生きている私たちと、亡くなった魂の境界線がどこにあるのか…
松原さんは事故物件に住み続け、多くの心霊スポットを訪ねています。霊がたくさんいる場所にいますが、「取り憑かれる」という経験はしたことがないと言います。
もしかすると、取り憑かれているのかもしれませんが、感覚が麻痺しているのかもしれません。だから、幽霊を身近に感じた経験はないのです。ただ、そういう経験を持つ方は多いですね。
知人の伊藤さんという男性は、15年前に警備会社に勤務しており、あるビルの改修工事に立ち会っていました。その日は仕事が早く終わり、退勤時間まで休憩室でテレビを見て時間をつぶします。
すると、カチャっとドアノブを回す音が聞こえました。伊藤さんは責任者が入ってきたのかと思い、立ちあがろうとするけれど、体が動かない。座ったまま金縛りのような状態になってしまったのです。
自分の体も動かないけれど、部屋の様子も全く動きがない。どういうことだろうかと不思議に思っていると、背後に人の気配を感じます。
「誰かがいる…」と確信した頃から、香水の匂いが漂い始めます。「女性がきたのか?」と思っていると、ゆっくりと後ろから誰かが近づいてくる。視界に長い髪の毛が入り込んできて、女性が自分の顔をのぞき込もうとしていることが手に取るようにわかったそうです。
その直後に再びカチャっとドアが開く音がした。その瞬間に金縛りはとけ、女性の姿はなくなりました。入ってきたのは、防災センターの責任者だったのです。
それから3年後、伊藤さんは職場の先輩と飲んだ帰り、自転車を押しながら帰宅すると、友人から「彼女できた?」とメールがきます。身に覚えがないので、メールを返す。すると友人は「声をかけようと思ったけれど、彼女と歩いていたから声をかけずにメールしたんだよ」と。
それからまた、3年の月日が流れます。伊藤さんは、左耳の調子が悪く、何かが詰まっているようにも感じていました。病院に行こうとするも、翌日は休日。「どうしようかな」と思いながら、いつの間にか眠ってしまいます。
ふと目が覚めて、電気を消そうと立ち上がると、体が動かない。そして、視界に黒くて長い髪の毛が入り込んできたのです。「あの時の女性だ」と、6年前の防災センターのことを思い出します。同じような香水の匂いが漂い、女性は伊藤さんの左耳に、フーフーと息を吹きかけて、伊藤さんはそのまま眠ってしまいます。
翌朝、目が覚めると、左耳の違和感がなくなっていました。伊藤さんは今でも時々、香水の匂いがふわっとすることがある。その度に「まだいるな」と思っていると言っていました。
幽霊に魅入られてしまったのかもしれませんし、守護霊のようなものが姿を現したのかもしれません。
そうかもしれませんね。僕はこれまでに、「守護霊の力が強い」とおっしゃる方に、何人もお会いしていますが、みなさん凄惨な経験をされている。大病したり、大事故に遭ったり、恋愛や職場などの人間関係で地獄を見ている方が多い。「守護霊の力が強いから生きている」と異口同音に言っていて、守護霊の力が強すぎるのも考えものだな…と。
でも、最近、「守護霊に守ってもらった」と言う方にもお会いしました。その女性は、お金持ちの男性たちが主催したクルーズパーティに招待され、おしゃれをして意気揚々と出かけました。しかし、彼女は駅を降りたところで、猛烈な腹痛に襲われる。七顛八倒の苦しみで、その場にしゃがみ込んで動けなくなってしまったそうです。耐えきれずに粗相もしてしまい、パーティどころではなく、欠席の連絡をします。
セレブ妻になるチャンスが消えたと、悔しくて泣きました。すると、後日、参加した友人から、「あの日、来なくて良かったよ」と連絡が入ります。
理由を聞くと、女性たちはお酒を飲まされて、男性たちからセクハラをされたり、暴言を受けたりしたそうです。友達は「クルーザーで逃げ場もないから、抵抗するのに必死だったよ。無事だったけどね。もう二度とクルーザーには乗らない」と苦笑いしていたそうです。
その時、女性は「守護霊が守ってくれたんだ」と直感。日々感謝して生きるようになります。それから10年以上の歳月が流れましたが、あの時ほどの腹痛は感じたことがないそうです。
なんらかの「足止め」や「虫の知らせ」は確かにあります。
そうなんですよね。でも、僕はそれをほとんど感じないんです。でも、事故物件に住み、心霊スポットを訪ね歩くうちに、生きている私たちと、亡くなった魂の境界線がどこにあるのか、強く意識するようになりました。今は「生きるとは、死ぬとはどういうことなのか」を考えつつ、日々を過ごしています。
そんな、松原さんの最新刊『恐い怪談』には、生きている人の狂気なのか、霊の仕業なのかわからない物語を100も収録しています。読むうちに、生死の境界線が曖昧になってきて、ふと見えない世界の扉が開いたような感覚に。そんな「旅」を味わってみるのもいいかもしれません。
松原タニシ著 1,650円 二見書房
“百怪談”を収録した実話怪談集。すべて“実話”という読み応えたっぷりの一冊です。事故物件怪談、間取り図、心霊写真、呪われた絵、心霊スポット、見たら死ぬ夢など、読み応えたっぷり。
二見書房:松原タニシ特設サイト
インタビュー
松原タニシ
1982 年兵庫県神戸市出身、松竹芸能所属のピン芸人。「事故物件住みます芸人」として活動。2012 年よりテレビ番組「北野誠のおまえら行くな。」(エンタメ~テレ)の企画により大阪で事故物件に住みはじめ、これまでに大阪、千葉、東京、沖縄、香川など 17 軒の事故物件に住む。事故物件で起きる不思議な話を中心に怪談イベントや怪談企画の番組など多数出演。著書に『事故物件怪談 恐い間取り』『異界探訪記 恐い旅』『恐い食べ物』(以上、二見書房)ほか多数。YouTubeチャンネル『松原タニシのぞわぞわチャンネル』も好評。
◆YouTubeチャンネル:『松原タニシのぞわぞわチャンネル』