39歳にして人生で初めての就職を経験。SHIBUYA109のアパレルショップ店長や新橋の飲食店オーナーを経て、7年前に51歳で日本初のハンバーガーチェーン“ドムドムバーガー”の経営回復を託された藤﨑忍さん。アパレルショップ時代は5年間で年商が2倍超に成長し、店舗経営は1年で予約の取れない人気店となり2店舗目を出店。ドムドムフードサービスでは入社9カ月で社長に就任して、個性的なハンバーガーや異業種コラボ、ブランドロゴである“どむぞうくん”の商品化などのユニークな施策でファンづくりに成功して見事4年連続で黒字を達成。その手腕が注目される藤﨑さんに迫るべく、子供時代のお話から伺いました。
藤﨑さんの「女の時間割。」
Vol.1「女」時間〜ひとりの女性として仕事に向き合う時間〜 ←この記事
Vol.2「妻」時間〜妻として夫に向き合った思い出の時間〜
Vol.3「母」時間〜母として子どもに向き合う時間〜
スピンオフトーク
藤﨑 忍さん
株式会社ドムドムフードサービス代表取締役社長・58歳
藤﨑さんの「女」時間をClose up 12:00@Meeting Room
浅草オフィスで商品開発チームとミーティング
「商品開発チームのメンバー3~4人と私で、週に1、2回試食会のようなミーティングを行っています。日時は固定せずに必要なタイミングでスタッフから“社長、いい食材が入ったので来週どうですか?”と声をかけてもらってフレキシブルに実施します。スタッフや社員との会話で心がけているのは、否定から入らずに“肯定から入る”こと。“これ、どうでしょう?”と聞かれたら “うわっ、すごく美味しそう!”などと素直に反応できるマインドを大切にしています」
藤﨑さんの“オフィス”でのとある一日
6:30 起床、叔母、息子、孫の朝食づくり
7:15 叔母と朝食
7:30 息子と孫の朝食後、ふたりを見送り
8:30 身支度後、家を出る
9:00 仕事開始、メールチェックやスケジュールの確認
10:00 取締役会を始め複数の会議に出席
12:00 商品飲食開発ミーティング
14:00 オンラインを含め社内外でミーティング
18:00 仕事を終えて自宅へ
19:20 帰宅、叔母や孫と夕食
20:00 孫と入浴
21:00 孫を寝かしつけ
21:15 SNSやメールチェック、翌日の朝食や夕食準備など家事
22:00 息子が孫をピックアップ
25:00 就寝
誰とでも交流できる社交性や素直な心が育まれた子供時代
藤﨑さんのオフィスでの一日は朝10時の取締役会出席に始まって18時に退勤するまで、オンラインを含めた各種会議やミーティングで占められている。現在はドムドムフードサービスのほかに2つの企業の社外取締役を兼任し、経営者としての知見や経験はもちろん、人の心に働きかけてものごとを円滑に運ぶコミュニケーション能力やヒューマンスキルが問われるポジションにある。
「自分の今のポテンシャルを引き出してくれた背景には、人生の様々な局面で遭遇した出来事が影響していると思っています。そのいちばん根っこにあるベースは何かと聞かれたら、やはりコミュニケーション能力でしょうか。子供時代に人と話す力が自然に鍛えられるような家庭環境に育ったことはすごくありがたかったと思っています。
私は4人兄妹の3番目に生まれて下町の来客がバンバン来るような家で育ったんですね。母方は祖父の時代から地方政治家の家系で、煎餅屋と不動産業、損害保険の代理業も営んでいました。私たちの居住空間の階下にはそれらの事務所や店舗があったので両親は常に仕事で忙しく、来客がたえないにぎやかな家でした。私は夏休みに木工の課題が出たら、多忙なうえに工作が苦手そうな父ではなく、それが得意そうな近所のおじさんに自分で手助けをお願いに行けるような子供に育ちました。周囲の方たちも私たち兄妹のことを何かと気にかけてくださり、日々多くの方と触れ合うことで人との会話が自然に運べる社交性が身についていったのだと思います。
