落ちぶれたのは愚かだから? 言うは易く行うは難し、失敗の原因探し
大成功を収めた企業がなぜか没落していく、あんなに優秀だった人がいつのまにか時代に取り残される。過去の成功者がいつしか衰退していく――そんな風景を目にしたこと、少なくとも耳にしたことがある方は多いでしょう。その原因をデータから解明した『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』(伊神満・日経BP社)が話題となっています。
企業が成功を維持できないのはなぜか。その理由としてしばしば挙げられるのが、経営者の驕りや組織の硬直化といった要因です。しかし、愚かだったから、組織が古かったからという説明はちょっと「あと知恵」な気がしませんか? 大きく業績を落とした会社の過去の決断を丹念に調べれば、「ここが誤りだった」と思われるものが見つかるでしょう。「あのとき新製品を投入しなかったことが没落の原因だ」という結論が得られたとして、それは今後の教訓として役に立つでしょうか。現在の私たちがその会社の、業界の「その後」を知っているから言えることに過ぎないのではないでしょうか。 結論のネタばらしは避けておきます。結論以上に価値があるのは、この本で使われる経済学的な思考法です。経済学者はこのような問題を考える際、「愚かだったから失敗した」といった類いの説明を極力避けようとします。「失敗したのは愚かだったから」であり、「愚かだったから失敗した」では何の説明にもなっていません。
人はそれぞれ自分のできる範囲でなんとかより良い決断をしようと考えていることでしょう。少なくとも、事前に損するとわかっている選択をする人はいません。今から振り返ってみると誤りであっても、その当時はそれなりにまともな決断だと思われていたはずです。今後に役に立つ教訓を得るには、そのときの社長や担当者が、それを「正しい決断だ」と考えた理由を探る必要があります。 例えば、当時の社長にとっては10年後に向けて大きな研究費を投じるよりも、今年の利益を大きくしたほうが来年の退職金が増える――要は社長個人にとっては得な決断だったとわかれば、失敗の原因は長期的な会社の業績と社長の報酬が連動していなかったことにあるとわかります。
また、その時点の情報では新製品を導入しないほうが正しい選択であったとしたら――責められない失敗だったかもしれません。 この思考法はビジネス・プライベート問わず、自分自身の過去の失敗を振り返るときにも有効です。昔の自分はバカだったからなぁ……と愚痴るだけでは始まりません。完全無欠な人などいませんから、誰しもバカなところはあるものです。 むしろ、失敗が明らかになる前は、それが自分にとって有利な決断だと考えていたことを思い出しましょう。なぜそのとき、その「決断が正しい」と思われたのか。問題は自分の能力にあったのか、情報収集の誤りにあったのか、やむを得ない失敗だったのか? 意味ある原因を知ることなしに明日に向かって進むことはできないのです。
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経済学者
飯田泰之
1975年生まれ。エコノミスト、明治大学政治経済学部准教授、シノドスマネージング・ディレクター、内閣府規制改革推進会議委員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。わかりやすい解説で、報道番組のコメンテーターとしても活躍。
Domani10月号 新Domaniジャーナル「半径3メートルからの経済学」 より
本誌取材時スタッフ:構成/佐藤久美子