家事も仕事も、夫婦それぞれ得意なことをすればいい
――― 野口さんは23歳で結婚されて、ご夫婦は公私ともにパートナー関係ですよね。役割分担はどのようにされているんでしょうか?
夫と私は得意分野がまったく違うので、パズルのようにはまっている感覚です。たとえば、彼は持続力があって計画的だけど、私は瞬発力とコミュニケーションで進むタイプ。息子の勉強を計画的に進めるなら彼が見たほうがうまくいくし、新しい人と会うときは私を前に出してくれていいから!…という具合に適材適所で。
家事については、後片付けを夫に担当してもらっています。私が全部やっていた時期もあったのですが、結婚してから7年くらいはケンカもしょっちゅう。何より、もう疲れてとても片づけなんてできる状態ではなく。態度で「ムリだ!」と示したら、自然とやってくれるようになり、私がやるよりよっぽどきれいで素晴らしいです(笑)。
――― 性別ではなく、個性で役割を担う関係性が素敵ですね。夫婦で一緒にお仕事する上では、何か心がけていることはありますか?
仕事で意見がぶつかったらちょっと別室で話し合おうか、と距離をとりつつクールダウンします。でも、日ごろはお互いが違う相手とやりとりしているので、それぞれの発見を持ち寄って世界が広がるのは楽しいですね。最近は夫婦でビジネスをされている若い方が増えてきて、相談されることも多いです。話を聞いているとみなさん熱くて、それゆえ30代前半くらいまでは自分にも人にも完璧を求めてしまいがち。少し雑なくらいがちょうどいいのかなと思います。
ひとりで抱え込まずに見せる、人の手を借りる
――― 関わる人の多い立場ですが、どうやってスケジュールをやりくりされているのでしょう?
オンラインカレンダーで、子供の部活の予定などプライベートで確保したい時間帯以外はオープンにして、スタッフが予定を入れていきます。どのスタッフの案件でどなたが社にいらっしゃるのかも把握していますね。
朝からお昼すぎまでは、社内の打合せ。14時以降は、人と会ったり、市場調査に出かけたり、グループ企業の仕事をしたりと対外的な業務が中心。社長室はつくらず、みんなと同じフロアで働いています。「私たちは頑張っているのに、社長はどこで何してるの?」と不信感が生まれてしまわないよう、スケジュール面でも業績面でも、なるべくオープンに見せることを意識しています。
――― 5歳と13歳の息子さんも成長過程が見逃せない時期ですよね。40代になってから子育てにおける変化はありますか?
これは仕事とも通じるのですが、やめたのは、‶自分ひとりで抱え込むこと〟ですね。上の子のときは、できるだけ自分で育てたいという意識があり、出産して半年くらい休みました。母乳で育てて、保育園から呼び出しがあれば会社に早退すると連絡を入れて迎えに行って…。でも、下の子のときは1か月で仕事復帰。信頼するシッターさんに預けています。ふたりともある程度育ってきて感じるのは、「どちらでも大差ないんだな」ということ。むしろ下の子のほうが、成長が早いくらい。他人の手を借りてみて、自分の常識が世の常識じゃないと気づきましたし、子育て経験のあるみなさんのほうが知識も実体験もあるから学びになるんですよね。
食事も以前は朝昼晩と全部自分で作っていたのですが、話題の家事代行サービスに登録して料理の作りおきをお願いしたら、子どもたちとの時間にグッとゆとりができました。もう数年、同じ方が来て助けてくださっています。両親も「プロにやってもらえるなら、ぜひお願いしたらいい」というスタンスなので、気兼ねなく頼めています。
上司が深刻そうにしていたら、スタッフもつらい
――― 多忙な日常で、ご自身のメンテナンスは何か意識されていますか?
運動は苦手でジムで少し動くくらいですが、睡眠はしっかりとりますね。以前は数字に追われて眠れないこともあったんです。でも、考えても寝ても、朝になって物事が変わってるわけじゃない。だったら体力温存のために寝たほうがいいな、と眠れるようになりました。
頭痛もちなので、疲れ果てたときは携帯も全部オフにして、好きなアロマと音楽をセットしてからお風呂へ。戻ってリビングのドアを開けた瞬間にぜんぶがご褒美!…という演出をします(笑)。ひとりになりたいときは、子供を夫に連れ出してもらって一日だけ自分の時間をつくる。詰まりきってどうにもできないときがあるので、自分を解放する作業は必要ですね。
――― 定期的に解放することで、お仕事にもいい影響が?
上司が深刻そうにしていたらスタッフもつらいと思うので、やっぱり楽しそうに仕事することは大事。仕事を辞めたいなと思う瞬間はもちろんあります。でも、会社のみんなと話していれば楽しいし、頼ってくれるとうれしいんです。
上の子を産んだ直後、数か月休んでいたころは人と接しない孤独が大きくて。一日中パジャマ姿でおっぱいをあげて、おむつを替えて、寝かしつけて…をくり返す生活に、ちょっと気持ちが落ち込んでしまったんです。復帰後は、ひとりで電車に乗れただけで感動したおぼえがあります。朝起きて仕事が憂鬱だなと思っていても、会社に行って人に会えると一日あっという間。実は仕事や職場に生かされているんだなと感じます。
――― 変化する社会の中で、野口さんご自身が今後取り組んでみたいことはありますか?
洋服にかぎらず身の回りのもので、気持ちいい、身につけて幸せと感じられるものを提案していきたいですね。ファッションは、コロナ禍や震災のような災害時はどうしてもその存在意義を問われるものなのですが、いつも思い出すのは、私自身が産後うつ気味だったときのこと。母に「とにかくこの服を来て外に出なさい」と言われて出かけてみたら、ずっと暗かった世界が急にぱあーっと明るくなったんです。髪型や服などちょっとした身の回りの変化で女性は気持ちが変わるし、視野が広がったり、生活の糧になったり、ときには救われることもある。お金だけじゃない、心の充実で人生が違ったものになる…そんなきっかけになる仕事ができたらと思っています。
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株式会社アルページュ 代表取締役社長
野口麻衣子(のぐち・まいこ)
新卒で入社したアパレル企業で1年働いたのち、両親が創業したアルページュに入社。現在の『アプワイザーリッシェ』の前身ブランド立ち上げに携わり、マンションの一室から始まった同社が、5ブランド・300名近いスタッフを抱える企業に成長する一翼を担う。2008年に第1子、2016年に第2子を出産。2017年より現職。2020年には、心地よさをキーワードにした新ブランド「カデュネ(CADUNE)」をスタート。Instagram:@noguchimaiko125
撮影/眞板由起 構成/佐藤久美子