○○保険を掛けてはいけない!? 保険の経済的役割と生活者心理
新年度を迎えた今、保険の見直しを考えている方も多いのではないでしょうか? 今、保険業界は大きな転換点を迎えています。日本の人口はすでに減少しつつある上に、損害保険業界の利益の6割を生み出しているといわれる自動車保険は大都市部の車離れによる売り上げの停滞に苦しんでいます。この状況の挽回を狙ってか、最近は新たなタイプの保険商品が急増しています。
「それほど高いものじゃないし」、「本契約のついでに」、「念のため」……ついつい増えてしまいがちな保険や特約。その損得を一概に決めるのは難しいのですが、経済的には明らかにお薦めできない保険もあります。 その代表が限度額の低い旅行の携行品保険です。旅行保険を掛ける際に数百円上乗せすると荷物の破損や盗難に30万円までの保証をしてくれるというおなじみのサービスですが、その何がいけないのでしょう?
まずは保険の大原則から。保険会社は、加入者から保険料を集め、保険事故(生命保険なら死亡、携行品保険なら盗難など)の発生に対して保険金を給付します。加入者が支払う保険料総額より、給付する保険金の総額が小さい――つまりは平均的には加入者が損で保険会社が得をするからこそ、保険というビジネスが成立しています。
「たった数百円の保険に入らなかった私はなんて馬鹿なんだろう」 と思いたくないために人は保険に入る
なぜ平均的には損なのに、私たちは保険に入るのでしょう。「交通事故を起こして数千万円の賠償を支払う必要が生じた」、「大病で長期の入院をせざるを得ない」といった不幸に見舞われたとき、その損失を自分自身や家族が急に負担するのは難しい。このような緊急時の保険の存在は、まさにプライスレスかもしれません。自分では対応できないリスクに備えるためにコストを支払う(平均的には損だが保険に加入する)というのが保険の経済的な役割です。
一方で、限度額30万円の携行品保険についてはどうでしょう? 多くの人にとって、30万円は自分で対応できない損失ではないでしょう。このタイプの保険は、保険金詐欺を働こうとか、あなたが特別に不注意でモノを盗まれやすいのでないならば損な賭け事です。ここでは携行品保険を悪者にしてしまいましたが、少額の満期祝金特約や家電の保証期間延長料など類似の特徴をもつ保険(的なサービス)は少なくありません。 このようなタイプの保険に入る人が多いのはなぜでしょう。第一の理由は一回あたりの支払いが少額であること。旅行や家電購入といった大きな支払いと同時に生じる数百円の費用は通常時よりはるかに小さく感じられる傾向があります。
もうひとつが、金銭的な損得よりも後悔回避を優先する姿勢です。両者が合わさって「たった数百円の保険に入らなかった私はなんて馬鹿なんだろう」と思いたくないがために人は携行品保険に入るのです。 見方を変えれば、保険以外のビジネスにおいても、〝小さな単価・後悔回避の組み合わせ〞は、お客さんに気分良くお金を払ってもらうためのヒントになるのではないでしょうか?
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経済学者
飯田泰之
1975年生まれ。エコノミスト、明治大学政治経済学部准教授、シノドスマネージング・ディレクター、内閣府規制改革推進会議委員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。わかりやすい解説で、報道番組のコメンテーターとしても活躍。
Domani5月号 新Domaniジャーナル「半径3メートルからの経済学」 より
本誌取材時スタッフ:構成/佐藤久美子