「貴方」とは?
普段の生活で相手を呼びかける際、「貴方」という言葉を使用することはあまりないかもしれませんね。「貴方」に含まれる「貴」という漢字から、「貴族」や「身分が高い」というようなイメージが強く、「目上の人に対して使用できる言葉」と認識している方も多いのではないでしょうか?
「貴方」とは、「自分と同じもしくは目下の人間」を呼びかける際に使用する言葉です。元々は、尊敬の意が込められていて、主に目上の相手に対して使用する言葉でした。しかし、現在では尊敬の意味は薄れつつあります。明治時代以降は、主に関西で親愛な間柄で使われるようになり、「貴方」は「あんさん」のような親しみやすい呼び方に姿を変えて、長く使用されてきました。
「貴方」の言葉の由来は?
「貴方」という言葉の語源は「彼方」から来ているとされています。「彼方」は「かなた」や「あちら」と読み、元々今と同じ意味の言葉で「向こう側」や「遠く離れている」等の場所を示すものでした。
その後、同等もしくは目上の人を指す際に「あちらの方」や「あの方」としても使用されはじめ、近世中期には目上の人を指す「貴方(あなた)」としての使用方法が生まれたとされています。
「貴方」の読み方を解説
「貴方」という文字を見かけたら、多くの人は「あなた」と読むのではないでしょうか? しかし、実は別の読み方をすることもでき、読み方によって意味が異なる言葉なのです。
「貴方」には以下の2通りの読み方と意味が存在します。それぞれの読み方によって意味が異なるので、使用の際には注意が必要です。
1:「あなた」
「あなた」とは、自分と同等または目下の相手に対して、軽い敬意を込めて使用する二人称代名詞になります。古今和歌集でも「あなた」という記述が見られることから、長い歴史があることがうかがえますね。
あ‐な‐た【貴=方】
[代]《「彼方 (あなた) 」から》二人称の人代名詞。
1 対等または目下の者に対して、丁寧に、または親しみをこめていう。「—の考えを教えてください」
2 妻が夫に対して、軽い敬意や親しみをこめていう。「—、今日のお帰りは何時ですか」
[補説]現代語では敬意の程度は低く、学生が先生に、また若者が年配者に対して用いるのは好ましくない。「貴男」「貴女」と書くこともある。
『デジタル大辞泉』(小学館)より引用
2:「きほう」
「きほう」とは、敬意を持って住所や住居を指す言葉です。その他には二人称代名詞として、主に男性が同等の相手を呼ぶ際の敬称としても使用されています。現在は、口頭ではなく主に文書で使用されるケースが多いでしょう。
き‐ほう〔‐ハウ〕【貴方】
[名]相手を敬って、その住所・住居をいう語。
[代]二人称の人代名詞。男性が同等の相手を敬っていう語。現在では、多く文書などで用いられる。貴君。
「貴方」の尊敬語
「貴方」はその漢字から一見、丁寧そうな印象を与えます。しかし、上記で述べたように「貴方」は目上の方に使用するにはふさわしいとは言いがたい言葉です。実際、ビジネスでのメールなどでは「貴方」以外の言葉を見かけることの方が多いのではないでしょうか?
ここでは、目上の人に使用できる「貴方」の尊敬語を4種類紹介します。
1:貴下(きか)
「貴下」は自分と同じ立場の人や目下の相手に対して、尊敬の気持ちを込めて使われる言葉です。平安後期の巻物である『明衡往来(めいごうおうらい)』という男性用の手紙の文例集に「貴下」の記載があり、この頃から既に使用されていたことが分かります。
2:貴殿(きでん)
「貴殿」は自分と同等、または目上の人(主に男性に向けて)使用される言葉になります。「殿」という漢字が用いられていることから想像できるように、「男性が男性に使用する言葉」であり、女性相手に使用するのはNGです。
「貴殿」は口語というよりも、主に手紙やメールなどの文書で使用します。文書の冒頭のみならず、結びの挨拶に使用されることも多いようです。
「貴殿」はある特定の人物を指す表現になるので、取引先の会社全体の通知の際など、大勢の人へ向けた書面で使用するなら「貴殿方」や「各位」を用いるのが望ましいでしょう。
3:貴女(きじょ)
「貴女」は、自分と同等もしくはそれ以上である女性に敬意を込めて使用する言葉。古くは「ぎじょ」とも呼ばれており、主に手紙などの文書で用いられていました。
14世紀前半の『源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)』には「ぎじょ」と記載されており、この頃から身分の高い女性を指す時に用いられていたようですね。
4:貴方様(あなたさま)
「貴方様」は「貴方」の敬語表現です。対面や電話など「面識がない相手」に対して呼びかける際に使います。
大勢の相手に対しても使用することができますが、人によっては「貴方様と呼ばれるのは何だか不自然で大袈裟だ」と感じることもあるかもしれません。積極的には使用しなくてもいいでしょう。
特に、既に面識がある相手に対して使用すると、違和感を抱かせてしまう可能性が高いので使用は避けましょう。「貴方様」と呼ぶ代わりに名前に様を付けるか、役職を知っていれば役職名で呼ぶのが自然です。
「貴方」を使用した例文
なかなか普段の会話で「貴方」という言葉を使用する場面は少ないかもしれません。しかし、少し特別感やかしこまった演出をしたい時に取り入れてみるのはいかがでしょうか?
ここでは「貴方」を用いた例文を3つ紹介します。
1:「今夜の飲み会は、皆で貴方の労をねぎらいます」
自分のチームの部下が素晴らしい仕事をした際、飲み会で部下をねぎらう際に使することができるフレーズです。
部下であれば、普段名前で呼ぶことが多いでしょうが、あえて「貴方」と表記することでいい仕事をした部下に感謝と敬意を伝えることができそうですね。
2:「貴方任せにしていると、いいことばかりがふえる」
こちらは江戸時代中期の書『松翁道話』 に書かれている一文。人によって解釈は異なりますが、ここでの「貴方任せ」とは、「他力本願」や「成り行きに任せる」、「人に任せきりにすること」のような意味にとれます。
自力で努力するのももちろん素晴らしいことです。しかし、たまには人に頼ったり、流れに身を任せてみることで事態が好転することもありますよ。
3:「貴方、今日のご飯はどうしましょう」
ここでの「貴方」は夫のこと。昭和のドラマや映画などではよく見られる夫の名称です。最近の夫婦間ではあまり聞きなれない呼び方ですが、以前は妻が夫を呼ぶ際に、親しみや敬意を込めて使用されていました。
かなり古風な呼び方ですが、あえて冗談めかしてパートナーに使ってみてはいかがですか?
最後に
「貴方」は日頃から使い慣れている方でない限り、使用時の即座の判断が少々難しそうな印象です。相手を不快にさせないためにも、適切な場面でふさわしい相手に使用することが大切になりますね。
画像/(c)Adobe Stock