博士号に海外留学…仕事のチャンスと産みどきは重なる!
メーカーの研究職として働くサオリさん・42歳は、社内結婚した10歳年上の夫と、5歳の男の子の3人暮らし。もともと子どもは「結婚したら産むんだろうな。いたらいいな」と考えていたけれど、30代はサオリさんのキャリアにとってとりわけ大切な時期だった。
「どんな仕事でも30代は働き盛りだと思うのですが、研究者の場合、ステップアップしていくためのわかりやすい指標として、“博士号を取る”というミッションがあるんです。大学院で博士号まで修めなかった私は、働きながら論文を書いて、ようやく博士号に手が届きそう…!というのが30代のなかばでした。
バツイチの夫と結婚したのはちょうどそんな最中。「結婚半年後から、夫は1年海外に留学することが決まっていて別居婚になるので、子どもはつくれない。その間に博士号が取れたらいいな…と思っていたのですが、そうはうまくいかず(苦笑)。でも、夫の帰国のタイミングで産休・育休をとったりしていたら、本腰を入れて博士号取得に向き合えるのは5年くらい先延ばしになってしまうかもしれない。そんなわけで夫が帰国したときも『今はまだ、子どもはつくらない』と宣言しました」
ようやく1年後に博士号の見通しが立ってきたころ、サオリさんはもうひとつの選択を迫られることになる。
「会社から海外留学を打診されたんです。『2年間、行かないか?』とチャンスを提示されてうれしかったけど、その話を受けたら、また子どもが遠のく。『そこまでして、海外じゃなきゃできないことをしたいのか?』と自問自答して、今度は子どもをもつことを優先したいと思いました。ありがたいことに、子づくりを解禁したらすんなり授かることができたんです」
ひとりめはタイミングよく産めたけれど…
出産したのが36歳のとき。 “ふたりめ”のことは育休から職場復帰してすぐに頭をよぎったとか。
「自分が高齢出産だということももちろんありますが、夫も10歳年上。共働きで協力し合って子育てしていかなくちゃいけないのに、後になればなるほど、夫婦ともに体力がなくなっていくな…と思って(苦笑)。『2年後、3年後にまた考えよう』なんて悠長に考える余裕はなかったんです。
でもそんなときに、またステップアップのチャンスが舞い込んでくるんですよね。海外留学は断ったけど、今度は『国内の留学はどうだ?』という話になって。自宅から通える大学なら生活を大きく変えずに、チャレンジできるので、『ぜひ!』と国内留学を決めました。
ただ、会社のお金で留学させてもらっている以上、その間に産休・育休を取るのはどうなんだろう…? そもそも、夫も忙しいし頼れる実家も近くにはないし、私も仕事の一線を退く気はないし…などと考え始めたら、ジワジワと『子どもをふたりもつことは現実的じゃないのかも?』と思うようになりました」
大事なのは、「ひとりか、ふたりか」ではないのかも…?
「『このまま、ひとりっ子かなぁ…』と思い始めたころ、“だれのために”ふたりめがいたほうがいいのか、考えてみたんです。それはたぶん、息子のため。『彼が独立して私たち親がいなくなった後に、寂しいかもしれない。相談できる相手がいたほうかもしれない』ということだったりするんですが…」
サオリさん自身はふたり姉妹の長女。実は、妹さんは知的障害があり、今も実家に暮らしている。
「妹はもちろん大切な存在です。とはいえ大人同士の会話をしたり、相談ごとをしたり…ということは難しくて、“ふつうの”姉妹関係とは少し違う。でもだからといって、『もうひとり兄弟がいれば…』なんて考えたことはないわけですよ。親がいなくなっても私は私でやっていくだろうし、幸い友達もたくさんいるし、『これはこれで、いっか』と思える人生を送っているんです。
友達やいろいろな価値観に触れる機会さえつくってあげれば、ひとりっ子でも兄弟がいてもいいんじゃない? と思うようになりました」
自分の選択に自信をもちたい
サオリさんの職場では、後輩が育休から復帰したと思ったら半年後にまた産休に入ったり、同期が育休中にふたりめができて、そのまま2回目の産休に突入する、といった話も珍しくないとか。そんなときサオリさんはどう思うのでしょうか?
「正直、『社会人としてどうなの!?』という気持ちにはなります(苦笑)。いや、ちゃんと認められている権利だし、お互いの人生もフォローし合うのが企業だと思うから、全然いいんですよ!
でも手放しで祝福してあげられないのは、純粋に社会人としての気持ちなのか…、それとも『私にもそういう人生があったのかもしれない』という個人的な葛藤がちょっとは含まれているのかもしれません。それで、5分くらい揺らいで、結局『でも私が実際にふたりめを立て続けに産めたかといえば、やっぱりそうはしなかった』という結論に落ち着くんです。
近所のおばちゃんや、義理の母からも『もうひとりいるといいわね』と言われて、『そこには私が知らない幸せがあるのかもしれない』なんて思ったこともあるけれど、今、いない人に思いを馳せても、ね。宝くじが当たった後のことを妄想するようなものじゃないですか?
自分の選択には自分で腹をくくるしかない。だれも責任はとってくれないんですから。それに親が自分の人生に自信をもっていないと、子どもにとってもよくないですからね。私にとっては、ひとりきてくれただけで、十分幸せです」
取材・文/酒井亜希子(スタッフ・オン)