが伝統。
現在もなおジャン・ミッシェルは古代のぶどう品種を復活させたりなどの挑戦を続けています。
新しい年を迎えて、新たな抱負と希望を胸に抱くとき、これほど飲むにふさわしいワインもないでしょう。
ぜひ大切な人と、大切な時間を、このワインとともに過ごしてくださいね。
Domaine Marcel Deiss ドメーヌ・マルセル・ダイス「アルザス・コンプランタシオン 2019」¥4,180 (税込・参考小売価格)
問 ヌーヴェル・セレクション 03・5957・1955
ライター
鳥海 美奈子
共著にガン終末期の夫婦の形を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、ワイン記事を執筆。著書にフランス料理とワインのマリアージュを題材にした『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)がある。雑誌『サライ』(小学館)のWEBで「日本ワイン生産者の肖像」連載中。ワインホームパーティも大好き。