「やるべきなのにできない」を行動経済学で解決する〝ナッジ〟
誰しもちょっと時間が余った昼休みや、散歩の途中に、公園や広場のベンチに腰掛けたことがあると思います。そのとき、ベンチのデザインが自分が子供のころとは大きく変わっていることに気がつきませんか? 室内インテリアのような形や一見ベンチには見えないチューブ型のデザインと、なかなかスタイリッシュなものが増えています。 デザイン変更の理由は明確です。このタイプのベンチは長く座っていられない。ましてや寝っ転がるなんて不可能です。見た目を飾るためのデザインというよりは、ベンチを長時間占拠する人が出ないための工夫なのです。 禁止の貼り紙といった美観を損なう方法や、監視員による注意といったトラブルの元になりそうな手段ではなく、デザインで人の行動を変える仕組みはアーキテクチャ型権力とも呼ばれます。 このようなデザインやアーキテクチャを使った問題解決は、ビジネスや日常生活にも応用できそうですよね。
自分自身の行動に導入する際、もうひとつ鍵となるのがNudge(ナッジ)というコンセプトです。 行動経済学の研究から人の行動はちょっとした刺激やきっかけ(ナッジ)に大きく左右されるということが示されています。英国のコメディグループ、モンティ・パイソンのファンとしては「ちょんちょん」(〝Nudge nudge!〞という相手を促す台詞を吹き替えた名文句)と訳したいところですが、現時点では定番の訳語はありません。
自分自身でナッジを作ることで、目標を達成できる!?
コンビニのレジ前に足跡マークがついていることがあるのにお気づきですか? この足跡マークを見ると……誰から何を言われたわけではないのについついマークのついたところから順に並んでしまいますね。アーキテクチャとナッジの組み合わせには「命令された」「強制された」感覚なしに人を従わせる力があります。退会手続きをしないと自動的に課金が継続されていく携帯アプリなどもその応用例です。あなたのビジネスに応用できる強制ではない誘導手段はないものか一度真剣に議論してみても良いでしょう。 顧客としての私たちは企業側があの手この手で工夫するナッジに従わされない工夫が必要です。
一方、個人の生活の中では自分自身でナッジを作ることで、目標達成に近づくことができるかもしれません。 貯金にダイエット、英会話の学習から資格取得――私たちの生活の中には自分自身でやるべきだと思っているにもかかわらず実践できないことがたくさん。ほんのちょっとした工夫で良いのです。例えば、お風呂場の前に体重計を置きっぱなしにしてみてはどうでしょう……少し邪魔ですが、わざわざ体重計を取り出して計るよりも計測頻度が大幅に増えます(これは体験済みです)。英語上達のためには外国人が多いバーにボトルキープをするという方法だってあるかもしれません。 今私がいちばん欲しているナッジは本の執筆を毎日少しで良いので進める気にさせてくれる刺激・きっかけです。何かうまい方法を思いついたという方がいらっしゃいましたら、是非お知らせ下さい。
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経済学者
飯田泰之
1975年生まれ。エコノミスト、明治大学政治経済学部准教授、シノドスマネージング・ディレクター、内閣府規制改革推進会議委員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。わかりやすい解説で、報道番組のコメンテーターとしても活躍。
Domani9月号 新Domaniジャーナル「半径3メートルからの経済学」 より
本誌取材時スタッフ:構成/佐藤久美子