「ボルドーのしきたりを壊した」と評価される
有名シャトーがひしめくボルドー・メドック地区は、フランス人にとっての誇りの地。そこでいま、ひとりの日本人栽培醸造家のワインが注目されています。
内田修さんが立ち上げた、ドメーヌ・ウチダ。そのワイン「ミラクル」はきれいな淡い色調、飲むと赤い果実のアロマが口いっぱいに広がり、ジューシィで透明感があります。ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンのワインといえば濃くて重くて渋くて、というイメージを、鮮やかに覆してくれるのです。フランス現地の有名ワイン雑誌で「ボルドーのしきたりを壊した」と紹介されたのも、納得できてしまいます。
▲ 和紙を思わせる紙に、内田家の家紋が入ったラベル
初の渡仏から16年後に叶えた夢
「ボルドーのなかでもメドック地区の人々は誇り高く、それだけに排他的で、他国の人間がワイナリーを興すのは決して簡単ではありません。そんななか資金もない日本人が畑を借り、ガレージを改造した小さな醸造所でワインをゼロから造れたことは、まるで奇跡のように感じられます」
▲ ボルドーのエコール・デュ・ヴァンの講師も務めている
そう内田さんは、話します。高校生のときはオリンピック選手も排出した岡山の名門校・興譲館で陸上の選手として活躍。高校卒業後はより広い外の世界を見たいと、ボルドー大学第2大学醸造部(現ISVV)へと入学しました。とはいえ、そこにいた同級生はシャトーの跡継ぎばかり。差別を受けたこともたくさんあったといいます。
その後はワイナリーを興したいと考えたもののチャンスに恵まれず、一度帰国してワインのインポーターに勤めたことも。それでも夢を捨てきれずに、再び渡仏。知り合いの樽業者から「高齢で農業のできなくなった人がいる」と聞き、0.6haの小さなぶどう畑をようやく借りることができたのは2015年のこと。初の渡仏から、じつに16年もの歳月が経っていました。
▲ コロナ禍でも少しずつ、畑を大きくしている
「言葉の壁。人種の壁。思想の壁。異国では、誰に相談しても解決できないことが多く、ひとつひとつの問題に自分ひとりで向き合い、悩み、考えるしかありませんでした。ワインの醸造法もそうです。初ヴィンテージのワインを仕込むとき、手伝いに来てくれた現地の人たちはみな伝統的なボルドーのやり方をするべきだ、と言ったんです。でも僕は、ボルドー以外の他の産地のワインのことも知っていたので、ビオ(有機栽培)で育てた自分のぶどうには別の醸造法があうと考えていた。最善は尽くしたとの思いでしたが、それでも確信は持てず、実際に瓶詰めしたワインを飲むまでは不安ばかりの日々でした」
▲ 扉が壊れていた古いガレージを改造した初代のセラー
そのワインを、初めて試飲した直後。自然と口から出た言葉が、「ミラクルだ!」でした。自分が理想とするワインの姿が、確かにそこに存在していたから。「その後は涙が止まらなかった」。ワインの銘柄名「ミラクル」には、そんな内田さんの思いが込められています。
日本人ならではの繊細なワインを造る
和紙を思わせる風合いのラベルには、内田家の家紋も誇らしく描かれます。初ヴィンテージのワインはすぐに完売となり、その資金で畑や機械も少しずつ増やしていきました。
▲ 「漫画は日本の誇れる文化」と、裏ラベルには内田さんのイラストも
いまは畑も3haになり、より深化した有機農法ビオディナミでぶどうを栽培。当初はぼろぼろのガレージを利用して醸造を行っていましたが、今後、新たなカーヴも建設予定。「なにごとも一歩一歩です」と、現在の心境をそう語ります。
「繊細な感性を持つ日本人がワインを造ると、ミニマリズムのすばらしい作品が生まれる。ワインを通じて、それを広く世界に伝えていくのが僕の夢なんです」
▲ 「日本人としてのベースを大切にすることが真の国際人」と語る
内田さんの夢への挑戦は、まだまだその途上にあります。
DOMAINE UCHIDAドメーヌ・ウチダ「ミラクル 2019」 ¥8,800 (税込・参考小売価格)
※2020年のヴィンテージは年末発売予定
問 ワイナーズ JAPAN 0847・51・2949
ライター
鳥海 美奈子
共著にガン終末期の夫婦の形を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、ワイン記事を執筆。著書にフランス料理とワインのマリアージュを題材にした『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)がある。雑誌『サライ』(小学館)のWEBで「日本ワイン生産者の肖像」連載中。ワインホームパーティも大好き。