問題解決には「能力」よりも「多様性」
――前回は、1986年の男女雇用機会均等法以降、どのように女性を取り巻く労働環境が変わってきたか、グロービスの林 恭子さんのお話をご紹介しました。今回からは、働く現場のリアルな現状にフォーカス。「女性の活用」「多様性」のメリットを具体的に考えます。
お話のポイント
・日常的な買い物の意思決定権は約74%が女性
・ウーマン・エコノミクスに応える商品づくりに女性が不可欠
・多様性は問題解決の強力なツールになる
▲林 恭子さん グロービス 経営管理本部長 マネジング・ディレクター 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士課程前期修了(MBA)。米系電子機器メーカーのモトローラで、半導体、及び携帯電話端末のOEMに携わった後、ボストン・コンサルティング・グループへ。人事担当リーダーとしてプロフェッショナル・スタッフの採用、能力開発、リテンション・プログラム開発、ウィメンズ・イニシアチブ・コミッティ委員など、幅広く人材マネジメントを担当。
日常的な買い物の74%は女性が決定しているという現実
「育休後に復帰する人も、女性経営者の数も増えてはいるものの、どうも女性が働く環境は劇的に改善されない。どうしてなのでしょう。ふたつの原因を考えてみました。
ひとつは、トップを含むミドル以上の上層部がこの問題に取り組むときのスタンスです。残念ながら、女性の活躍推進というと『CSR的な課題で、やらないと世の中から怒られる』という方が多いのではないかと思います。まずはこの認識を改めてもらわないといけません。
そして当の女性ですが、『管理職になりたくない』という方たちがたくさんいらっしゃると聞きます。理由は『自信がない』『能力が足りてない』『大変そうで嫌だ』…と。これらの理由を、もう少し掘り下げてみる必要がありそうですね」
――ここで林さんから参加者へ、「女性を活用するメリットはなんだと思いますか?」という問いかけが。参加者からは、「顧客が女性だった場合はニーズを拾いやすい」「多様性が出る」「労働人口が減っていく中で、女性の労働力は必要」…などが挙がりました。
「そう、いいことが色々あるはずですよね。世界的な調査の結果では、『家計支出の約64%は女性が意思決定をしている(2008年ボストン・コンサルティング・グループ:BCG調査)そうです。この調査、日本の政府もやっていて、男女共同参画の平成24年の調査によると、『家庭における日常的な買い物の意思決定は74%が妻である』と。これは、みなさんもわかりますよね。今日何を食べるかは女性が決めているといっても不思議ではない。さらに、耐久消費財、家や車など大きなお金が動くものの意思決定も、実は76.8%は女性が意思決定を握っているそうです。それほど、経済における女性の影響力は大きいのです。
軽視できないウーマン・エコノミクス
「自動車メーカーの方も車の購買決定権は70%ほどが女性だとおっしゃっていました。『ウーマン・エコノミクス(※)』と呼ばれますが、それが前述のBCGの調査によれば推定20兆ドル(2008年)もになるのだそうです。これが数年内に28兆ドルになると想定されています。このものすごく大きなお金を、どうやって各企業が自分のところに流すことができるかを考えるとき、当然、購買意思決定者の気持ちがよくわかる人材が必要です。決定者である女性にアプローチできる人が商品企画や営業の重要なポジションをになったり、マーケティング施策をやったりすることが、ヒットにつながりやすいのは当然のことなのです。
※「ウーマン・エコノミクス」とは、就業する女性が増えることによって、企業活動の活性化や消費拡大効果が表れ、社会や経済が活性化するという考え方。「ウーマン」と「エコノミクス」を合わせた造語で「ウーマノミクス」ともいう。
女性を中心にした商品開発チームが、ヒット商品を生んできた例はたくさんあります。日産の『Note』、パナソニックの美容家電『ナノイー』シリーズ、サントリー『のんある気分』など。さらに、JR東日本が始めた『ecute』は、従来の通過するだけの駅ではなく、買い物やお茶をしたりという新しい滞在の試みがヒットしました。家と会社の往復だけのダークスーツを着てるおじさんではなく(笑)、女性リーダーによって実現したものです。これまでと違う経験をもっている人がプロジェクトに入り、新しいアイディアで成功させたという例ですね」
ダイバーシティは新発想を生む
「これこそが、ダイバーシティマネジメントのメリットです。ダイバーシティマネジメントにはふたつあって、そのひとつ表層的ダイバーシティはわかりやすく、人数や男女比などで表されるものですね。でも、もっと大事なのは深層的ダイバーシティです。プロダクト(商品)やプロセスのイノベーションにつながる部分。多様な考え方や経験などを許容し、そこから新発想が出てきたり多様なニーズに対応できる柔軟性が出てきたり、問題解決につながったり。表層的ダイバーシティが短期効果をもたらすのに対して、深層的ダイバーシティはイノベーション効果があり、長期効果をもたらすわけです。
『「多様な意見」はなぜ正しいのか』の著者であり学者のスコット・ペイジ氏の調査で、優秀な人ばかりのグループと、バラバラなバックグラウンドの人たちのグループを作って、様々な問題に対する解決策を考えてもらう、というものがありました。普通に考えると、優秀な人たちのグループが素晴らしい解決策を考えるだろうと思いますが、実はバラバラな人たちのグループのほうが、よりクリエイティブな解決策が出ることがわかったのです。
なぜならバラバラな人が集まるダイバーシティでは、様々な問題解決ツールを豊富に持つことができるからです。優秀な似た人たちばかりでは、グループなのにそこにひとりしかいないのと同じようなものになってしまいます。」
――「ダイバーシティ」という言葉を、気軽に、そして「平等」の象徴のように使っている今。その強みや社会へのメリットまでは、実はあまり考えが及んでいなかったのが現実かもしれません。多様性はイノベーション効果を生み、「問題解決の強力な要素」であるという事実を社会に広く浸透させることの重要さを教えていただきました。すると、その先の社会は…。次回は、企業と働く人に必要なことは何か、を林 恭子さんとともに考えます。
南 ゆかり
フリーエディター・ライター。10/5発売・後藤真希エッセイ『今の私は』も担当したので、よろしければそちらも読んでくださいね。CanCam.jpでは「インタビュー連載/ゆとり以上バリキャリ未満の女たち」、Oggi誌面では「お金に困らない女になる!」「この人に今、これが聞きたい!」など連載中。