兄や妹においてもその傾向は同様で、兄たちは現職区長と前日本ラグビー協会副会長、妹はかつて夫の海外赴任時代に現地で駐在生活を頑張った経験をもっています。先日兄妹のグループLINEで“私たちに共通する特徴は何か”尋ねてみたところ、“環境によってコミュニケーション能力が培われ、両親によって素直さが育まれたのでは”という結論に至りました。4人とも人とコミュニケーションすることが大好きな一方で、ものすごく涙もろいところがあるのです。良い話に遭遇したり人が頑張る姿を見るとつい感動して泣いてしまう。単純とも言えるのですが(苦笑)、その素直さはおそらく学生時代に好きなスポーツにとことん打ち込ませてもらえた経験や、その中で人を応援する感情や支えてくれる他者への感謝の気持ちが芽ばえたこと、そしてそんな私たちを見守ってくれた両親が育んでくれたのだろうという話になりました。人が素直さをもち続けることは実はとても大切です。実際に39歳での初めての就職で私はその大切さを改めて実感することとなりました」
“目の前の小さな課題から解決すること”をクセにする
近年ビジネスシーンにおける素直さとは“柔軟性”に置き換えられ、環境の変化や自分とは異なる価値観を受け入れてそれに適応していくことのできる資質として重視されている。藤﨑さんが初めての就職に踏み切った経緯には、夫が突然心筋梗塞で倒れるという自身をとりまく予期せぬ環境の変化が関わっていた。
「学生時代の私の夢は“お嫁さんになること”で、その夢は青山学院女子短期大学卒業後21歳でかないました。しかし39歳のある日生活が一変。墨田区議会議員を5期務めた夫が東京都議会議員選挙に落選後、心筋梗塞で倒れてしまったのです。選挙費用の返済や生計をたてるために、私は知人につてを求めて就職先を探して、109のアパレルショップで店長として働き始めました。
するとそこには、自分とは世代も暮らし方もファッション感覚も異なる若い女性スタッフが勤務していて、見たこともない派手なファッションに装飾いっぱいのスカルプネイル、ローライズのデニムパンツに初めは驚きました。けれどもそれが109のカルチャーならば、そこでお客様に服を販売していきたい私にとって彼女たちはリスペクトの対象です。当初は外見から入ったリスペクトでしたが、その後彼女たちの優しさや誠実さなどの内面に触れることで、私の中にあった“人はこうあるべきだ”という古い固定概念が一気に崩れて、ものごとを自由に多面的に捉えられるこだわらないマインドをもてるように変わりました。ここで価値観が大きく変化したことが、その後のキャリアを拓く分岐点となったのです。
アパレルショップ時代に私が心がけていたのは“来期の売り上げ目標何千万円”などという大きな目標ではなく“良い店にするために気づいたことはすべてやる”ことでした。試着室のカーテンが古びていたら自分で布を買って縫って新しくしたり、スタッフとのコミュニケーションやシフトの工夫など、目の前の小さな課題解決から始めました。人は誰でもそんなに大それたことはできませんし、最初から自信がある人もいません。でも、低くて小さなハードルを超えていくことをクセにして積み重ねたらいつか結果が出るかもしれませんし、小さな成功が次につながれば、それによって自信やエネルギーも生まれてきます。
起業して居酒屋『そらき』を始めたときも、お客様がくつろげるような味や空間や器選びにこだわって、店や料理を夢中になってつくるうちにファンになってくださる方が増えて、居酒屋『そらき』がドムドムバーガーのメニュー開発顧問の依頼につながりました。私のやり方は少々アナログかもしれません。でもまずは目の前の小さな課題から着実に解決していくことで、見通しが開ける足がかりができていくと思います。人生は何が起きるかわかりません」
ユニークなバーガー開発もどむぞうくんも、人を笑顔にするために
政治家の夫と結婚生活を送り、妻や母業に専念した20〜30代を経て、アパレルショップの仕事や夫の介護に注力した40代、ドムドムフードサービスで経営に目覚めた50代と、振り返れば藤﨑さんの人生は文字通りの波瀾万丈。
