story2 「教えて」作戦でエリート男の心をくすぐる
Profile
ユリさん(38歳・仮名)既婚・子どもひとり
職業/人材紹介会社のエグゼクティブヘッドハンティング
趣味/地ビールめぐり
住まい/東京都北区(2LDK、家賃19万円)
story1 エリート男との豪華挙式ドタキャンで800万が消えた
人を変えるのは難しい。なら、自分が変わる
「先輩、ビジネススクールのこと、もう少し詳しく教えてくれませんか?」
30歳直前で結婚をドタキャンし、1年間の廃人生活を経て、ようやく体を動かし始めたユリ。とはいっても、婚活に役立つお稽古ごとで毎日の予定を埋めて、なんとか寂しさを紛らわせていただけだったのだが。
そんなときに先輩から聞いたビジネススクールに興味をもったユリ。ランチタイムに先輩を会議室に引っ張り込み、お弁当を食べながら質問攻めにした。ちなみにお弁当は和食料理教室で習った山菜おこわだ。もちろん、先輩のぶんもユリがつくった。
先輩は、ホワイトボードを使って図を描きながら説明を始めた。
「これ、ピラミッドストラクチャー【※1】といって、自分で伝えたい主張とその根拠となる事実を図式化する手法なの。クライアントに提出する資料にも、使ったりするのよ。
ユリちゃん、自分のことに置き換えてみて。上司や先輩に自分がやりたいことが通らないと、『あの上司、現場のこと全然わかってないー』とか『先輩は私の意見にいつも反対ばっかり』なんてグチになっちゃうでしょ。でも、論理的に考えて相手の心を動かせるようになったらいいと思わない? 自分でその力をいけて、会社を変えていけたらいいと思わない?」
そう言われて、ユリはふと気がついた。
「人材採用の提案をするのが私の仕事。採用がうまく進まない企業に新しい提案をしてもなかなか受け入れられない。『あそこの経営者は考え方が古い!』『あの人事担当者は、いろいろ提案しても話が全然進まない!』。あー、もー。なんで、なんで。いつもそう思って、相手の批判ばかりしていたような気がします。もっと前向きに提案できるようになれたら、仕事がいいほうに変わるのではないかしら」
人を変えるのは難しい。仕事でも恋愛でも。だから、自分が変わるしかない。 先輩はこんな話もしてくれた。
「定食屋さんで行列ができていて、お店の人の対応がいまいちだったとき。普通なら、イライラしたり、この店ダメ~なんて言っちゃうわよね。それが、どうやったらこの店のオペレーションがうまくのかって考えるようになるの。
現場のアルバイトさんに『もっとテキパキやってよ!』って言っても限界がある。ユリだって時給750円で2倍働いてって言われてもイヤでしょ? そうではなく、ランチの時間帯はメニューを3つに絞ってあらかじめ作っておく、ということも考えられるわよね。これを計画生産といって、そうすればすぐにお客さんに出せるし、回転率を上げることができる。経営者も儲かるし、お客さんもハッピー。そう思わない?
否定をすることは誰でもできる。でも否定ばっかり文句ばっかりの人生ってつまんなくない? 自分ならどうするかな、こうしたら上手くいくかなって考えるほうが、人生すごく楽しいわよ」
目を輝かせる先輩の様子を見ながら、ユリは自分自身を振り返っていた。イライラしてばかりで、『こんなの、違うー!』って結婚式をドタキャンしてしまった1年前の自分。求めてばかりで、解決策の提案と関係の再構築にまで、考えが至らなかった自分。その後は何をやっても虚しくて、さびしかった自分。でも、それを解決するのは自分しかいない。考え方が変われば、自分も生まれ変われるかもしれない。大げさじゃなく、ユリはそう思った。
そして、先輩はランチタイムの最後にこう言った。
「ユリちゃん、もっと自由に考えてみてもいいんじゃない。あなたの人生なんだから」
その直後、ユリはビジネススクールの単科生【※2】として半年間受講。その後本科生となり、2年かけてMBAを取得する【※3】ことを決めた。そのときは、自分の思考回路を根本から変えたい思いが強かったが、人生をこれほどまで変えるとは、もちろん想像もしていなかった。
【※1】ピラミッドストラクチャー/理論を構造化する手法。問い・主張・根拠をピラミッド型で整理・図式化したもの。コンサルティングファームなどで、資料作成の際によく用いられる。
【※2】単科生/MBAプログラムを提供している大学院(ビジネススクール)の中には、本科生となる前に基本科目を1科目から先行して履修できる制度がある(単科生制度)。グロービス経営大学院、中央大学ビジネススクール、明治大学MBA、など全国の大学院で実施されており、多くの場合は単科生として取得した単位も大学院卒業に必要な単位として認められる。
