何回見ても面白い、消費されない作品創りをしていきたい。40代はより大きな仕事を実現できれば
今月の女:AKI INOMATAさん
アーティスト 多摩美術大学非常勤講師・35歳
右脳と左脳の両方を使いながら、現代アートを追求しています
水槽の中で静かにうごめくのは、3Dプリンターでつくられたプラスティックの都市を模す貝殻をかぶった、生きたやどかり。この「やどかりに『やど』をわたしてみる」は、美大で非常勤講師を務めながら創作活動を行うINOMATAさんの作品だ。アーティストは感性とパッションの人というのは、従来のイメージ。今、現代アート界でひときわ注目を集める彼女は、緻密なデータの積み上げからロジカルにユニークな創造物を産み落とす。
「この作品は、駐日フランス大使館の展覧会のために制作したものなんです。日本の中のフランス領である大使館の土地の所有権が、二国間で50年ごとに返還され、行き来しているという話に触発されて発想しました」 彼女の創作の8割はリサーチ作業。研究者や貝の養殖業者にやどかりの話を聞き、論文を読み込み、3Dプリンターなどのデジタル・ファブリケーションの技術関係者と打ち合わせを重ねる。やどかりの殻をCTスキャナーで断層撮影してPC上で殻を設計。3Dプリンターでアウトプットした殻をやどかりがかぶるまで、何度も修正作業をくり返したという。
「初めてかぶってくれたのを見たときは、うれしいようで悲しいような、実に複雑な心境でした。透明な樹脂の殻をかぶった様子が人工的な環境に住む人間のようにも見えて」 ものごころついたときからアートに関心をもち、芸術家を志す。両親は反対したが、それを押し切り美大へ進学。しかし、最終的に創作しながら教鞭をとる道を選んだ。そんな彼女の原点は、劇作家の唐十郎氏。 「唐さんの演劇は難解ですが、でも何度も見たくなってしまう。そして見るたびに違う体験ができるんです。秒速で理解できるわかりやすさがよしとされがちな昨今ですが、それだけがいいことではないんだなと思えたんですね。私の作品もパッと見ではよくわからないものがたくさんあるんです。人と犬が髪の毛と体毛を交換した作品や、ミノムシに女性の洋服のカラフルなはぎれを渡してミノをつくってもらう実験的な作品など。自然との共生が大きなテーマなんですが、何回見ても面白く、作品をきっかけに思考が進むような体験ができるものを創れたらと思っています」
5年後は40代。そのころもおそらく人生の主軸は“仕事”にあるのではないかと語る。 「40代って、きっとどの職業も働きざかりだと思うんですよね。創作活動もある程度年数を重ねることによって、培われる信頼というものがあるんです。最近、今まで来なかったような大きな規模や予算感の依頼が来始めていて。この先さらに、今よりももっといい仕事ができているといいなと思っています」
Profile
あき・いのまた/1983年、東京都生まれ。東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了後、多摩美術大学を始め複数の大学で非常勤講師として勤務。創作活動では生き物を用いた作品を制作、24歳で、3Dプリンターによる都市をかたどったヤドカリの殻に実際に引っ越しをさせる〝ヤドカリシリーズ〟をスタート。33歳でACCの招聘でN.Y.に滞在。今年、Asian Art Award 2018特別賞を受賞。11月にはタイのビエンナーレに出展。
Domani2018年11月号『女[独身]、妻[既婚子供なし]、母[子供あり]Catch! 働くいい女の「金曜14時』より
本誌撮影時スタッフ:撮影/真板由起(NOSTY)ヘア&メーク/久保フユミ(ROI)構成/谷畑まゆみ