「39歳から始めた仕事人生の前半は、仕事イコール家族を守ることが大前提でした。病に倒れた夫や野球に打ち込む息子のために休むまもなくがむしゃらに働きました。49歳のときに夫が亡くなり、その2年後にドムドムフードサービスからお声がけをいただいたそのとき初めて、もう仕事と自分の関係性を素直に考えてもいい時期なのかもしれないと思い始めたのです。生活や家族のためではなく、自分自身のために仕事をする。そうしたときに私は仕事でどのようなことを実現したいのか。考えて行き着いたのは、お客様やスタッフの喜ぶことを第一の目標とする“思いやり経営”というワードでした。
大切にしたいのは、お客様をワクワクさせるような楽しくインパクトのある美味しいハンバーガーの提供です。おかげさまで入社時に初めて開発に取り組んだ、スフレのようにふわふわした京風の厚焼きたまごをはさんだ『手作り厚焼きたまごバーガー』は人気定番となりました。ソフトシェルを用いた季節商品の『丸ごと!!カニバーガー』は在庫完売の大ヒットを記録して、毎年楽しみにしていただいています。ブランドロゴを商品化したどむぞうくんのぬいぐるみは、色もデザインも性格も異なるタイプが現在30種類登場してコレクターの方の熱い注目を集めています。
そうした商品をバックヤードで支えてくれるスタッフや社員にも、ドムドムで働くことを喜びとしてもらえたらと願っています。2024年の夏限定で発売された『梨のWてりやきバーガー』の売れゆきがものすごく良かったのですが、主要材料である梨の物流管理を担う社員が自信をなくしていたことがありました。物流は商品開発や店頭販売とは異なり、派手さに欠ける業務ではあります。その社員も日々メールでコツコツと日報を上げてくれていたので、ある日“昨日は売り上げがすごかったですね。あなたが物流管理をして店舗に梨を送ってくれているからハンバーガーを売ることができる。どうかそのことを誇りに思ってくださいね”と返信しました。スタッフや社員に言葉がけをするときはいつも相手のことを思いやる気持ちを忘れないようにしています。
人の目にキラキラ映るものだけがすべてではありません。目の前の小さなことから地道に積み重ねていける人こそが強さをもっていると思うのです。私自身もそうでした。今でこそ“109のお店で売り上げを倍にしました”などと話していますが、実際には試着室のカーテンを手縫いでつくることから始めたのですから(笑)」
〈取材現場より〉
撮影時にテーブルに並べられたカラフルなどむぞうくんのぬいぐるみは“どむクルーズ”や“課長”“いもこ”“きなこ”など新しく仲間が加わるたびにSNSで話題沸騰、ソフトシェル一匹を乗せた『丸ごと!!カニバーガー』はYouTuberにも注目されるほど1度見たら忘れられないようなインパクト。インタビューでは、ドムドムと出合った人に笑顔を運ぶ藤﨑さんの原点につながるような談話をいただきました。次回Vol.2では、藤﨑さんが今は亡きご主人とともに妻として過ごした時間をお届けします。
Profile
藤﨑 忍
ふじさき・しのぶ/1966年、東京都生まれ。青山学院女子短期大学卒業後、21歳で結婚、政治家の妻となる。23歳で長男出産。2005年に夫が心筋梗塞を患い、家計を支えるために39歳で専業主婦からSHIBUYA109のアパレルショップ店長へ。5年で年商2億を達成する。43歳のとき夫が脳梗塞で倒れて介護が始まる。アパレルショップ本社の経営方針変更を機に44歳で退職。居酒屋でのアルバイトを経て2011年に新橋に家庭料理の店『そらき』を開業。愛される店づくりの手腕と食に対するセンスを見込まれ2017年にドムドムハンバーガーのメニュー開発顧問に抜擢される。そのとき考案した“手作り厚焼きたまごバーガー”が大ヒット。同年11月に51歳でドムドムフードサービスに正式入社。9か月後の2018年8月に代表取締役社長に就任する。現在は(株)神明ホールディングス社外取締役、(株)WOWOW社外取締役監査等委員を兼任。年間の講演回数は40回超。著書に『ドムドムの逆襲 39歳まで主婦だった私の「思いやり」経営戦略』(ダイヤモンド社)、『藤﨑流 関係力』(repicbook)などがある。
インスタグラム:@fujisakishinobu
撮影/眞板由起 ヘア&メーク/広瀬あつこ 構成/谷畑まゆみ
私の生き方