観る前の自分には戻れない。心を激しくゆさぶる映画『正欲』
「自分がどういう人間か、人に説明できなくて息ができなくなったことってありますか?」 そんな切実な台詞も衝撃的な映画『正欲』。家庭環境、性的指向、容姿など、様々に異なる背景を持つ人たちが、生きていくために模索する姿を描きます。
本作の主要キャラクターのひとり、桐生夏月を演じるのは新垣結衣さん。人には言えない「ある指向」をもつ夏月。そんな彼女と秘密を共有する同級生・佐々木佳道を磯村勇斗さんが演じます。夏月と佳道の複雑な心情を繊細に演じるおふたりに、お話を聞きました。
磯村さんがクランクインした日は「やっと会えた!」みたいな安心感があって、すごくうれしかった
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──おふたりが演じた夏月と佳道という人物に、どんな印象を受けましたか?
新垣さん:夏月は悲しいことを悲しいと感じて、うれしいことをうれしいと感じる本当に普通の人だと思います。ただ、とある指向を持っている事から「今生きている星には、どこにも自分の居場所がない気がする」…そんな重苦しさというか、常に身体のまわりに靄がかかったような生きづらさを抱えていて。その苦しさは、相当なものだろうと思いました。
磯村さん:佳道は誰にも助けてもらえずに、孤独や寂しさを抱えている人ですよね。夏月と同じく、ある指向を隠して、社会になんとか馴染もうとして生きている。だけど、やっぱり周りの人たちと流れる時間が違うというか。自分は社会から外れている…と諦めを抱えていたけれど、夏月と出会ったことで、ふたりは再生へと向かっていきます。
▲映画『正欲』より
──役柄に共感できる部分はありましたか。
新垣さん:私自身、ふとしたときに「生きづらいな」と感じたことはあります。ただ夏月の直面する状況に置かれたことはないので…ひたすら台本を読み込みましたね。
磯村さん:共感…というよりも、佳道を理解してあげたいな、という気持ちでした。「他人には理解できない感覚」って、僕も持っているし、おそらくみなさんにも何かしらあるものだと思うので。
──夏月と佳道の孤独を反映するように、物語前半は重苦しい空気が続きます。ですがふたりが手を取り合ったことで、だんだんと柔らかい表情が増えていきますよね。
磯村さん:そのシーンごとに佳道の気持ちを感じながら、演じていきましたね。
新垣さん:とにかく夏月の気持ちを想像しながら台本を読んでいたのですが、いざ現場でお芝居をするときは何も考えていなかったような気もします…。
磯村さん:(笑)。
新垣さん:その場で夏月がどう感じるか、どんな風に見えるか…頭で計算していたわけではなくて。夏月の気持ちを一生懸命考えていたら、お芝居では感覚のほうを大事にできたのかもしれません。
──夏月と佳道の気持ちがそのまま溢れていたんですね。
新垣さん:私が先にクランクインしていたので、撮影序盤は私ひとりのシーンが多かったんです。つねに夏月がひとりズーン…と落ちていて(笑)。本当にずっと(磯村さん演じる佳道が)はやく来ないかなと思っていましたし、磯村さんがクランクインした日は「やっと会えた!」みたいな安心感があって、すごくうれしかったです。
──まさに劇中のふたりの関係性を表しているようです。家族にも話せない秘密を共有する夏月と佳道ですが、ふたりの深い信頼関係ついてはどう思いますか?
新垣さん:(しみじみと)ふたりが出会えてよかったな、って。学生のときに目と目だけで繋がった瞬間──あれがあったから、佳道と再会するまで夏月は生きてこられたのだと思います。そんな人に出会えるって奇跡ですよね。
磯村さん:佳道にとって夏月は命の恩人ですよね。ある1本の線だけで深く繋がれるという感覚は、なかなか普段生活していても経験することができない。ふたりだけの特別な時間が、やっぱりあるんだと思います。