6分20秒で失われた17人の命。銃規制を巡る、アメリカの希望と陰
悲劇は偉大な人を作ります。植民地戦争、黒人差別、女性の抑圧、銃乱射事件。ぎりぎりのところで生き、失うことで、かけがえのない生命と自由の意味を知った人たちだからです。 2月14日、米南部フロリダ州パークランドのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で起きた銃乱射事件では、退学させられた元男子生徒のニコラス・クルーズ容疑者(19歳)が合法的に入手した半自動小銃をもって高校に押し入り、乱射して17人の生徒や職員を殺害し、他にも多くの人が傷を負いました。この事件の生存者(サバイバー)のひとりが、18歳のエマ・ゴンザレスさんでした。 エマさんは、追悼集会で、なぜ悲しみのときに銃規制を訴える集会を開かなければならないのか、と問いかけます。それは、大統領や政府が祈ったり思いやってくれるだけで、今回の犯罪で使われた銃を規制しようと動いてくれないからだと。
エマさんが全世界に運動家として知られるようになったのは「沈黙のスピーチ」によってでした。事件から1か月あまりの3月24日、全米の生徒たちが参加して、銃規制の強化を求める抗議デモを行いました。壇上に上がったエマさんは、犠牲者たちの名前を、彼らがもう学校に行くことも笑うこともできなくなった事実とともに読み上げ、そして黙りこみます。彼女が言葉に詰まったと思った支持者たちが、応援の声を上げたり、不安げに見守る中、しばらくしてアラームが鳴りました。それは壇上に上がってから6分20秒たったという印でした。エマさんたちはそれ程の長い時間銃乱射に晒され、そしてそれ程の短い時間で多くの人が死に、傷ついたのです。 実に雄弁な沈黙でした。命を守るために行動しようという、極めてシンプルだけれどもアメリカではなかなか実現しない訴えかけでした。
銃にこだわる保守派が根強く存在する米国社会。暴力的な行為が目立つ社会の実情。2016年の大統領選時、私が黒人人権運動BLM(黒人の命だって大切だの意)を取材した際も、デモに参加した黒人たちは銃犯罪の被害者やその家族であり、不当逮捕や警察による銃殺の被害者の家族でした。偏見と不信が存在するからこそ、各国が普通にできている再分配政策が通らず、貧困から抜け出せない。あるいは、不信や憎しみがあるとき、手に入れられやすい銃がそこに介在するからこそ悲劇が起きる。エマさんのような若い世代が、合理的に銃規制を訴え、力強く運動を率いていくことは、米国社会にとっての希望にほかなりません。
確かに、犯人のしたことは許されないけれども…
最後に、十分に語られていない問題にも焦点を当ててみたいと思います。悲劇が起きたのは、富裕な家庭の子弟が多く通い、算術や科学コンテストで輝かしい賞をとるような優秀な生徒が多い名門校。犯人のクルーズ容疑者は、孤立感を深め、学校では精神を病んでいる兆候があると記録されていました。変わった行動、遅刻などの規則違反、そして自分の頭を殴ったり、母親に掃除機を投げつけるなどの暴力的な傾向を周りも気づいていたにもかかわらず、根源的には救われないままでした。 彼の養母は昨年11月にひっそりと亡くなっています。自閉症と診断された彼はコミュニケーションがうまく取れず、それが孤立の原因となりました。養母はなんとか彼に「普通」の生活を送らせようと手を尽くしましたが、疲れ果てていました。
振り返ってみれば、彼の人生は障害に苦しみ、からかわれ、いじめられた苦しいものでした。一昨年には、ガールフレンドとの破局をめぐって喧嘩をし、そのころからナチスのシンボルを書くようになったと報じられています。YouTubeに学校で乱射事件を起こしたいという表明まで投稿していたといいます。こうしたすべての兆候がありながらも、昨年2月、銃を購入できたのです。 今回の悲劇は、銃規制の必要性を改めて深く認識させられました。同時に、私は殺人者となったクルーズ容疑者の人生を、どこかで救えなかったか、ということも忘れずにおきたいと、そう思うのです。
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国際政治学者
三浦瑠麗
1980年生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業。東大公共政策大学院修了。東大大学院法学政治学研究科修了。法学博士。現在は、東京大学政策ビジョン研究センター講師、青山学院大学兼任講師を務める傍ら、メディア出演多数。気鋭の論客として注目される。
Domani6月号 新Domaniジャーナル「優しさで読み解く国際政治」 より
本誌取材時スタッフ:イラスト/本田佳世 構成/佐藤久美子