【※3】MBAとは「Master of Business Administration」の略。日本では経営学修士と呼ばれる。資格ではなく「学位」であり、MBAプログラムを提供している大学院は、通称「ビジネススクール」と呼ばれており、主に社会人を対象にしている。
男を褒めて、アゲて、最後に落とす
「勉強が大変だということは、予想がついていました。私は4科目取っていたのですが、1科目ごとに10時間は事前に準備が必要です。各科目の授業が隔週でありましたので、ほぼ毎日準備やレポート作成で時間は埋まっていきます。そして授業の後は、クラスの仲間とデスカッションしたり、飲み会に流れたり。プライベートの飲み会も合コンも、そしてもちろんお稽古ごとも、まったく行かなくなりました。行く時間がなくなったんです。
私が好きだったのは、ボス・マネジメントの勉強。自分の上司を、しかもダメ上司を、どうやってマネジメントするかなんて、考えたことがありませんでしたから、目からウロコでした。ビジネススクールでは、たとえダメ上司でもその人の役に立てなければ自分が上がれない、という考え方です。フレームワーク【※4】を使って、その上司を満足させる方法、話を通す時手順、さらにその上の上司を活用する方法など、実戦的なことをディスカッションします。そうするうちに、クラスメイトとの関係もどんどん濃密になって、どんどん話が深くなっていく。どうしてかというと、みんながそれぞれ失敗体験を話したりしながら、飾らずに自分をさらけ出していくから、なんですよね」
ユリも、かつての上司のエピソードを題材にした。売り上げ業績を自分のもののように横取りしていった憎き課長。あのときは、イライラして、ぶつかりあいになって喧嘩別れのようになってしまったけれど、今思えば、謙虚な気持ちとか、組織づくりの視点とか、まったくもてなかった。もしそんな気持ちが自分にあったら、憎い課長のいいところも活用しつつ、大きな仕事を成し遂げることだってできたかもしれない。ビジネススクールの授業は、そんな自分の未熟さを気づかせてもくれた。
同世代の仲間と、どっぷりディスカッションして、お互いを高め合って、会ってないないときはFacebookでつながって。そうすると、自然発生的にいくつかのカップルが誕生してくる。誰も、恋愛目的で来ているわけではないのに。
「私が最初に好きになったのは、マーケティングのことを教えてくれた真也です。外食チェーンで働く真也は、一緒に街を歩きながら、人気店の行列を見ては、成功する店と失敗する店との違いを話してくれました。
ふたり目に好きになったのは、オペレーションの授業で一緒になった、メーカー管理職のタカシ。工場のラインでコストを削減して利益を増やすにはどうするか、いつも話していました」
そんな話を聞いている時、ユリは無意識に「へー!」「そうなんですね♡」「すごい真也くん!」「タカシの話、勉強になるー!」「ほぅー」と大げさなくらい、相づちを打つ。すると相手はどんどん、知識を披露してくれて、さらに「ユリもそれ、勉強したい」「せっかくだから、もっと教えて」「それってどういう意味?」となる。すると男性のほうは気分よくなる。どんどん話すし、そこからいつの間にか恋人に…。というパターンだ。
が、それはユリの恋愛が長続きしない原因でもあった。
「最初は、男性を褒めまくるし、教えてほしいから甘えたりもします。それが毎日続いて、だんだん私も知識がついてくるし、自分の意見ももつようになる。意見を言ってしまって、ぶつかってしまうこともあります。そうすると私、後に引きませんから、男性の顔色が変わるんです。さんざん男性をアゲた後、落とす。あー、またやってしまったわ。そう思いながら、私のほうから心が離れてしまうことが、多かったですね。やっぱり私、恋愛に向いてないのかしら」
(次回へ続く)
【※4】フレームワーク/ビジネス上の問題を解決する際に使われる、思考の枠組み。SWOT、3C、5フォースなどがあり、ビジネススクールでは多様される。
南 ゆかり
フリーエディター・ライター。『Domani』2/3月号ではワーママ10人にインタビュー。十人十色の生き方、ぜひ読んでください! ほかに、 Cancam.jpでは「インタビュー連載/ゆとり以上バリキャリ未満の女たち」、Oggi誌面では「お金に困らない女になる!」「この人に今、これが聞きたい!」など連載中。