柚香 光さんとご一緒した『花より男子』で演じることに対する姿勢や視点が変わった
前回の元花組娘役の音 くり寿(おと・くりす)さんからご紹介いただいたのは、同じ花組に所属し、2022年の『元禄バロックロック/The Fascination!』にて宝塚歌劇団を退団された男役の優波 慧(ゆうなみ・けい)さん。退団後は本名の吉田詩織(よしだ・しおり)さんに戻り、LOVELESS AOYAMAでショップスタッフとして働いています。
<音 くり寿さんのコメント>
在団中から、節目節目のお役で絡むことも多かったんです。優波さんが退団された『元禄バロックロック』では私がツナヨシという将軍役で、優波さんがヨシヤスという家来の役。稽古場ではずっとニコイチでいました。その前の小劇場公演『哀しみのコルドバ/Cool Beast!!』でも関係が深く、本当によくお話することが多かった。尊敬しているのはもちろん、ご縁の深いかた。今は新しい世界で活躍されていて、とってもおしゃれさんなんです。
退団後はメディア初登場という優波さん。「もうタカラヅカの男役ではないので」ということで、今回は吉田詩織さんとして出演していただきました。
写真をもっと見る吉田さんが退団されたのが2022年2月。12年間在団した宝塚歌劇団を卒業しようと思ったきっかけはなんでしたか?
吉田さん(以下敬称略):私はタカラヅカが大好きで、一度も「退団したい」という感情をもったことがなかったんです。それがうっすらと変わってきたのは、コロナ禍がきっかけではあります。宝塚歌劇だけでなくエンタメもなにもかもが止まってしまったとき、それでも普通に暮らせている状況を少し疑問に感じてしまったんですね。いつかは自分の意思で退団しなければならないと考え、年齢的にももうそろそろかもしれないと思いました。
タカラジェンヌにかぎらず、コロナ禍でふと立ち止まって改めて人生を考えた方が少なくなさそうですよね。
吉田:そうですね。私は、人生が「止まった」と思ったのが初めてだったんです。そこから2年後に退団すると決めました。
私はとても人見知りで、下級生になにかを教えるというより、自分が一所懸命やることでその背中を見てもらえたらというタイプだったんです。でも自分はたくさんの方にいろいろなことを教えていただき、ときには叱ってもらって育てていただいたので、その教えを自分でもきちんと下級生に伝えよう、それには2年くらいかかるかな…と思ったためです。
タカラヅカの男役になろうと思ったのはいつごろなんですか?
吉田:とても遅く、高校2年生のとき。小さいころからずっとバレエは続けていたんです。出身が中高一貫校なのですが、部活動に入るときに最初はテニス部にしようと思っていたんですよ、運動神経が悪いのに(笑)。たぶんカッコよかったんでしょうね。ところがテニス部が定員オーバーで入れず、なんとなくミュージカル部に入部したんです。女子校だったため男役が必要で、身長が高かったので自動的に男役になることに…。高校1年生の文化祭で『エリザベート』をやることになり、資料として初めて宝塚歌劇のDVDを観たんですね。それで「やばい!!」と大感動し、自分でいろいろ調べてチケットを取り、東京宝塚劇場に観に行ったのが最初でした。
そこから「タカラヅカに入りたい」ということにはならず、素敵だなぁと思って観ていただけなのですが、高校2年生の秋に部活動を引退し親に「これからどうするの?」と言われたときに「タカラヅカに入りたい」と。「無理でしょ」「どうしても入りたいです」と、なんか謎の自信をもって高校3年生の終わりに受験し合格したという奇跡の持ち主なんです(笑)
最後のチャンスですごい! ちなみにどなたのファンだったんですか?
吉田:瀬奈じゅん(せな・じゅん、元月組トップスター)さんと彩吹真央(あやぶき・まお、元雪組男役)さん、望海風斗(のぞみ・ふうと、元雪組トップスター)さんです。
望海さんの新人公演を観てファンレターを書いたらファンクラブ入会の案内をいただいたんです。そのときはもう受験を決めたので入らなかったのですが、もし不合格だったら望海さんのファンクラブに入って本格的に応援しようと決めていました。入団してから望海さんと同じ花組に配属されたという、大成功したオタクです(笑)
写真をもっと見る吉田さんはとてもバランスのいい男役さんで、場面場面を引き締めていた印象がありました。
吉田:場面に出ている中堅どころの男役の長、みたいな時期が長かったからかもしれないです。これが自分の勝負芸だ、というのはとくになくて。お芝居には苦手意識がありました。「セリフを間違えずに言わなければ」とか「完璧にやらなければ」という想いにとらわれていた気がします。
それが崩れたのが、入団10年目の『花より男子』のとき。舞台で自由に表現される柚香 光(ゆずか・れい、現花組トップスター)さんと一緒にお芝居をするようになって、世界を広げていただきました。団体芸なのでもちろん決められたことはやらなければならないのですが、肩の力を抜いて舞台に向かい、相手の息づかいを感じながら役を生きるというように変わりましたね。もちろん、お稽古で歌の音程もセリフも100%体に入れてからですが。そういう、舞台に立つ上でのポテンシャルを広げてくれたのが柚香さんでした。そこがターニングポイントだったんですね。
では、演じていて楽しかった役はやはりあの役ですか?
吉田:そうですね、やっぱり『花より男子』の美作あきら役ですね。それまでは「反省…!」という感情の方が大きく、初めて「楽しい」という感覚がありました。自分が舞台に立つ楽しみや喜びもありましたが、初めての方からもたくさんお手紙をいただいたのが『花より男子』のときで、「柚香さんの表情がとっても素敵で、それは優波さんが美作を演じてくれていたからだと思います」という声をいただいたのも大きかったです。
そのときに漠然と、「私がやりたかったのはこれだったんだな」と思ったんですよね。私自身を素敵だと言っていただけるのはもちろんありがたかったですが、自分の役柄や仕事が主役の方を輝かせるスポットライトのひとつになれたと初めて感じることができたのが美作だったから。それがすっごくうれしくて楽しかったです。
逆に、悩んだのはどの役でしたか?
吉田:だいたい苦労はしていたんですけど、聖乃あすか(せいの・あすか、花組男役)ちゃん主演のバウホール公演『PRINCE OF ROSES-王冠に導かれし男-』のグロスター公です。ものすごく悪い人なんですよ。私、けっこう愛にあふれた家庭で育ったので(笑)、愛情というものを知らないちょっと歪んだ人格が自分の引き出しになかったんです。結婚しているのに愛がないという役が難しくて…。せっかくかわいい奥さんがいるのに。とても悩んで苦労しましたが、やりきった感じはしています。
このときに相手役だった美羽 愛(みはね・あい、花組娘役)ちゃんとは、今でも仲よくさせてもらっています。あのときに初めて話したくらいで、お互いに超人見知りで「どうしよう…」という感じだったのですが、話してみたらめちゃくちゃ楽しかった。彼女といい人間関係を築けたことも含め、結果的には思い出深い作品になりました。
写真をもっと見る美羽さんとはけっこう学年が離れていますよね。
吉田:そうですね、8期違いますね。香盤が発表になり「ふたりは夫婦の役です」と言われても、お互いに目を合わさず(笑)。ふたりで出るのが1幕の最後くらいなのですがお稽古は頭からやっていたので、「話さなきゃ」と思いつつなかなかそのきっかけがなくて。話してみたら意外にも、人としての感覚や舞台に対する想いが似ていて居心地がよかったんです。今は、舞台でどんどん活躍している彼女を見守るお父さんのような気持ちです(笑)