水泳経験のある東大生の割合は一般の2倍
東大生が、小学生のときに通っていた習い事ナンバー1が「水泳」だったというリサーチがあります。学生174人(文系・理系半々)への調査でその割合は驚きの60%ということでした(出典:『プレジデントムック 塾 習い事選び大百科2017完全保存版』)。
学力向上に直結しそうな塾より、スイミングスクールに通った子どものほうが、東大生では多数を占めているのです。
東大生に限らず、小学生全体の習い事でも「水泳」はトップでした。ただ、その割合は東大生の約半分。この差から「水泳には、東大合格を可能にする力を育てる」特性があるとも考えられそうです。
『プレジデントムック 塾 習い事選び大百科2017完全保存版』によると、東大生はインタビューで、水泳によって次のようなことが身についたと回答しています。
「いい意味で周りに対する競争心を持てるようになった。できて当然だという思考に持っていくことで常に(勉強・受験などにも)高い意識で向き合うことができた」
「自分に足りないことを徹底的に練習すること」
「忍耐強さ」
「集中力」
「忍耐力と自己分析力。(小学生時代に打ち込んだ)水泳とピアノはたいした成績を収めていませんが、練習は頑張りました。お風呂や食事のときに寝そうになるくらい頑張った。金メダリストの北島康介選手の泳ぎをビデオでよく分析していました」
「悔しくなったときに自分から解決方法を考え、人の想像を上回るくらい努力をして、負けた相手を負かす負けん気」
得た忍耐力や集中力が役に立つ
これらの回答から、水泳が直接的に知能のアップにつながっているというより、水泳で得た「忍耐力」や「集中力」が、勉強など人生のあらゆる場面で役立っていると言えそうです。
実際に私も水泳を小学4年生から高校生までほぼ毎日やっていたのですが、この時期はクラスの誰よりも「集中力」「目標設定力」「あきらめない力」はあったと自負しています。そしてこれらの力は、学校生活だけでなく人生のあらゆる場面で役立ってきました。
東京大学の深代千之教授は「勉強と運動とは相関関係にあり、疫学的に双方が関係しているというデータがある」と語っています。運動では「走る」「投げる」「打つ」「跳ぶ」などの色々な動作を脳に記憶させ、実際にスポーツを行う場面で引き出して使います。
勉強では、「数学」の応用問題などは、脳に記憶させたいくつかの公式の中から適切なものを引き出し、解を導きます。運動も勉強も、脳の働きはよく似ているのです。「運動は身体で行い、勉強は頭で行う」という固定観念は、子どもの可能性を潰してしまう恐れがあります。
また、全身運動である水泳では筋肉が鍛えられ、体力がつきますが、“体力がある人ほど学力が高い”という研究結果も多く出ています。
体力と学力には相関関係がある
アメリカのカリフォルニア州で、小・中・高校生約88万人を対象にした「体力」と「学力」の関係性を分析した研究が行われました。
その結果、年齢に関係なく、体力測定の成績が良い子どもほど、学力テストの成績も良い傾向にあることがわかりました。また、その関連性は男子より女子のほうが強いという結果も出ています。女子にはスポーツを習わせてあげると、学力が大きく上昇するかもしれません。
体力のある子どものほうが海馬が大きい
また、スウェーデンの小学校で「毎日体育の授業があるクラス」と「週2回体育の授業があるクラス」を比較した学力検証では、「毎日体育の授業があるクラス」のほうが、算数、国語、英語の成績が高いことがわかりました。
運動と学力の関係には、「海馬(かいば)」が大きく影響していると考えられています。
海馬は、日常の出来事や学習で覚えたことを整理整頓し、大脳皮質に保存する働きをします。短期記憶から長期記憶へ情報を伝える、記憶の中枢器官です。
この海馬の大きさも、体力のない子どもより体力のある子どものほうが、大きいということがわかっています。
米ハーバード大学で2012年に行われた、「若年期や青年期のデータから、老年期の人生の成功が予測できるか」についての研究もあります。
その結果、2つのデータから人生の成功が予測できることが導き出されました。1つは「幼年期の他者との良好な関係」で、もう1つは「青年期の体力」です。学生時代に体力があった人ほど、人生で成功をしていると結論づけられたのです。
スウェーデンのヨーテボリ大学で、120万人以上を対象に26年間かけて行われた研究でも、18歳のときに体力がある人は、大学に進学し学位を取得しやすく、いい職業にも就きやすいという研究結果が出ています。
体力をつけるのに水泳が最適な理由
どんな運動でも体力をつけることができますが、その中でも水泳は優れています。全身運動であるため、普段使用しない筋肉を鍛えることができるからです。
体の表面にある大きな筋肉だけでなく、姿勢や身体のバランスとインナーマッスルも同時に強化できます。インナーマッスルとは、姿勢保持筋とも呼ばれます。水泳は、陸上とは違い身体がどこにも接地していない状態で運動をするため、身体のバランスをとるための「インナーマッスル」が鍛えられるのです。それにより、身体が安定し大きなケガをしにくくなります。なので、その後どんなスポーツをするにしても、これは重宝します。また、単純に姿勢も良くなります。
水泳で小児喘息が改善することも
「陸上のスポーツは得意なのに、なぜか水泳が苦手」という人は、水中でバランスを取るトレーニングを行ってみてください。水に浮かんだ状態で、自分の身体をどれだけ自由に動かせるか、にチャレンジしていると、水泳で必要なインナーマッスルが強化されます。
「小児喘息があったので水泳をお医者さんに勧められた」と言って、水泳を習いにくる子どもも多くいます。
水泳は全身運動かつ呼吸に制限がかかるため、心肺機能を鍛えることができます。また、プールの中では水圧がかかり肺が小さくなるため、呼吸筋(横隔膜と肋骨の間にある肋間筋)が鍛えられます。これにより心肺機能が向上し、喘息の改善が期待できるのです。水泳をして小児喘息が治ったという事例はよくあります。
ミネソタ州のヘルスパートナーズ社が、労働者683人を対象に行った調査では、身体活動が高い人のほうが仕事の質の低下が起きにくいとわかりました。また、心肺機能が優れている人のほうが、仕事を行うにあたり無駄な努力が少ないと判明しました。つまり、体力のある人のほうが、仕事で良いパフォーマンスを発揮し続けられるし、そのための努力も少ないということです。
これは子どもだけでなく、仕事で結果を出したい大人にとっても、見逃せない調査結果です。運動習慣のない方は月に1回でも、子どもと一緒にスポーツを楽しむ時間をつくってみてはいかがでしょうか。
水泳教育者
菅原 優(すがわら ゆう)
水泳教育者。Swimmy(株)代表取締役。1987年、広島県生まれ。東京学芸大学教育学部生涯スポーツ専攻卒業。「水泳は子どもの生きる力を育む」をテーマに、14年間水泳指導を行う。スポーツ庁委託事業やクラウドファンディングにて、発達障がい児を対象とした水泳教室を開催。同時に東京学芸大学と発達障がい児の水泳に関する共同研究を実施する。映画『流浪の月』で水泳指導を担当。NHK大河ドラマ『いだてん』に出演するなど俳優としても活躍。NPO法人スーパーダディ協会に所属する、1児のパパでもある。著書に『子どもに必要な能力はすべて水泳で身につく』(かんき出版)がある。
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