「勝者の呪い」にかからない、期待外れを防ぐ、究極の方法
夏休みを楽しまれてますでしょうか? 中にはせっかくの休みに、大行列を我慢して行った店が、観光地が――思っていたほどではなかったという残念な経験をされた方もいるのでは? 私たちの日々の生活・買い物は「期待外れ」のリスクと隣り合わせです。なぜ私たちの期待は裏切られるのでしょう。 その大きな理由のひとつが「過大な期待」です。評判のラーメン屋さんが驚くほどおいしいと予想するからこそ行列に並ぶわけです。雑誌で紹介されていた服がものすごく自分に似合うと期待するからこそ、今月のランチ代を抑えてでも購入するのです。行列に並ぶ、高いお金を払うという行動自体がかなり高い期待を抱いていなければ実行されません。
結果、がんばって並んだり、苦労して費用を捻出したりしたのに残念な買い物を経験してしまいがちになるというわけです。 もっとも、期待外れを防ぐためにあまり過大な期待をもたないようにしましょう……なんてことをいうつもりはありません。時に無理をしてでも普段と違うことをするからこそ、すばらしいレストランや最高のアイテムに出会うことができるのですから。
これは日常的な買い物だけではなく、ビジネスについても同じです。さまざまな困難に耐え、時にプライベートを犠牲にしてでも仕事に注力するのは、「それによって得られる何か(昇級や出世、そして個人的な達成感など)」が支払うコスト(費用・負担)よりも大きいと思うが故です。 過大な期待をもたないと成功は得られないが、過大な期待は平均的には損をする――このようなジレンマを経済理論では「勝者の呪い(Winners’Curse)」と呼びます。 油田の採掘権オークション(入札)を例に説明しましょう。
投資家は油田から得られる利益について事前調査を行って入札額を決めます。そして、この油田から得られる利益について高額だという調査結果を(たまたま)得た投資家ほど高額での入札を行う――つまりは実際に落札して購入することになるわけです。100%確実な事前調査などあり得ません。そして、自分が得た調査の結果がライバルに比べて高いのか低いのかを入札前に知ることはできない。油田の本当の価値について楽観的すぎる人ほど落札する(オークションの勝者になる)可能性が高く、結果として期待外れ(という呪い)に終わる可能性も高いというわけです。 勝者の呪いを論理的に回避することはできません。しかし、少なくとも個人の買い物や仕事での勝者の呪いにはひとつだけ問題を緩和する魔法があります。それが個人の感情、思い込みです。 こんなに高かった服だから自分に似合っているはずだ、こんなに苦労したんだから今自分は幸せなはずだ――非論理的ではありますが、そう思い込める能力があるならば、勝者の呪いにかかることはありません。絶対的な、論理的な評価軸をもつことよりも、状況に応じた「思い込み能力」こそが、生活・ビジネスの成功のタネかもしれませんよ。
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経済学者
飯田泰之
1975年生まれ。エコノミスト、明治大学政治経済学部准教授、シノドスマネージング・ディレクター、内閣府規制改革推進会議委員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。わかりやすい解説で、報道番組のコメンテーターとしても活躍。
Domani7月号 新Domaniジャーナル「半径3メートルからの経済学」 より
本誌取材時スタッフ:構成/佐藤久美子