「風邪ウイルス」に感染しやすい分岐点
新型コロナウイルスに感染しない対策の1つとして、「十分な睡眠とバランスのよい食事を心がけ、免疫力を高めましょう」と、このところよくいわれています。厚生労働省や首相官邸ホームページにも、感染予防には「十分な睡眠をとることは重要」と書かれています。
では「十分な睡眠」とは、どれくらいなのでしょうか。両ホームページには、残念ながら具体的な睡眠時間は書かれていません。
実際のところ、私たちに必要な睡眠時間は、その日の疲れ具合、季節や個人差もあるので時間数は明記しにくいでしょう。そして何より、新型コロナウイルスは人類にとって初めてのウイルスです。何時間寝たら感染率が下がるかなど、名言できるデータは一切ありません。
ということで、「十分な睡眠時間」は、個人個人が「察する」しかありません。しかし察するにも限度がありますし、皆さんもそろそろ察し疲れしてきたと思いますので、「私だったら、こう寝る」という視点で、今まであるデータをもとに考察したいと思います。
今あるデータ、例えば風邪ウイルスへの感染のしやすさで言うと、分岐点は「7時間」です。2014年のカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究では、睡眠時間が6時間以下の人は、7時間を超える人よりも風邪ウイルスの感染率が4倍以上も高いという結果が報告されています。
またカーネギーメロン大学が中心になって行った2015年の研究でも同様に、睡眠時間が6時間未満の人は、7時間の人よりも圧倒的に感染率が高いという結果が出ています。
ちなみに、そもそも私たちは常時、何時間くらい寝ればいいのでしょうか? アメリカ国立睡眠財団によると、心身ともにずっと健康でいるために必要な睡眠時間は、26~64歳で「7~9時間」です。
「ショートスリーパー」の定義とは
これは世界中の研究者の論文の中からとくに信頼できるものだけを集めて解析したものなので、かなり信頼できる数字です。ちなみに「寒い地域では、より長い睡眠時間が必要」「暑い地域の人の睡眠時間は短め」など地域差はありますが、国籍や人種で必要な睡眠時間に違いは出ないというのが睡眠業界の定説ということも言い添えておきます。
ちなみに、同財団が定めるショートスリーパー(短時間睡眠でも、心身ともに健康でい続けられる人)の睡眠時間はどれくらいでしょうか。なんと「6時間未満」の人をショートスリーパーと定義づけているのです。
2018年の厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によれば、平均睡眠時間が6時間未満の成人が約4割、そのうち40~50代は約5割にも上っています。ということは、日本人の成人の約4割、40~50代の半数はショートスリーパーということなのでしょうか。
普段少ない睡眠時間で暮らしている人は、「もしかして、自分もショートスリーパーなのかも」と期待してしまいますよね。しかし残念ながら、ショートスリーパーはほぼ遺伝です。両親、祖父母、叔父、叔母など親戚にショートスリーパーがいない場合、自分はほぼショートスリーパーではないと思って間違いがありません。
そして私が最も信頼できると思うデータでは、ショートスリーパーは人口の0.5%(200人に1人)程度です。このデータは、2004年に睡眠評価研究機構代表の白川修一郎氏らがインターネットで全国16~75歳の男女約2万5000人に調査したものです。
アメリカ睡眠医学会の発表では、ショートスリーパーは男性で3.6%、女性で4.3%となっています。ただしここには、睡眠障害など「病気によって長年眠れない人」も含まれている可能性もあります。一方、先の白川氏らによる調査は「病気で眠れない」事情を排除しているので、より正確なのではないかと思います。
ということで、日本人のほとんどはショートスリーパーではありません。それにもかかわらず、日本人の成人の約4割が、ショートスリーパーと同等しか睡眠を取れていないのは少し異常です。6時間未満の睡眠時間では、普通の人の場合、心身の回復は期待できないですし、ましてや未曾有のウイルスとはとても戦えないでしょう。
アメリカ国立睡眠財団も7~9時間がオススメといっているので、結論としては、6時間未満はご法度、7~9時間寝るのが最低限守るべきボーダーラインではないでしょうか。
睡眠負債がたまっている人は「返済」を
普段は忙しい皆さんも、新型コロナウイルスの影響で、在宅勤務の推奨、出張、残業の自粛がされている今ならば「7~9時間寝ること」もかないやすいかもしれません。そして何より自分やまわりの大切な人の命がかかっているのですから、今回ばかりは「無理、無理!」などと言わず、ぜひ確保してください。
もちろん、普段から睡眠負債がたまっている人は、7~9時間といわず、寝られるだけ寝ていいと思います。この際に睡眠負債まで返済できたら一石二鳥ですね。ちなみに、私は今月に入ってから毎日どんなに短い日でも7時間、ほとんどの日は、8~9時間眠るようにしています。
また、首相官邸のホームページには「空気が乾燥すると、のどの粘膜の防御機能が低下します。乾燥しやすい室内では加湿器などを使って、適切な湿度(50~60%)を保ちます」とも書いてあります。
これはおそらく、1961年に科学者のG.J.ハーパー氏が発表した「風邪ウイルスが死滅しやすい温度と湿度」をテーマにした論文を基にしているのではないかと思います。
仮にこの論文を基にしているとすると、首相官邸のホームページには書いてありませんが、「温度は20度以上」を死守してください。G.J.ハーパー氏は、「温度20度以上かつ湿度50~60%」が、いちばん風邪ウイルスが生存しにくいと言っているからです。実際に温度が20度を切ると、どんどん死滅率は下がります。
私は風邪予防として以前から、寝室はこの温度湿度に設定していましたが、新型コロナウイルスが流行しだしてからは、オフィスも同様の環境になるよう努めています。
最強の睡眠 世界の最新論文と 450年企業経営者による実践でついにわかった
昭和西川副社長、睡眠サービスコンソーシアム理事
西川 ユカコ(にしかわ ゆかこ)
睡眠サービスコンソーシアム理事、睡眠改善インストラクター、温泉入浴指導員、セロトニントレーナー。学習院大学卒業後、「ヴァンテーヌ」「25ans」「婦人画報」の編集者としてハースト婦人画報社に10年間勤務。現在は家業である昭和西川の代表取締役副社長を務め、また睡眠研究家として「ミス日本」ファイナリスト勉強会や「NHK文化センター」青山教室などで睡眠講義を行う。科学的データを参考にしながら、日中にパフォーマンスUPするための快眠法を日々研究中で、2020年4月にその全メソッドを公開する著書『最強の睡眠』を上梓。同年3月より、「睡眠サービスコンソーシアム」の理事も務める。
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